#116 Inevitabilis (避けて通れない道)

 突然だが諸君らに問いたい。

 さむらひの国に産まれた男の…厳選された漢のみが持つ、”格”とは何か? それは一体なんぞや??


 それについて、各々おのおのそれぞれ理念の様な考察や、様々な意見があるとは思うが、それは僕には余りある難題であるので、諦めてその辺にぶん投げた。不法投棄バンザイ、マニフェストとか誰も覚えてないよね。


 つーか、そもそも知らねえよ、そんな無意味に壮大で無闇矢鱈に曖昧なテーマ。

 興味のある奴は昔のジャンプでも読めば大方理解出来るんじゃね? すなわちXYZが大正義であると思うよ…。


 という訳で、今晩の相談相手たる愛しき女性の妹君との逢瀬には、僕の勝手知ったる場所を指定した。


 それは先日、バンドメンバーを集めて拙い恋愛武闘会を行った馴染みの店『カンナバーロ』である。


 遠い将来の転生先で英国紳士になる予定がある僕としては車で淑女レディをエスコートするべきなのだろうが残念無念、近くにいい感じの駐車場が無いので断念した。

 結果として、普通に最寄りのバス停にて待ち合わせ。年齢的にはどうにも色気に欠ける気がするけど、どうしようもないね。


「今日はお呼び立てしてごめんね? っというか朝の件とかも、どうだった? 大丈夫? その…揉めなかった?」


 僕のファッショナブルでイカした見た目に合わせてか…或いは見越したのか。


 カジュアルでストリートな装いの新山ニイヤマ彩乃アヤノに対して、実に紳士的に声を掛ける。

 その実、スタジャンとベースボールキャップとかルーズな感じでいいっすね!


「ええ、まあ。アラタさんが気に病む様な状況には陥っていませんよ。それよりも…存外私は結構楽しみにしてますよ?」

「え? 何を?」


 僕よりも人間的に遥かに先をひた走る彼女に贈れる大層な『Joy』なんて持っていただろうか?


 相変わらず察しの悪い自分に嫌気が差した頃に解答提示。


「貴方の選んだお店ですよ。ひょっとしたら姉と同じフレンチかとも想像していましたが、杞憂であったようですね。失礼、おみそれしました」


 うわ、あっっぶねぇ~。

 黄泉の穴へと連なる落とし穴をギリギリセーフで危機回避したらしい。

 やるな過去の僕、大した危機察知能力だ!


 安堵と賞賛にそっと胸を撫で下ろしながらも頭を掻く。

 穴を一つくらい回避した所で経験不足は否めないし、宿る不安が雨後の雑草のみたいに尽きないからだ。


「これから行く店がそれよりも――女の子的にどうかは分からないけど、少なくとも…味は保証するよ…」


 そうこうしている内に、何となく適当な会話を積み重ねている内に目的地へと辿り着く。


 道中途切れる事無く、何気ない日常会話が続いたのは僕の卓越した会話スキルのお陰では無く、彼女の引き出しの範疇だろう。水商売の世界アンダーグラウンドならかなり上位階級を狙える技術だと思う。行ったこと無いから良く知らないけどさ。


「さて、お気に召すだろうか?」


 時代遅れにも程があるレトロで重たい扉を開いてから彼女に入店を促し、対極にいる異性の反応を窺う。


 他者に対するレスポンスを極めに極めた童帝のチョイスに対するモテカワ女子の裁定は?


「何と言うか、それなりに雰囲気の良い店を知っていたのですねぇ…。というのが正直な感想です」

「おお、さいで…何より。南無三」


 物珍しさからか、小さく口を開けて店内の雰囲気を見渡す彼女の言葉はとてもビターで嬉しくないものでした。それは僕だけにとっての苦さである。つれぇわ。


 地元育ちだから、それなりに顔は広いと思うけど。

 そういう種類の──マクロな繋がりを声高に主張するのも何となく、格好悪いと思うからさ。


 僕は多分、年相応に曖昧な感じの気持ち悪い笑顔を浮かべてた気がする。

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