伍の戦 ≪ 土俵にあげられた男
『怠惰は穏やかな無力から生まれる』── リュック・ド・クラピエ・ド・ヴォーヴナルグ
──────────────────
■ 狂犬グループの下層構成員
★ 犠牲者① ─────
氏名 :
職業 : 無職
序列 : 元構成員
敗因 :
★ 犠牲者② ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校3年6組の生徒
序列 : 元構成員
敗因 : シャイニングウィザード ⇒ 失神
★ 犠牲者③ ─────
氏名 :
職業 : 足場鳶
序列 : 元構成員
敗因 : 足首固め ⇒ 戦闘不能
★ 犠牲者④ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年2組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 :
★ 犠牲者⑤ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年7組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : スターダストプレス ⇒ 失神
★ 犠牲者⑥ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校3年4組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : キャメルクラッチ ⇒ 失神
★ 犠牲者⑦ ─────
氏名 :
職業 : T大学の1年生
序列 : 元下層構成員
敗因 :
★ 犠牲者⑧ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年3組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : テキーラサンライズ ⇒ 失神
★ 犠牲者⑨ ─────
氏名 :
職業 : 塗装工
序列 : 元下層構成員
敗因 : S.T.F. ⇒ 失神
★ 犠牲者⑩ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校3年1組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : でんでんむし ⇒ 失神
★ 犠牲者⑪ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校1年7組の生徒
序列 : 元中層構成員
敗因 : 金的を掌握しての脅迫 ⇒ 戦意喪失
★ 犠牲者⑫ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年1組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : ドラゴンスクリュー ⇒ 戦闘不能
★ 犠牲者⑬ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年4組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : 体育館の倉庫に軟禁 ⇒ 戦意喪失
★ 犠牲者⑭ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校3年8組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : パワーボム ⇒ 失神
★ 犠牲者⑮ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校1年4組の生徒
序列 : 元下層構成員
敗因 : ロメロスペシャル ⇒ 失神
★ 犠牲者⑯ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校2年3組の生徒
序列 : 下層構成員
敗因 : 鬼門陰陽流古武術『
★ 犠牲者⑰ ─────
氏名 :
職業 : 陽向ケ原高校1年6組の生徒
序列 : 下層構成員
敗因 : 高所からの投げ落とし ⇒ 失神
☆
ほとんどプロレス技だが、いずれにせよ、この1年半の間に17名の仲間が暗殺された。人数もさることながら、まさかこれほどまでにプロレス技が効くものだとは夢想だにしておらず、次は自分の番かと思えば思うほどに身体のどこを守ればいいのかがわからなくなる。なにしろ、不良というのは、得てして殴る蹴るといった単純な攻防のほうに醍醐味をおぼえる人種なのである。プロレス技をかけられることなどシミュレーションには組みこまれておらず、よもや対応策にまで切磋琢磨の触手を伸ばそうはずもない。
まして忍術ともなればなおさらに。
本日の昼休みのことである。まるで駅の改札を抜けるかのような自然な流れから殺人的体術を繰り出され、吹田源治は呆気なく失神した。リングの上でも輝きを放ちそうな見事な大技を喰らい、典型的な脳震盪とともに栄えある16人目の犠牲者と化したのである。
幸い、すぐに彼は意識を取り戻した。しかし、一時的な記憶障害にでも陥ったのか、しばらくの間をキョトンとしていた。自分の身になにが起きたのかという経緯はおろか、なぜ体育館にいたのかさえも思い出せない様子。そして
哀しいかな、鼻の捻挫という恥ずかしい代償をも負わせられていた。伸縮性に長けているはずのコンビニのビニル袋を頭部全体に被せられ、その拍子に吹田は鼻を捻挫、冠水の鼻血を止められなくなってしまったわけである。
恥の中の恥である。
ちなみに、仲間の1年生、九郎丸尚哉もまたステージの下で17人目となって果てていた。彼も典型的な脳震盪。ただ、危険を回避するという行動は起こせたわけであるからして、なにもできなかった吹田よりは
(あぁいや、そんなこたぁもういいんだ)
砥板磐は、今、恐れを為している。
⇒ 20XX/09/03[月]19:XX
東京都豊島区西池袋
池袋駅近郊にて
『本日の放課後、その、いつかどこかで奇襲するという感じにしましょう』
あの女の企画力が恐ろしい。
『約束が守られる保証はありませんが』
是非とも後者の案を採用してほしいものである。しかし、よほどの劇的演出を閃かない限り、彼女が後者を選択したためしはない。必ずや奇襲攻撃という暗殺は成功、大半の仲間が、予想外に小さな肉体の傷と予想外に大きな精神の傷を刻みつけられてきた。黒歴史を負わされてきたわけである。
(組織的なネームバリューが通用しないからヤなんだよなぁ、あの女)
狂犬グループの一員を名乗りさえすれば大多数の不良が畏怖するという関東圏の不良事情である。もちろん無視されることもあるが、それは
(だって、狂犬だぜ?)
砥板のボスの名を
関東圏の不良組織は、主に4派から成る。
・ ジンの率いる『狂犬グループ』
・ ミネの率いる『
・ レツの率いる『
・
このうちの狂犬、神鷹、赤鯨は、砥板の通うヒナ高に存在する。つまり、ヒナ高こそが関東圏の不良の枢軸といえるのである。そして砥板はその、輝ける狂犬グループの構成員なのである。
ところが、あの女ときたら、相手が狂犬だろうが神鷹だろうが赤鯨だろうがまったく怖れを抱かない。不良なんてどれも一律であるといわんばかりに、売られた喧嘩ならば喜んで買い、灰汁の強い手段で打倒し、時に喧嘩の約束を
(こんな理不尽な話があろうか!?)
おまえが言うなという話だが。
聞くには、その女の実家は秩父の山奥にあり、なにやら難しそうな古武術を守っているらしい。源流はあの仙台藩主伊達家のお抱えの忍術であり、時代の流れとともに少しずつ
『鬼門陰陽流』という名の古武術らしい。
そして件の女は、その物騒な古武術の師範代を任されているのだという。ゆえに、土日祝日となれば仮住まいの東京を離れ、レッドアロー号かなにかに乗ってわざわざ
(ご苦労なこった)
あげく、古武術の練習台にでもするかのようにヒナ高の不良どもをバッサバッサと斬り捨てていく。砥板たち不良はみな、彼女にとって都合のいい伊達男という構図になるのである。
(捨てられる身にもなれっつーの)
喧嘩を売った事実は棚上げである。
なにはともあれ、この放課後、ご多分に漏れず砥板もまた奇襲攻撃の餌食となるらしい。いつ、どこで、どんな手段で奇襲されるのかはトンとわからないが、なにはともあれ、彼はこれから極めて
「女子=非力」という等号が成り立たない女である。そんじょそこいらの成人男性よりも遥かに運動神経に長け、体力もあり、
そんな
「ああクソッ!」
いつもよりもだいぶん早く、砥板は狂犬グループの集会所『MONKEY PAW』を辞退し、重い足取りの帰路に就いていた。翌日に跨がっての飲酒、喫煙、
だって、次は自分なのかも知れない。
先ほどから、砥板と同様、奇襲の標的に指名されている
「あんでつながんねぇんだよ……!」
宵闇の
大人が3人、横に並んだだけで
右を見れば小さな
不勉強の砥板は「按摩」という言葉の意味を知らないが、いつも開店休業状態の不用心な謎の店だということは知っている。そして不用心がゆえの夜分の不気味さもまた。
生唾を飲み、脚を早めた。
しわしわしわしわ──蝉は
今にも喰われそうな予感しかない。
と、にわかに背後を振り返った。
誰もいなかった。
間を置かず、見あげた。
屋根にも誰もいなかった。
家屋同士の隙間を覗いた。
野良猫もいなかった。
いや、なぜか擦れ違う者すらもいない。
……逸る。
まさか、あれほどまでに呆気なく吹田が打倒されるだなんて思ってもみなかった。いかに下層構成員であるとはいえ、彼の半生には必ずや喧嘩の下積みがあるはずなのである。事実、神鷹や赤鯨との悶着の際には自慢の機動力で目立った勇士なのである。
そんな彼が、よもやの瞬殺。
口八丁手八丁の活躍を目の当たりにしてきたからこそ、彼が呆気なく倒されるのを目の当たりにして、今、砥板は心底から恐怖に支配されている。それは、敵が女子であろうが同学年であろうが無関係なのである。
「ぜんぜん出やしねぇ」
コール音はするものの、機械的な音声にも切り替わらない。つまり、丸茂は地上のどこかにいて、大して忙しくない状態にいるはずである。しかし、依然として電話に出る気配はなく、留守番電話設定も為されておらず、そんな彼の怠けた性格が砥板の焦燥をいっそうに後押し。
出ない。
声が聞きたいのに、出ない。
「もう殺られた……とか?」
ひとりごとで焦燥をいさめている。
やむなく
『
上司の名前が。
「もしもし砥板っス」
安堵の早口で、同学年であるはずの乾に敬語をうかがわせる。
「今日はもう、あの、集会は切りあげて、今は家に帰ってる途中っス。やっぱあの、吹田のこともあるんで、なんか集会どころじゃなかったんで」
「バン。よく聞け」
早退の言い訳を並べていると、低く落ち着いている音色が割って入った。
「サダジ、キュウ、マルモが倒された」
「……は?」
「この1時間以内のことだ」
「は? は?」
「サダジはフロントチョークで」
「フロ」
「キュウは卍固めで」
「マン」
「マルモはパロスペシャルで」
「パ、パロ?」
「どれも闇討ち、どれも瞬殺だ」
このうちの「マルモ」とは、今し方まで電話をかけまくっていた、しかしつながらなかった男のニックネームである。
「次の標的はバン、おまえだ。いいか? 今すぐ自宅へと急行しろ。なにも考えずにとっとと帰れ。親のいる自宅ならば迂闊には襲ってこないはずだからな。得策など考えず、今は身の安全のことだけを考えて自宅に走れ。策を講じるのはその後だ」
乾の忠告、その途中からすでに砥板は駆け出していた。
「宵闇の途上であるのならば、どこにいても百目鬼の土俵だ」
ドウメキ──その言葉の響きが彼の脚を
走る。
「その土俵にいてはバン、おまえに勝算はないと思え!」
走る。
路地を斜め左に折れ、右に折れ、さらに右に、左に、それからまっすぐで、しかし行きすぎて慌ててUターン。
それでも走る。
「走れバン! 走れッ!」
走る。走る。走る。
左、右、左、右、斜め右、左、左、右、左、右──トルネコのダンジョンを疾走。
通学鞄など持ったためしもない砥板だが、今は盾が欲しかった。なにひとつとして具足を身にまとわず、丸腰のままでノコノコと薄墨のダンジョンに臨んでしまった。
(勝算がない? マジで? マジで!?)
酷暑。
恐怖。
自尊。
大汗である。
すると、
「あデッ!」
脚がもつれた。運動不足の砥板は受け身も取ることができずに転倒。
しかし、それでも彼には安堵感があった。地形でわかった。そこは懐かしの一軒家、我が家の目前。
キッチンとトイレには茜も点る。
「おぉイデぇ……!」
安堵したとたん、左の膝にスパークリングな熱が芽生えた。擦り剥いたか。肩で息をしながらケンケンと跳ね、玄関扉へと続く階段の最下段に座った。
恐る恐るにハーフパンツを捲ってみる。
傷なんてついていなかった。
「あんだよクソがッ!」
癇癪を起こし、右拳で左脚の付け根を叩く。それから、握ったままの携帯電話を覗いた。
乾との通話は、すでに切られていた。
やむなく、お尻のポケットへと入
「……ん?」
ふと、砥板の横目になにかが映った。
4段しかない階段の3段目、その中央に、四つ角をまっすぐにして据えられてある。
上半身を捻り、まじまじと見入る。
薄墨に汚れた、白い葉書らしかった。
今やなかなかお目にかからなくなった
宛名の面にはなにも記されていない。
裏を捲る。
「……え?」
瞬時に、砥板は
その一面には、達筆な筆ペンの文字で、大きく、こう記されてあった。
『本日はもう飽きましたので
また後日
──百目鬼歌帆』
(あ、あ、あ……)
ぱらん、らん、らん──幾度となく不規則に翻り、散るように葉書が落下。
(飽きた……!?)
氷像となりながらも、自然と、砥板の空虚な手はハーフパンツのポケットへと滑りこんでいた。
すがるべき
【 了 】
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