#106 LACK OF SENSE(足りない才能)

「でもジッサイ、真司の言う通り雰囲気ムードってのが大半を占めると思うぜ? 言葉にならない、出来無い何か――そういう空気みたいなものが間に繋がって、示し合わせたみたいに求め合うんだ」


 僕の危惧は杞憂に終わりそうな語り口…否、危惧として流そうとしている口振りでで色男は恋愛講座を開講した。


「そういうホテルだともう目的がハッキリしてるから省くけど…互いの部屋に二人でいる時とかにさ何か口数が減って……でも嫌な感じじゃなくてさ。取り巻く空気がこう少し硬くなるって言えば良いのかな? こういう感覚って本当に体験しなけりゃ伝わらないと思うんだけど…」

「マジかよ、やっぱり意味不明な空気なのか…」


 男女の機微は空気に宿るという訳らしい。モテ系バンドマン三人の内二人が提唱するということはそれなりに信用のおける学説なのだろう。バンドマンとしては誠に参考になるわー。


 しかし、無邪気に感心する裏で再度不安が顔を覗かせる。

 僕にはたして『それ』を察知し感知する能力が備わっているのかという点だ。やっべぇ大丈夫かな?


 心配に打ち震える僕とは関係無く、幼馴染は更なる説を挙げた。


「でも、なんかムラムラしたら雰囲気とか関係無く襲っちゃうけどな」

「あ、分かるわ。目の前で尻振りながら家事とかされるともう駄目だよな」


 KY気味な僕の不安を更に増加させるドラムスとベーシスト。マジかよ、え…何? そんなん猿同然じゃんお前ら。発情しても理性を持って闘えよ…。人間だろ?


「さっきの講釈の信頼値、だだ下がりだぞ…」


 そういうファジィな空気を察知するとか凄い日本人らしいことを垂れていたのに何この台無し感。結局本能のままにやりたくなったらやっちゃうのかよ…。


 頭を低くして嘆く僕の肩を叩くのは隣に座る男前。彼は親指を立ててにこやかな顔を作った。


「だからアラタ、そんなに心配しなくても良いんだわ。もし仮に襲っても、向こうが本当に嫌なら断ってくるもんだし」

「なにそれ、半端なく性犯罪者の釈明っぽい言い分だわ……」


 まるで強引に関係を迫る男みたいだ。無差別では無くパートナーとであるから赦される理論だろ。


 首を傾げて「あれー?」と承服しかねる表情の悠一を放置した後、対面の真司から更なる不安の種が飛んで来た。


「それより問題はじゃねぇの? ベッドの上で彼女を満足させられるかって方が未経験者には余程大きな問題だと思うけどよ」


 なるほど。言われてみれば行為の交渉だけで無く、その後の本番の事を失念していたな。


 だが、教材を用いての事前学習は中学時代より十年間位行ってきたし、実技においては僕の少ない長所として役立てそうなものがある。


 左の五本の指を自在に広く大きくうねうねと動かして鼻を鳴らす。


「伊達に十年ギターを弾いて無いぜ。いうなれば圧倒的にテクニシャン! この変幻自在の指捌きがその証明だ」


 豆知識的な雑学めいた話だけど、楽器をやってるヒトあるあるとして――弦楽器を嗜む人物の顔の美醜や造詣に関わらず、そういったプレイヤーの手だけ凄い美しいというものがある。加えて演奏を経る事で無駄にテクニカルに動く節がある。


 と言うにも、当然激しく練習している内に豆が出来たり皮がハゲたりするのだけど、弦を抑えたりピストンや鍵盤を叩く為に修練を重ねた指先は熟練の職人の様に磨かれ美しさを増して行く。


 個人的体験を紐解けば、ギタボとして歌声は勿論…その他、むやみやたらに手を褒められることが凄く多い。アホ程多い。予想より遥かに多い。

 下手したら作製した楽曲や発した声に匹敵するレベルかも知れない…って、それは駄目だし、落第だな。もっと練習しよう。


 フレットを行き来させる左指の器用さをふふんとドヤ顔でアピールしていたが、冷水の如き一言が僕を一瞬で現実に引き戻す。


「でもお前…ギターの腕前テク微妙じゃん…」


 苦い顔の真司の放ったそれは的確に僕の資質を表した一言で。

 僕の輝く指先はすぐさま鈍く黄色に染まって行った……。


 ギター歴の長さは腕前に比例しない。知ってるわ!

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