第15話 対峙と不意

 僕は地下から出て、左側にあるガラスの入った引き戸を開ける。

 特に理由があったわけではない、ただ二階に行くよりはいいと思っただけだ。


 見渡すと右側には丸く突き出したホールがありその近くには大きなソファーが置いてある、外は夕闇に染まっているがまだ日はあるようだった。

 そして目の前には整理整頓され清掃の行き届いたキッチンがある。

 その奥の方にまだ部屋が続いているのに気づいた僕はそちらの方に4歩ほど歩を進めたとき―


 ―グルルと低い唸りの声がはっきりと聞こえてくる。

 視線の先には体高90センチになろうかという茶色の毛並みに獰猛そうに牙をむいた、ジャーマンシェパードがこちらを睨みつけている。


 そこで僕のは自分のバカさ加減にやっと気づく。

 地下からもシェパードが吠えているのは聞こえていたし、部屋にいるのも知っていた、なのに全然警戒せずに部屋に入ってしまった。

 もっと警戒していれば部屋に入ることを戸惑い中に何もいないか確認しただろう。

 だけど今更もう遅い、そしてもう一つ悪いのが犬が出てきたのが僕の入ってきた扉の右側にあるもう一つの部屋だったからだ。


 僕は今はもう今いる部屋の中ほどまで来てしまっている、そしてシェパードは僕の事を見つけるとこちらを睨み付けながら僕を中心に反時計回りに動いている。

 僕はもう先ほど来た通路に戻ることはできそうにない、戻ろうとすれば確実に噛みつかれるだろう。


「クソッ・・。」


 僕は小さく呟くように悪態をつく、そうしているうちにもシェパードは一息で飛びつけるようにゆっくりとこちらに近寄ってくる。

 足は震えてあまり動けそうにない、でも依然見たテレビで動物に対して背を向けてはいけないというのだけは思い出して、シェパードを睨みながら一歩二歩と少しづつ後ろに下がっていく。

 だがシェパードは一気に距離を縮めるか一度止まってこちらを睨む目がギラリと鈍く光る。


 僕は一か八か咄嗟にキッチンの台の影に隠れる。

 先ほどまで僕がいたところにシェパードが牙を剥きながら立っている。

 これ以上今は逃げられないそう思った僕は、宮園の上着を奪ってそれをぐるぐる巻きにしたその腕を、シェパードと僕の間において盾のようにする。

 そこに間髪置かずにシェパードは噛みついてくる。


「うあああああ、くそぉおおお。」


 そういいながら、噛みつかれた腕を振り回すが全く離そうとしないよっぽどよく訓練されているのだろう、逆に噛みつく力が強まり肉まで届いてそこが焼けるように痛む。

 僕は必死に近くに何かないか探す、台所なのだから包丁がありそうだがそんなものを探している暇はない。

 そして辺りを見回し、今いる場所よりも奥に扉が見えるそこは靴を脱ぐ場所があり一目で勝手口だとわかった。

 だが手に噛みついているシェパードは、とても離れそうになく引っ張る力もあり気を抜くと不味い。


 そうして必死に格闘していると唐突に音が聞こえてくる。


 ――パリン、パリンとした何かが割れる音がする。


 僕は一瞬その音に気を取られ、そして気を取られたのはシェパードも一緒で噛む力が一瞬だけ弱まる。

 そのすきを見逃さず僕は制服ごと手放し、シェパードの脇をすり抜けて一気に駆け抜ける。

 シェパードが追いかけてきている気配を感じるが、構わず一気に駆け抜ける。

 勝手口の扉は幸いサムターンタイプであるため捻れば簡単に開く、そう考え僕は体当たりするように扉に突っ込みぶつかる前に鍵を開けた、僕は勢いに乗っているために止まることができずに転がるように外に出た。

 そこで僕はハッとしてシェパードが出てこないように扉を閉めようとする。

 がシェパードは家の敷居から出ようとはしない、家から出ないよう命じられているのだろう、唸り声をあげ二、三度吠えるも絶対に出ずにただただこちらを睨んでいる。

 僕はホッとしながらも万一のために扉を閉める。


 遂に僕は外に出ることができたのだ!!

 僕は嬉しさのために声をあげ、涙腺から涙が出てきそうになるのを感じる。

 右腕からは歯型の跡が付きそこから血が出ている、でもそれ以外は特にケガなどはない。


 僕は晴れ晴れとした気分だった。

 脱出できたという達成感、久しぶりに外に出れた事による解放感、もうつらい目に合うことがないという喜び、それらがごちゃごちゃに混ざって僕の心を満たしていた。

 しかし今いる場所も安全かわからないし、救急車も呼ぼうと思っているだからと早く移動しなくてはとよろよろと動き始める。


 家の周りを生け垣がかこっているため、正面玄関に向かうために歩いていく角を曲がればすぐに入口だろう。

 僕はかなり浮かれている、もう危険がないそんな喜びで足取りが軽い。




 ――だが瞬間視界は暗転し、いつの間にか僕は空を睨んでいた。


 僕は頭が働かない、いったいどうしたのかわからない。

 そして今思い出したように胸のあたりの激痛が走り、僕は顔をゆがめてうめき声をあげる。


「ぐうぁぁぁ、ううぅぅぅ。」


 そして近くを見た僕には見たこともない男が下卑た笑いを浮かべながらこちらを見下ろしている事に気付いた。


「だ・・・だれ・・だ。」


 僕の言葉に全く構わず、頭に受ける衝撃と共に意識が遠のいていくのだった・・・。

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