第8話 誘惑と絶望

「私と付き合ってみない、今の彼女より楽しいかもよ?」


そういいながら加藤さんは僕の手を握ってくる。

僕は一瞬頭が真っ白になるも、理性を取り戻し咄嗟に加藤さんの手を振りほどいた。


「な、なにいってんの?僕もうその・・宮園さんと付き合ってるし・・だから、その・・・。」

「あんな堅物そうな女より、アタシの方がいいでしょ、胸もでかいし。」


そういって彼女はこちらに胸を強調するようにしながら話しかけてくる。

確かに彼女の胸は宮園さんより大きく、他の女子と比べ大きい部類に入るのだろう。

そんなことを考えながら胸を見ていた僕に、小ばかにしたような感じで笑いながらこちらを加藤さんが見ているのに気付く。

僕は気恥ずかしさを覚え加藤さんを見るのをやめ、加藤さんに背を向けて喋ることにする。


「あの、その、それに加藤さん僕の事絶対好きじゃないでしょ?会って話したのだって久しぶりだし。なにかの間違いじゃないかな…。」

「それが私にも不思議なんだけどぉ、今日ここに来て山本を見かけたらさぁなんか一目ぼれってやつ?そんな感じでさあんたの事好きになったみたいなんだわ。」

「それって変だと思わなかったの?」

「アタシも変だって思ったけど、どうでもいいんじゃねそんな事。」


僕は確実に神の祝福の影響だと確信する。

そしてこの手のタイプには理屈など通用しそうにないと感じ、僕は焦燥感を感じる。

どのように断るか、どうやって今この場を離れるか考えていたその時。


「どうするのよ、はっきり答えなさいよアンタ男でしょ?」


と笑いながら後ろからわきの下から手を回され、抱き着かれてしまっていた。


「なっ!!か、加藤さんごめん離してくれる?」


そういいながら、女の子独特の柔らかさを背中に感じ戸惑ってしまう、しかし何とか逃れようと身をよじるものの全然振りほどけそうにない。


「そんなこと言って、嬉しいくせに。アタシって昔柔道やってたからちょっとやそっとじゃ離さないよ?」

「そんなこと言ってないで早く離してよ!ホントにお願いだから!!」

「うわっ、すげ~ムカつくわそういう言い方、ぜってぇ離してやんね。」


そういって彼女は笑いながら、さっき以上にきつく抱きしめてくる。

だから僕も意地になって何とか引きはがそうともみ合いになっていると――


『異性との過度な接触を確認しました。このまま継続されると対象へのターゲッティングが行われます。』


その脳内に響いてくる不吉な言葉を聞き、すぐに僕の頭の中はパニックになる、マズイマズイマズイそう思いやっと空転している頭で思いつく、そうただ一言いえばいいのだと。


「あの、加藤さん僕とつきあ・・。」


『ターゲッティングが完了しました。10カウントで対象を爆破処理いたします。』


僕が言い終える前に続いてのアナウンスが流れてしまう。

絶望で座り込みそうになるしかしまだ終わりではない、好感度を下げるような事を行えば爆破を解除できるはずだ。


「山本ぉ、今何か言いかけてなかった?」


とニヤニヤしながら話しかけてくる加藤さんを無視し、僕は腹を決める。

依然としてきつく締めあげてくる彼女から解放されるのは無理だ、だとしたら僕が取れるのは言葉で彼女の好感度を下げることだけだろう。


「あの加藤さん!!」

「うん?何?」

「加藤さんはデブだしケバイし香水臭いし口調もきついしウザいし、強引なところとか、えとえと後色々!ホント嫌いだから付き合うつもりなんてないから!!」


僕はありったけの悪口を時間制限のため早口で並べ立て、なんとか好感度を下げようとした、だが


「はぁ?早口で何言ってるんだか分んね。それに悪口いうつもりなら、もっとましないい方しろよ。」


『5・・・4・・・3』


カウントダウンは止まらない。

だが僕はあきらめきれない、加藤さんを殺すことが嫌なのはもちろんだがこの呪いは回避しようと思えば回避できるものだ、だから回避できないならばそれは間接的に僕の責任はとてつもなく大きくなるように思う。

だからあきらめるわけにはいかない。


「加藤は・・。」


『2・・・1・・・』


だが無情に時計の針は進んでいく。


『0』


一瞬の静寂―――そして




―――バチャという破裂音、それに続き何か重いものが後ろに倒れる音、そしてそれと一緒に大量の液体が撒かれるような音がした。


僕の体は解放されいつでも振り向けるようになっていることに気が付く。

だけど僕の体は石になったように動けない、理性が、本能が振り向くことを拒絶している。

首だけが何とか動かすと、僕は赤黒いものが腕や脇中にべったりとこびりついているのを見てしまう。


「ひっあっ!!」


それを声を上げて振り払う、その時に不意に近くの林ががさがさと音を鳴らす。

それに驚いた僕は咄嗟に振り向いてしまう、そう振り向いてしまったのだ、そこには――


――腕は粉々になり原形を留めず、胸から腹にかけてが消滅して残った骨や内臓がむき出しになって、崩れるように横に倒れている何故か顔だけは唖然とした顔のまま凍ったように止まっている、少し前まで彼女だったものが横たわっていた。


「ああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ。」


僕は今の自分の格好などお構いなしに走った、途中何度も転んだりぶつかったり道のわきで嘔吐しながらも無我夢中で走る、ただただ逃げるように…。


(いやだいやだいやだいやいや、僕のせいじゃない僕のせいじゃないくそくそくそくそくそくそくそ。)


家に着いた僕は部屋に飛び込み、クローゼットの中にはいり丸くなる。


もう何も考えたくない、どうして僕ばっかりこんな目に合うんだ、祝福も呪いもどっちもいらない、だから昔の生活に戻してくださいと神に祈る。


「神に祈っても何も変わらないよ、神ってのはただのシステムだからね。」


暢気な声が部屋の方から聞こえてくる。

僕は恐る恐るクローゼットの扉を開けると、そこには無邪気な笑顔を浮かべた白と黒の美しい悪魔、ルージュの姿があった。


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