第12話 殺意と脱出計画

 僕はなぜ生きているのだろうか?

 僕はなぜ死んでいないのだろうか?


 なぜ最初にルージュから祝福と呪いについて教えてもらった時に、自殺しなかったのだろう?こうなることは簡単にわかることだった。

 なぜ普通に生活を送れると勘違いしてしまったのだろう?加藤さんのことがあって、いやその前の階段の女のひとの事があってからこうなる可能性は十分にあると気付くべきだった、家に閉じこもるでも病院に入院でもして社会から隔離されるべきだった。


 だけど今はすべてがもう遅い。

 美香ちゃんはもう…。


 階段を下る音、床を歩く音が聞こえてくる、あの女の物であろうことはわかる。

 今はその音でさえも聞くだけで憎悪の炎が胸を焦がす。


 そして扉を開けあの女が入ってくる。


「あら、今日は元気そうね?でもダメだよ、ちゃんとご飯を食べなきゃ死んでも知らないよ。」

「それをお前が言うのか?あんな何の罪もない女の子を殺しておいて!」


 僕は彼女を睨み付ける、しかし彼女の表情も態度も微塵も変わっていない。

 ただ前の事があり、近づくのは危険と思ってか、手には警棒が握られている。


「私には殺したという実感も記憶もないのだけどね、それに彼女を殺したのはあなたも同じでしょう?」

「お前は本当に最悪だ!!顔を見るだけで吐き気がする!」

「あなたにも私が人間と暮らす苦しみが、わかってくれたみたいで嬉しいな。」


 そういうとこちらを見て微笑んでいる、それが僕の殺意にまた火をつける。

 この女は本当に美香ちゃんが爆発した瞬間がわからないらしい、美香ちゃんをここに連れてきて眠らせたまでは覚えているがそれから彼女に何をしたかや彼女がそこにいたことなどが、まるでそこだけ暗い穴に飲まれてしまったようにポッカリと記憶が欠如してるらしい。

 本当に都合がいい呪いだと思う、爆破された事実を根こそぎ奪いなかったことにする、だけど僕だけはそのことを覚えているこんな不公平なことはない。


「それでお前の実験は成功なのか?お前はこれで満足なのか?早く僕を殺すか解放するかどっちかにしてくれ!こんな所にいると気が狂いそうだ・・。」

「そうもいかないの、まだ実験は一回しかしてないでしょ?二回、三回と試して今回の事が偶然の事じゃないと調べないといけないのよ。」

「お前は・・・あんなことをまだ何回もやるつもりなのか?!」

「ええ、だってまだどういうメカニズムで。私があなたに好意をもっているのか判明してないじゃない?」


 この宮園という女は、無邪気で純真で残酷だ。

 この女は僕の事を調べつくすまで監禁を続け、むごい実験を繰り返すつもりなのだろう。

 僕は絶対的な無力感を感じる、もう何をしても無駄なのかもしれないと。

 僕は俯いて目を閉じ、何もせず嵐が通り過ぎるのを待つしかないのかもしれない。


「・・・・。」

「急に静になったけどどうしたの?お腹すいちゃった?ごはん持ってこようか?」

「・・・。」

「まあいいけどね、近いうちにまた実験するから今度は暴れないでね。それじゃあまたあとで食事を持ってくるね。」


 そういうと宮園は扉から出ていく、僕はルージュの言葉を思い出す。

『神に祈っても何も変わらないよ、神ってのはただのシステムだからね。』

 だから僕は悪魔に祈る、僕は何をささげてもいい、だからこの状況をどうにかしてほしいと。



「やあ、ずいぶんやつれたね?健康面には気を付けた方がいいよ、齢を取ってから後悔することになるからね。」


 俯いていた僕は慌てて顔を上げる。

 そこには暢気な顔をした白と黒の悪魔が僕の事を真正面から眺めていた。


「ど、どうして・・ここに。」


 僕は突然のことに声が裏返ってしまう。

 確かに悪魔に祈ったが突然目の前に現れると思わなかった。


「他の仕事がひと段落したんでこちらの状況の確認にね、後でクソ上司に報告書の提出をしなきゃいけないんだホントに厄介な上司を持つと大変だよ。」

「そう、なんですか。」

「所で君の方は厄介なことになってるみたいだけど、どうしたの?」

「それは・・・。」


 僕はルージュに今日までの事を大まかに伝えた、美香ちゃんの事はぼやかして話した、あの時の事は今思い出しただけで嘔吐してしまうかもしれないだから誤魔化すことにした。


「へぇなるほどねぇ、それはおもし・・・。失礼、いや~でも災難だったね変な女につかまってしまったもんだね、女性選びは気を付けたほうがいいいよ。」

「真面目に聞いてください!ホントにまずい状況なんです!」

「わかってるよ、場を和ませようとしたつもりなんだけど、やっぱり空気読めてなかったかな?まあそれはどうでもいいね、それで君は私にここからの脱出を手伝ってくれと言いたいわけだね?」

「はい。」

「でもねぇ、一応規定で干渉はできるだけ避ける様に言われてるんだよ、じゃないとシステムも異常を感知してバグを消そうとしてくるからね。できる事は限られてるよ、こうやって君と話すとかね。」


 そういってルージュは先ほどと変わって、真剣な様子で語りかけてくる。

 その様子に僕はこの世に都合のいいことはないことを思い知る。

 でも・・・。


「それでもどうしても協力してほしいんだ、ルージュさんにとって何の得もないことはわかってる、でもお願いします!」


 僕はそうやって頭を下げる、僕には何か差し出せるものなんてない、でもこれを逃したら逃げ出せる機会なんかないだからこうするしかない。

 僕は恐る恐る顔を上げるとルージュは困った顔だけど、楽しそうにこちらを見ている。


「しょうがないか、できる範囲は限られてるけど手伝うよ。もちろん対価はいただくけどね、それはおいおいってことで。」

「ほ、ほんとに?」

「ああ、いくら悪魔でも一度した契約は守るさ!」


 僕は知らず知らずのうちに自分の目の端から涙が次々流れていく、いくら止めようとしても止めることができない。

 しまいには嗚咽まで出てきて、僕は顔は見せまいと俯きながらむせび泣いている。


「もう、泣かないでくれよ。困るんだからねそういうことされると、ほら泣き止んでくれあまり時間がないからね。」

「ゴ…ゴメン・・ナサイ。」

「それでなんだけど、君が突破しなければいけないのは3つだね。まず一つ目その手錠だね、彼女は鍵をスカートの右ポケットに入れていると思う。だから彼女を気絶させるか何かして、鍵を奪うしかないね。二つ目これは簡単、地下室に上る所に警報ブザーが電気のスイッチと一緒になって仕掛けてあるこれを鳴らさないために電気はつけてはいけない。そして最後これが一番厳しいかもしれない。ここの家ではシェパードを飼っていてね、普段は家の外につないでいるんだが彼女が地下に降りるときは家の中に入れているみたいだ。これをやり過ごさなければ逃げ出せないね。」

「そ、そんなにあるんですか?」

「そうだよ、私も力を貸してあげたりも少しだけできるから、できたらするけど基本的に君がやらなければならない問題なんだからね。」

「はい…、わかってます。」

「それじゃあ健闘を祈るよ、はあ~これは始末書覚悟しなきゃね。」


 ルージュは最後の方を小さく呟き、くるりと後ろを向いている。


「ルージュさん、ホントに・・・ホントにありがとうございます。」


 彼女は一回だけ手を振ると、僕が一度瞬きをした瞬間に消えてしまう。

 彼女がどうしてこの家の事情を知っていたのか、どう彼女が手伝ってくれるつもりなのかわからないことはたくさんある。

 でも今は彼女を信じて、ここから逃げるしかない。


 そうでなければ僕に未来はない。

 絶対に彼女から逃れる、そう固く固く僕は決意する。


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