小林くんの声

城崎

課題編

国語

「あとは、何が残ってるんですか?」

「英語のワークと、国語と、数学。あと多分、化学もちょっと残ってる」

「むしろ何をしてきたんですか、この冬休みで」

「遊んでました」

「小学生ですら、もっと計画性を持ってますよ」

通話口から聞こえてくる、ため息交じりの呆れきった声。

「ここまでくると、もはや伝統芸能だよね」

現在、高校2年目の冬休み終了2日前。彼と出会ったのが、今年の春。私が終わらない課題と向き合えるようにと、彼に徹夜を手伝ってもらい始めたのがGW。それから夏、シルバーウィークときたので、今回で4回目になる。

さらに、課題が終わらなかったのは高校1年目の冬休みからなので、伝統芸能と言っても差し支えはないだろう。

「自らの悪癖を、良さげな言葉で飾らないでください。ちゃんと手は動いてますか?」

「動かさなきゃならない器官は、フル稼働してる」

冬課題の答えを睨みつつ、画面を光らせたままにしておく。

「なんで冬休みの最初からフルで動かさないんですか?」

「冬休みはクリスマスとかいう、楽しいイベントがあるからよろしくないよね」

「クリスマス楽しかったんですか。彼氏でも出来ました?」

驚いたような声に、ニヤリと口元が緩んでしまう。

「彼氏がいたら、君に電話かけてないよ」

「良かったですね、先輩。これが電話越しで。目の前にいたら、多分首絞めてますよ」

ちょっとしたお茶目だというのに、なかなか過激な人間である。

「そんな君は、クリスマス楽しかった?」

「電話切りましょうか?」

「やめて。君の声聞かないと課題が出来ない」

「とか言いながら、序盤は僕と結構な頻度で会ってすらいたのに、課題してませんでしたよね?」

確かにそうだ。序盤は、冬休みに入った喜びとこれから何をしようかという楽しさに対することを話していたような気がする。それが結局はこの絶望につながったのだと思うと、自分の愚かさに涙が止まらない。

「きっと私は、終盤にしか力が出ないんだよ」

「それは思い込みですよ。自分は序盤からでも力を出せる。繰り返してください」

「自分は序盤からでも力を出せる」

「自分は序盤からでも力を出せる」

「自分は序盤からでも力を出せる!」

「まあ、こんなこと言ったところで序盤には戻れないんですけどね」

「催眠効果か何かで、ちょっと眠くなってきた」

「なんでですか。起きてください。あなたもつらいでしょうけど、課題終わってるのに徹夜に付き合わされる自分の方が、よっぽどつらいんですからね」

「ごめんね、愛してるよ。今回は何がいい、缶ジュース?」

「箱買いですか?」

「無理をおっしゃいますね?」

「お年玉があるでしょう」

「今までお姉ちゃんにしてた借金返したら、多分無くなる」

「先輩、金銭にも計画性がないんですか。いよいよ人生が茨の道ですね。ちょっと同情します」

「同情するでしょ? だから」

「かと言って、僕は遠慮しませんよ。報酬はきちんといただきますから」

「勘弁してほしいなぁ」

「課題を1人で終わらせられたら、すべてが丸く収まるんですよ?」

「それが出来ないから、困ってるんじゃない」

「なんで出来ないんですか。僕とそんなに会話したいですか?」

「あ、それはあるかも。声が良い、好き」

「僕はしたくないので、そんなこと言われても困るんですけどね」

「おかしい、そこは声が好きって言われて、照れるところじゃないの?」

「先輩に好きって言われても」

「そうだよね。こんな計画性のない人間を好きになる人なんて、私のことをもはや観察対象としてしか見てない人くらいしかいないよね」

「……虫レベルですか」

「そう、飼育されるの」

「アブノーマルですね、不純です」

「ここで良い報告があります」

「スルーですか」

「国語が終わりました」

「おめでとうございます」

「飽きたぁ! ドラマが見たい!」

「別に見てもいいんですよ? あなたの冬休みが終わらないだけで」

「もうすぐ、深夜の再放送が始まってしまう」

「タイトルなんですか?」

「……タイトルは出ないんだけど、主題歌が度々話題になってる恋愛ドラマ」

「ああ、アレですか。見たことないので見てみようかな」

「見たことないの!? っていうか今見る!?」

「何が起きてるか逐一報告するんで、苦しんでください」

「やめて、本当にやめて。録画してるのに内容バラされるのやだ」

「じゃあ、課題終わらせて早くドラマ見ましょう?」

「こ、小林くんが優しい」

「前言撤回です。テレビ付けますね」

「調子に乗りました、すみません」

「はい、じゃあ手動かしてください。次は何します?」

「英語……」

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