第6話 そこに貴方がいるから、私もそこに

 千歳が部室に入ると、そこにはメイド服を着た少女がいた。年の頃は千歳と同じくらいだろうか。マリンブルーを思わせるような澄んだ蒼色の髪がメイド服によく似合っていた。

 千歳が通っている高校は制服の着用が義務付けられている。その違和感に千歳は目を瞬かせる。わかってはいたが、実際に目で見ると思考が止まる。

 メイド服の少女が振り返って、千歳に言った。

 無表情で告げるその顔は精緻な人形を思わせる。

「いつまで視姦しているのですか、千歳様」

「えぇ! し、してないよ!」

「まぁ、入ってきたと思ったら挨拶も何もせずにじっとこちらを見てるようでしたから。きっと口に出来ないことを考えているのかと」

 弁明の言葉を千歳が述べようとした時、緋鞠と御影が部室に入ってきた。

 そして、メイド服の少女が部屋にいるのを発見した。

「おぅ、アリアじゃねーか」

「はい、緋鞠様。授業お疲れ様です」

「おう、お疲れ様だ。アリアが部活に来るのは初めてだよな」

「ええ、今まで来れずに申し訳ありませんでした」

「や、悪いのは親父だからアリアが謝るもんじゃねーよ」

 そう言って緋鞠は笑った。

「私は初めましてだね。九条院御影という。よろしく頼むよ」

「はい、御影様。こちらこそよろしくお願いします。RMX-1型機です、アリアとお呼びください」

 御影は興味深そうにアリアを見ていた。

「ふむ。アリア君はどっからどう見ても人間にしか見えないな。本当にアンドロイドなのかい?」

「いえ、メイドロボです」

「違いがあるのかい?」

 首を捻って不思議がる御影。

 アリアは千歳を見ながら御影に微笑んだ。

「男のロマンだそうです。メイドロボって言うのがいいらしいのです」

「そうなのか……奥が深いね。メイド服をわざわざ着せるほどだからね」

 御影も千歳の方を向きながら、慈悲深く微笑んだ。

「千歳、てめぇにそんな趣味があったとは……」

 緋鞠はゴミを見るような目で千歳を見た。

「いやいやいや、僕がそうしたわけじゃないからね! アリアも緋鞠もわかってるでしょ!」

「冗談でございます」

「ああ、冗談だ。この鬼畜ヤクザが」

「緋鞠、冗談だと思ってないよね!」

「大丈夫です。アリアは千歳様の味方ですから」

「ありがたいんだけど、できれば否定してね」

「ふふっ」

 アリアは笑った。

 そして、そのままコンロのある方向へ移動した。

 どこから調達したのか、部室にはヤカンやティーポットが用意されていた。

 アリアは淀みない動きで、茶葉を測り、ティーカップを温めたりと紅茶の準備をする。

「皆様、準備が出来ました。ダージリンのファーストフラッシュです。それとお茶請けにクッキーをどうぞ」

 出された紅茶は、ほのかにマスカットの香りがする紅茶。

 紅茶の渋みが甘いクッキーによくあっている。

 紅茶とお菓子の共演を楽しみながら、御影はポツリと言った。

「うん。美味しいね。メイドロボというのは素晴らしいね。欲しくなってきたよ」

「たけーけどな。それにアリアは特別製だ」

「特別製?」

 緋鞠はクッキーをかじりながら、御影に説明する。

「アリアはわたしの所の研究所の実験機だからな。より人間に近づけるために特例で学校にも通っているんだ」

「そうなのかい?」

「ええ。より人間に近づこうとしたら、多くの人間の人と出会い会話することが一番だと研究所の人が決めました」

「でも、学校でよかったのかい?もっと違う場所があったのではないかい?」

 御影はアリアに思ったことを尋ねた。学校には多くの人が通うが、閉鎖された空間だ。出会える人間の最大値がほとんど増えないはずだからだ。

 アリアは千歳を見て、くすっと笑った。

「ええ。他にも候補となる場所はありました。けど……」

「けど?」

 アリアは大事にしている宝物を母親に見せる少年のように、抑えきれない感情が漏れ出るように言った。

 その言葉は、見惚れるような微笑みと共に。

「けど、他の場所には千歳様がいらっしゃらないのですから」 

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