第7話 RMX-1型 アリア

 今日も部活の日。

 場所は校舎の階の奥、物理実験室。

 部活動をするために集まった少年少女はメイド服を着たアンドロイドに給仕を受けていた。

「皆様、お待たせしました。お茶をどうぞ」

 そう言って、各自用意した湯のみをお茶を注ぐ。

「本日のお菓子は羊羹ですので、紅茶ではなく日本茶にしました」

「おぅ、ありがとな」

 緋鞠はアリアに礼を言い、羊羹に手を伸ばす。黒文字を使い適当な大きさに切って口へ運ぶ。

 最初に来る甘さは羊羹の外側に固められた砂糖の甘さ。シャリッと口の中の唾液と混ざり合い固められた砂糖の壁が溶ける。次に来るのは小豆の甘さ。最初の甘みとはまた違った甘みの種類、濃度。甘さを煮詰めていけばここまでくるのかと思わせるものである。口の中には甘み以外の味は存在せず。甘味が口を蹂躙していった。

 だが、飲み込むと先ほどの侵略が嘘のように無くなるのだ。悪く言えばこってりとした甘み。少しくどいと思わせるような重さがあったはずだが、後に残るのはあっさりと後味が良いという感想だけだった。一陣の風のように甘さが体を吹き抜けるのだ。

 そして、お茶を飲む。

 渋く、暖かいお茶は甘味という余韻を流してくれる。口に残った甘みが流され、後にあるのは清涼感のみだ。日本人に生まれてきて良かった。そう思ってしまう組み合わせである。

「うめぇな、これ」

 緋鞠の感想に、御影はウンと頷いた。

「確かにこれは美味しいね。小豆も白小豆だね」

「普通の小豆とは違うのか?」

「高級品だね。生菓子に使うと聞いたことはあるが、羊羹で使っているのは稀だと思うよ。しかし、高かったのではないかね?」

「大丈夫です。千歳様の口座から引落したお金ですので。アリアの懐はちっとも痛みません」

「ええっ!!」

「なんです、千歳様。大声をあげて」

「いや、だって……」

 まさか自分のお金とは思ってなかったのか、あたふたと千歳は慌てだした。

「冗談でございます。本当は研究所のほうから経費として貰っておりますので」

「なぁんだ……よかった」

 ほっと胸を撫で下ろす。その横でお茶を飲みながら御影が尋ねる。

「しかし、アリア君は千歳君のメイドロボだよね?」

「ええ。アリアのマスターは千歳様でございます。それは誰にも変更できない設定です」

「でも、アリア君は竜崎エレクトロニクスの実験機でもあるわけだ。どういう理由で千歳君がマスターになったのかな?」

「それは……」

 アリアはチラッと緋鞠を見た。その視線を受けて緋鞠は。

「アリアは実験機という名目で学校に来てるが、実際の所実験は殆ど終わっているんだ」

「終わっている? それはどういうことだね?」

「アリアの制作理由は、人間は機械の主人になりうるかどうかだ。つまり、メイドロボで作られたのに野良だったんだよ、アリアは」

 奉仕する目的で作られたのに、仕える人物がいない。メイドロボと設計された機体であるはずなのに、働けない。自己を形作るものは何もなかった。欲求も使命も何もかも。

「はい。アリアは千歳様に会うまではマスターが存在しないメイドロボでした」

「しかし、普通ではないかね? 普通、メイドロボを買った後に認証儀式をするのだろ」

「それが存在しないんだ、こいつは。主となる人物を強制されることなく、自分で見つける。それがアリア。砂漠に落とした真珠を見つけるように永遠とご主人様を探す機体だったんだ」

「それは……」

 絶句する御影。緋鞠は溜息をつき、右手をヒラヒラと振った。

「元々はうちの親父が『機械が自我を持ったら、人間を主人とするのか試してみっかー』って言って作られたロボだからな。それも映画見た後言い出しやがったからなあいつは。映画の通りに機械の反乱が起こったらどうするつもりだったんだ」

 説明していて頭が痛くなったのか、緋鞠はひじをテーブルに乗せこめかみ辺りを指で摘む。

「今でも鮮明に思い出します。千歳様に最初に会った日のことを。自分が何者なのか、何のために生まれてきたのか。それが千歳様に会った瞬間に理解出来ました」

「ま、それで実験が終了したがいいが、扱いに困ってな。所属は竜崎エレクトロニクスなのに、ご主人様が千歳だ。当初の予定では記憶を消去するはずだったんだが……色々あって現在にいたるって感じだ。アリアは千歳のものとなって、機械が主人を自分で決めるっていう珍しい事例だからな、発生したデータを研究所が貰うって話になったんだ」

「へぇ、波瀾万丈だったんだね」

「ええ。次の目標は機械による地球支配です。この地球に人間は不要ですので」

「話がおちついたのに、そっちにいっちゃうの!」

 それまで黙っていた千歳がツッコミの声をあげた。

「千歳様がやれって言ったんです。アリアはやりたくなかったのですが」

「僕のせいになってるし!」

 千歳があたふたしているのを、アリアはメイドロボの証である耳のすぐ上にあるセンサーを触りながら見ていた。自身の存在を確認するかのように。

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