#167 Going Crazy(ただひたすらに)
「少し、冷えて…来たな……」
「あっ? あ、ああ…まあ、そうだな」
流れる機微や空気の――この場の雰囲気をイッサイガッサイ、徹底して読まない無遠慮な冷たい風と闇が――何やら思わせ振りに連れて来たのは、気不味さを伴わない沈黙と無個性な質問にも独白にも似た言葉。
途切れた言葉と拭い切れ無い世界が持ち得る静けさに沈んで消えてしまいそうなそれに対して僕が返せたのは余りにもつまらない言葉。
外気と体温の偏差である薄く白い息がどちらからともなく漏れて、それを掻き消す様に幼馴染が再び口を開いた。
「らしくも無く、年甲斐も無く――めちゃくちゃ青春しちゃった訳だけど、アラタは思う所とか無いのか?」
「え? お、思う所…? 思う所かあ……」
言葉のままの照れと後悔のせいか、そっぽを向いたままの彼の言葉。その真意を掴みかねる。いやいや、思う所ってそもそも何だ?
僕としては相棒の劣等感や本音を何とか収まるべき所に収めたと思っているし、僕自身としても内に求めていた行方不明者を外界に見つける事が出来て、何とも何よりと日々剣呑。
概ねそう言った感じなのだけど、そういう事を口に出せば良いのかな? うん、多分違うよな……。
とすると、精神的な部外者でありつつもバッチリ当事者な僕に求められている応答とは何なんだろうか?
「あー、うん。そう…だな。ああ、そうだな。うん。思う所…? 思う所ねぇ……ねぇ」
未確定な心のままに曖昧な接続構文を紡いだだけで、結局何も進展しておらず、それを見かねた問人から注釈に似た追加条項が後出しされた。
「ほらっ…その、なんだ。自分で言うのもマジでアレなんだが――
「ああ、なるほど! そうか、そういう話な訳か」
俯きながらのその声は僅かな震えを伴っていて、言葉と合わさる事でようやく発言の真意に辿り着く。
自分の思考をこうしてトレースしてみた事で、マジで察しが悪いんだなと頭の隅でディスりながら、
「まぁ…そうだな。あー感想な…。少なからず驚いたし、サプライズや想定外もあったりしたかなぁ……」
「それだけか?」
「そういうと
「お前マジかよ」
驚いたか?
なんて
ホント、自慢にはなんねぇけどさ。
「ここ十日くらいの間に――
「嘘だろ、お前。
相変わらずの勘の良さだなと感心しかけたが、よくよく思い返してみればここ十日間くらいの僕はずっと
それらを考慮するとそんなに驚嘆すべき超直感とも言えないね。むしろ自然で無理の無い論理展開に基づいた常識的な推論だ。感心して損したわ。
そう思うと不意に体温が下がった感触があった気がして、首の円周でとぐろを巻くアフガンストールを口元に上げてから外界との間に壁を作る。
更に、壁と共に僅かばかりの防護壁を忘れない辺りが流石に僕らしいと思う。
「それは…まあ、そんな感じかな」
「なんだそれ、煮え切らないな」
「如何せん、プライバシーに関わることだからね。僕は一部上場企業よりもそこら辺に拘るのさ」
「マジで何だよそれ」
何なんだろうな、マジで。僕にも良くわからないと笑いながら会話を続けた。
例え上辺だけでも――仮に奥底の何処かに何か別の感情ものを隠して含んでいたとしても――だとしても、こういう他愛の無い会話は心地良くて貴い。
その人間的な機微に富んだ感傷を有機的な言の葉に込めて、その果てに
「ただ…そうだな」
「ん?」
「複数人の抱えるヘヴィな問題についての改心やら説得やら心を砕いて頭を絞ったり、汗をかいて骨を折ったりした…かな?」
「そうかい…」
お互いに視線を合わせないままの会話。
僕は暗くなって殆ど見えない川の流れを想像しながら、せせらぎを背景にする。
彼はどうだろうか?
「それで?」
「え?」
意図しないタイミングで幼馴染は何かを僕に問う。
非生産的な物思いに興じていた頭ごと顔を彼に向けた。
「
「いや、言い方…って、まあいいけど。
リターン。報酬。成果物。利益。
なんだか響きがダイレクトに俗物的でちょっと
なので、僕がこの二週間弱の期間の間で変わったもの――今まで持っていなくて、新たに手に入れたものを列挙する事にする。
「世界で一番愛しい女性と聡明だけどキレてる義妹。それとあとは――、」
「あとは?」
――親友の本音くらいのもんだ。
「はっ…それは重畳。傑作だ、出来過ぎな位だな」
彼は膝を叩きながらひとしきり笑い、やがて立ち上がる。
尻に付着した細かいゴミを払った後、そのまま右手を僕に突き付けた。槍のように。或いは導きのように。
「さあ、もう行こうぜ?全く、随分と長い間、
「ああ、そうだな。もう行かなきゃな」
彼の手を取り、僕もそれに倣う様に腰を上げる。
すっかり僕の熱が移ったベンチを離れた身体はもう重たく無いし、軽くも無い。
僕は身体を――彼の助力を借りて――僕自身の脚で立ち上がる。
これまでもそうだし、これからもそうだろう。
いつか二人の道が別れる時が来るまで――ひょっとしたら来ないかも知れないけれど――僕達はつがいの片翼として、相棒を補完し続けるんだ。
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