第11話 実験と憎悪

僕が監禁されてから数日が経った。

僕のいる部屋は地下室で窓はなく、時間的感覚はすでにない。

部屋にある物はベット、小さなテーブルに椅子それと緊急の排泄物を処理するためにバケツが置いてあり、即席の独居房と化している。


この数日間はこれといった実験などは特になかった。

彼女も僕の話を聞いてどうすべきか悩んでいるのだろう、学校から帰ってきて決まった時間に必ず来る彼女にどうするのか聞いても話をはぐらかして答えてはくれなかった。


しかし彼女は学校から帰ってくると何かの準備を行っているのだろう、よく電話がかかってきてそれに答えているのが地下にいても着信音などが聞こえてきて分かった。


今頃うちの家族は心配しているのだろうか?

家は父さんも母さんも共働きで、しかも今両方とも仕事の繁忙期とかで家にいないことが多い。

外の景色がみえず、携帯などが使えないため正確には監禁されてどのくらいたったかわからないため正確な日数は不明だが四、五日は経っていると思う。

警察に捜索願は出されていると思うけど僕は宮園さんと付き合っていることは誰にも言っていないし、一緒に歩いているところを見られたりしたこともない、だから見つけてもらうのは絶望的だろう。


逃げようと試みたことは一度だけある。

僕は現在手錠をつけられて、そこに鉄製のワイヤーが括り付けてあり、もう一方のワイヤーの端は鉄の柱に巻かれており手で外そうとしてみたり、近くにあった椅子で叩いたり捻ったりしてみたが外れそうになかった。

やはり逃げる方法は彼女が持っているであろう鍵を奪うしかないのかもしれない。

でも僕には彼女に暴力を振るって逃げるという決心がつかない、もともと僕は誰かを傷つけるのが嫌だというのもあるけど、この前の加藤さんのことがあり誰かに危害を加えるというのがトラウマになっている。


そんな風に物思いにふけっていると玄関が開く音そしてそれに続いて階段を下る音が聞こえてくる。

僕は少し身構えて彼女の入ってくるであろう扉を見る。

この彼女が帰ってきて扉を開けるときはいつも緊張してしまう。


そして入ってきた彼女は嬉しそうな表情でその事が僕を不安にさせる。


「どう調子は?」

「・・・・。」

「何か変わったことはなかった?」

「・・・・。」

「ふ~んそうやって無視するんだ。まぁいいけどね。それでね山本君、実験の準備がやっとできたから、早速今日実験するから心の準備だけはしといてね。」

「実験?!実験するの?!」

「あ、やっと話した。いくら私が人間嫌いでも無視されると傷つくんだからね。」


そういうと悪戯をする子供のように笑っている。

実験とは何をするのだろうか?どうしても嫌な予感ばかりがする、いつか見た彼女の素の表情を思い出して身震いした。


「それで実験だけど、ちょっと待ってて今連れてくるから。」

「ちょ、ちょっと待って今連れてくるって何?」


彼女はそれだけ言うと僕の言葉を無視して扉から出ていってしまう。

すると上の一階から人の歩く音と誰かと話している話し声が聞こえてくる。


「はい、お待たせ。それじゃあ美香ちゃん中に入って来て。」


そう宮園さんが言うと入ってきたのは、年齢はわからないがかなり幼いように思えた、髪をセミロングぐらいの長さにし、胸元に柄が入った白いロングTシャツ、そしてデニムのショートパンツに黒い縞のニーソックスを履いた女の子がおびえる様にこちらを見ながら入ってくる。


「ねぇ加恋お姉ちゃん、この人なんか変なのつけてるけど・・・?」

「美香ちゃん気にしないでいいから、この人はこれをつけるのが好きな人なの。」

「変なの~。」

「そうよね変な人よね~。」


そういいながら宮園さんと美香ちゃんは二人で笑っている。

だけど美香ちゃんはこちらの方を最初の入ってきた時以来全く見ておらず、今も扉の近くの僕から一番遠い場所にいる。


「それでね美香ちゃん、あそこのお兄ちゃんなんだけどよく見てほしいの、なんか変な感じはしない?」

「ねぇ宮園さん、どういうことなの?何の実験をしようとしているの?」

「ゴメン、山本君は黙っててくれる。」


彼女は僕に冷たく言い放つと美香ちゃんの方に向き直って続ける。


「ごめんね、後で買ってきたケーキを一緒に食べましょう。だからこのお兄ちゃんの事よく見てほしいの。」

「うん、わかった約束だよ。」


そういうと少女はこちらを観察するように、じっと見ている。

僕は観察されているような視線に居心地が悪いものを感じ、視線をそらし壁際に近いベットの上に腰を下ろす。


「う~~ん。」

「どう何か感じた?」

「うん、なんだかわからないけど、あのお兄ちゃんに親切にしてあげなきゃっておもった。」

「そう、なるほどね。この子にも効果があるってことか。」


宮園さんはぼそぼそとそう小さく呟いているのを、美香ちゃんは不思議そうな顔で見ている。


「それじゃあ今度は、お兄さんの方に3歩だけ近づいてもらえるかな?」

「うん…。変なことするわけじゃないよね?」

「変なことはしないわよ、ただ3歩近づくだけだから。」

「うんわかった。・・・はい3歩近づいたよ。」


そういって美香ちゃんは僕の方に近づいてくる、そのあと僕の方をまた観察させまた数歩歩かせる。

それを繰り返させられた美香ちゃんは、いつの間にか僕が手を伸ばせばすぐ届くような距離までやってきている。


「どう?美香ちゃん、遠くにいた時と近くにいる時と何か変わったことってあるかな?」

「う~ん、あんまり変わらないかも。」

「そう…。わかったわ、ありがとう美香ちゃん。私はちょっと上に用事があるから、少しだけここにいてもらえないかしら?」

「でも…。」


美香ちゃんは僕と宮園さんを交互に見て、不安そうにしている。


「大丈夫よ美香ちゃん、彼は何もしないわ。それにドアの近くにいれば彼は近づけないから。」

「うん、わかった。加恋お姉ちゃん早く帰ってきてね。」

「うん、ごめんね。」


そういって宮園さんは扉から出ていく、美香ちゃんは僕の様子を伺いつつ扉の方に近づいていく。

今のこの部屋の異常な状況に、小さいながらも気付いているのかもしれない。

もし僕の予想が当たっていれば、彼女はひどい目に合う。だからこれはいいチャンスだ今のうちに彼女に帰るように言わなければならない、僕はそう決意すると美香ちゃんに話かける。


「あの…。君の名前ってなんていうの?」

「・・・。」

「宮園さんが帰ってくるまでだから、話してくれないかな?」

「・・・。」

「ねぇ・・。」

「美香・・・。」

「え?」

「小林美香・・。」

「そっか小林美香ちゃんか。ゴメン美香ちゃん、今から言うことをよく聞いてほしいんだ、宮園さんは君を実験に使うためにここに連れてきたんだ。だから早く帰った方がいい、今ならまだ帰してもらえるかもしれない。」

「実験って何?」

「詳しいことはよく分からないんだ。でもこのままここにいると君はひどい目に合うと思う、もし彼女が僕に触れなさいと言ったら本当にダメだから僕に触っちゃだめだ。最悪死ぬかもしれない…。」

「加恋お姉ちゃんが、加恋お姉ちゃんがそんなことするわけない!!」

「僕もそうであってほしいと思う、だから早く帰るんだ!」

「でも…。」


美香ちゃんがそういって戸惑っていると、いつの間に来ていたのか扉が開き宮園さんはお盆の上にオレンジジュースの瓶とコップを三つ持って入ってくる。


「あら、いつの間にか美香ちゃんと山本君が仲良くなってるわね。ふ~んなるほどね。」

「加恋お姉ちゃん!あたしこの人と仲良くなんてなってないよ!」

「うん、ごめんごめん、ちょっとからかってみただけだから気にしないで。それよりちょっと休憩しましょ、ジュース持ってきたからみんなで飲みましょう。」


そういってテーブルの上にグラスを置き、オレンジジュースを注いでいく。

宮園さんは美香ちゃんに最初に渡し、そして僕にジュースの入ったコップを渡してくる。

僕は監禁されてからこんな風に飲み物をもらったことがない、いつもはペットボトルだからとても嫌な予感がする、美香ちゃんと宮園さんが口をつけてから僕も少しだけオレンジジュースを飲む。

美香ちゃんと宮園さんは全部飲み終わったようだ。


「ねぇ美香ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら?」

「なに?加恋お姉ちゃん?」

「そこの彼、山本君っていうんだけど、美香ちゃんのことが好きみたいだから彼と手をつないであげてくれないかしら?」

「み、宮園さん何を?!」

「彼って恥ずかしがり屋だから自分じゃ言えないの、だからお願い。」

「…でも、あたし…。そうだ!今日塾があるの、だからお母さんに早く帰ってきなさいって言われてるの、だから…。」

「少し触るだけでいいのよ、別にそんなに大変なことじゃないでしょ?それに美香ちゃん今日塾なんてないよね?」


美香ちゃんはどうしたらいいかわからないといった様子で、俯いて泣きそうな声を出しながらでも、でも、と小さな声で言っている。

ここで助けないとまずい、そう思った僕は助け舟を出す。


「み、宮園さん、美香ちゃんはすごい疲れてるみたいだから、今日は帰らせてあげようよ。美香ちゃんもここのことは話さないだろうし、それにもし帰らせてあげるのなら今後は僕は君にできる限り協力する、約束するよ!」

「それは困るわ、もうこの実験は進んでいるの、計画は絶対に変えられないの。」

「そんなでも・・。」

「うぅ・・う・・。」


美香ちゃんは座り込み泣き出してしまっている、それを宮園さんは冷たい表情で見下ろしている。

そこで僕は覚悟を決める、今やらなければ取り返しがつかないことになるそう思った僕は


「美香ちゃん早く逃げて!!!」


そういって宮園さんに力の限り体当たりをする、不意だったのか宮園さんはたたらを踏んでから壁付近まで下がりそこで後ろ倒しに倒れる。

美香ちゃんは一瞬呆然としていたが、何が起こったのか分かったのか立ち上がると飛ぶように走り、扉に手を掛ける――



――しかし扉は、石で固まってしまったように動かない。


「開かないよ!ねぇ開かないよ!!」


半狂乱になり美香ちゃんは扉のノブを動かしている、その光景を僕は唖然としてみていたが、そのうち美香ちゃんの様子がおかしいのに気づく。

美香ちゃんはフラフラとし、そのままばたりと糸が切れた人形のように倒れる。


「あぁ、やっと薬が効いてきたのね。」


宮園さんがそういうと、美香ちゃんが倒れているところに近づいていく。

そのまま宮園さんは美香ちゃんを抱け上げている、家の中で大きな虫を見つけてしまったような顔で・・。


「美香ちゃんになにを・・・したんだ・・・。」


そういって僕も先ほどから頭がぼんやりしてきていることにやっと気づく。


「なにってただの睡眠薬よ。」

「なん・・で・・・そんな・・ことを・・・。」

「実験のためよ。」


僕はその言葉を聞いてから、何とか意識を手放さないように自傷行為を行おうとするも何もかもが遅く、僕の意識は真っ白な闇に染まっていった・・・。



目を覚ますと僕はベットに寝かされ、両手両足を固定されて猿ぐつわをかまされている。

まだ頭は朦朧としているも、気を失う前の事を思い出し咄嗟にあたりの様子を見渡す。

だがそこに広がっているのはさっきの部屋と別物のような光景、床一面とベットの上にブルーシートが広げられている、近くには体を縛られ転がされている美香ちゃんの姿があって、僕は言葉を失う。

ドラマやアニメなどでこういった光景を見たことがある、それもかなり猟奇的なシーンで…。


そして5分ほど経ったころ、宮園さんが使い捨てのカッパのようなものを着て、扉から入ってくるのが見える。


「あれ、山本君もう起きてたの?寝てた方がよかったんだけど。」

「う~~、う~~~。」

「そんな声出しても、猿ぐつわは外さないわよ。美香ちゃんが起きちゃうでしょう。」


そういって彼女は美香ちゃんに近づくとそのまま抱きかかえる。


「それじゃあ、実験を開始するわね。あまり動かないでね面倒だから。」

「う~~~~~~~。」


僕は何とか阻止しようと体を動かすも、体はがっちり固定されているため全くと言っていいほど動かない


「それじゃあ、体に乗せるわよ動かないでね。」

「う~~~~。あ~~~~~~。」


彼女はゆっくりと美香ちゃんの小さな体を僕の上に乗せ、彼女は上から抑える様に手で押している。

最悪の展開だった、こういうことにならないためにいろいろやってきたのに、と今更後悔の念が沸いてくる。


「そろそろじゃない?」

「んん~~~~。」


『異性との過度な接触を確認しました。このまま継続されると相手へのターゲッティングが行われます。』


僕は必死に身を捩って抵抗する。


『ターゲッティングが完了しました。10カウントで対象を爆破処理いたします。』


「んん~~んん~~~~。」


僕は必死に叫ぶもその叫びは虚空に消えていく。

宮園さんは興味深そうにこちらを観察している。


僕はここまでになってやっとこの女に対して殺意、憎悪、嫌悪を抱いている。

僕が何をしたというのだ、全部呪いのせいだ!そしてこの女がは僕の心をズタズタにしようとする。

眼で人が殺せるのならどんなにいいのだろう、神は役に立たないだからルージュに悪魔に祈りをささげるこの女を殺せるなら何でもしますと。


『10・・・9・・・8』


殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、絶対殺してやる。


『7・・・6・・・5・・・4』


待って、待ってくれ僕はこの子を殺したくないやめてくれやめてくれやめてくれ


『3・・・2・・・1』


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダ

まって


『0』

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