英語1

「英語なら先輩の得意科目じゃないですか。さっさと終わらせて下さいよ」

「ねぇ、なんか例のドラマの主題歌が君の声の後ろから聞こえてくるんだけど。なんで?」

「幻聴じゃないですか?」

「絶対違う、今タイトル言ったでしょ」

「気のせいですって。そんなにドラマ見たいんだったら、早く課題を終わらせて下さいよ」

「ドラマ流されたら、課題に集中出来ないじゃん!」

「いいじゃないですか。僕だって『今時の女子高生はこんなの見てるんだな、フーン』っていう感情を抱きたいんですよ」

「意味がわからない感情だね。それは何、呆れてるの?」

「分かりませんか? 馬鹿にしてるんですよ」

「馬鹿にしないでよ! このドラマ、文句なしにキュンキュンときめいちゃうんだからね!?」

「知りませんよ、そんなこと」

「じゃあ見なくていいじゃんかー!」

「面白いかどうかは、実際に見て決めることです」

「だぁー! もう馬鹿!! ……勢いで今、鉛筆投げちゃったじゃない!」

「本当にそれは知りませんね。僕のせいじゃないです。理性のないゴリラみたいなことしないでください。僕の持つ女子高生のイメージを、先輩がガタ落ちさせてます」

「女子高生なんて、みんなゴリラみたいなものでしょ」

「いくら切羽詰まってるからって、そんな最低なこと言います?」

「言っておくけど、男子高生もみんなゴリラだからね? 人類はみなゴリラ。進化なんてしてなかった」

「落ち着いてください。分かりました、ドラマは切りましたから、鉛筆を手にしてください」

「持ったよ……」

「頑張りましょう。先輩なら出来ます。早く終わらせて下さい」

「終わるかなあ」

「終わるかどうかは、あなたの腕次第ですよ」

「職人さんみたいな言われ方」

「課題終わらない職人ですか。嫌な職人ですね、需要がありませんよ」

「真面目に返すのやめよう? さっき君が言ったんじゃん、理性のないゴリラって」

「そうですけど」

「理性のないゴリラに、需要と供給とか難しいこと求める方が間違ってる」

「そうですね。ごめんなさい、ごめんなさい」

「分かればよろしい」

「でも先輩、こういう時でも自分を卑下するのは良くないです」

「だから君が言ったんじゃん、理性のないゴリラだって」

「分かりました、先輩は理性のある立派な人間です。立派な人間ですから、課題も終わります。完璧ですね、最高です」

「もっと大きな声で!」

「先輩最高!!!」

「ありがとう! 愛してるよ、小林くん!!!」

「で、報酬の話に戻るんですけど」

「やめてくれないかな? ペースが落ちる」

「落とさないで聞いてください。今、欲しいものがありましてね」

「缶ジュース?」

「なんで缶ジュースにばかり僕を縛り付けるんですか」

「缶ジュース、安いところはひたすら安いじゃん」

「そうですけど」

「私の財布でも買える」

「……一応、聞いていいですか?」

「なに?」

「先輩の残金っておいくらなんです?」

「104円」

「……自販機ですら、滅多にものが買えませんね」

「楽しんだ結果だから、悔いはないよ」

「それなら良かったです。いや、よくはないんですけど」

「何か今回やけに報酬を求めてくるね? なんで?」

「そりゃあ、もう4回目ですし」

「4回目だからこそ、優しくなるんじゃないの?」

「先輩、本当によく今まで生きてきましたね。ベタベタに甘やかされてきたのが目に見えます」

「間違ってないから否定が出来ない」

「僕ぐらいじゃないですか。先輩に理性のないゴリラって暴言吐けるの」

「多分そうだと思う」

「……なんだかなあ」

「なに?」

「いえ、特に」

「言いたいことは、はっきり言った方がいいよ?」

「先輩が傷ついてやる気を失ってしまってはいけないので、とてもじゃないですが言えません」

「それもそうか」

「英語、終わりそうですか?」

「厳しい」

「手を機械にするんです。写すためだけの機械に」

「厨二病っぽいね」

「そうですね、中2の頃の先輩は、課題終わらせてました?」

「聞こえない、なにも聞こえない」

「そうですか、じゃあ切りますね」

「ごめんってば、切らないでよ」

「泣きそうですね、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃない……背中さすって欲しい……」

「欲張りですね、先輩は。明日行ってあげましょうか?」

「本当に!?」

「ええ。無事終わらせたら、ご褒美もあげます」

「報酬も満足にあげられない私に、ご褒美をくれるんですか」

「ある意味、報酬でもありますから、そこはまあ、そうですね、先輩の頑張り次第です」

「頑張ります」

「優しい後輩に感謝してください」

「ありがとう」

「どういたしまして」

「小林くんに会えて良かったって心から思うよ」

「それは何よりですが、現金な人ですね」

「本当に思うよ。小林くん、懲りずに私と会話しようとしてくれるし」

「……相当精神弱ってますね。ちゃんと起こすので、今から15分仮眠してください」

「無理!」

「僕を信用してください。大丈夫です。ちゃんとどんな手段を使ってでも起こします」

「……分かった。ちょっと、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

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