8th Day : 1218 "Falling From Grace"
#103 Cycled promises(巡る約束)
毎度毎度、なんともひねりと引き出しの少ない――実にワンパターンで大変申し訳無い限りだが…メジャーデビュー直前の半フリーターである身の上たる脆弱な人間の一日はさ。
一夜に渡って激しく愛し合った恋人の部屋にあるシルクベッドの上などでは無く、なんとも住み慣れた実家の二階に用意された子供部屋から始まる。
この一週間…実にクソみたいで不規則かつ不健康な生活をし、偏った外食ばかりをジャンキーに繰り返している。
意図してない悪習慣を改善しなければならないのはマジで理解しているんだが、現実的な問題として毎日がアホ程流転し進んでいくので――なかなかこれがどうにも難しい。
更に加えて、例年と違い障害たる雪こそ多く振らないものの、依然として冬の寒さも厳しい。
これは起きるのが十時を過ぎるのも仕方の無いことだろう…。三寒四温が極まればそうなるよ。多分違うけどさ。
などと自分に甘い供述を半覚醒状態の頭で長々と言い訳がましい言い訳をみっともなく考えた。
「けど…流石にマズいよなぁ……」
緩慢にむくりと布団から抜け出した僕は独りごちる。
そのブレまくりで怪しい焦点は自身の悪しき生活には無く、あくまで議題は僕と彼女の関係性についてだ。
昨日想い人に告白をして思いが通じて――晴れて恋人同士になった訳だが、僕は一週間後に上京することが決まっている。
リアルな話、付き合って一週間で即遠距離恋愛ってどうなんだ? 成人の男女の密な関係が持続するもんなのか?
未だ純潔を維持している身には想像すら難しいが、きちんと彼女と話し合わなければならない懸案事項だ。
「やっぱ連絡とってみるか…」
そう思い枕元に投げられたスマートフォンを恐る恐る手に取れば昨日に引き続き夥しい着信がある。何これ怖い…ひょっとして不特定多数の人物から呪われてんのかな?
無機質な画面のロックを解除して下手人の名前を確認。それは実質的な義妹からでは無く、現実的に同じ団体に所属する一人のアナーキスト。
極めて有り体に表現すれば、まあ真司だ。
抱える理由は分からないがズラッと並ぶ彼の名前の中に別人の名前がある。彼女だ。
どうやら留守番電話に声を吹き込んだらしいので、付き合いの長さに反比例するように彼女を優先。真司の要件を後回し、姿勢を正して恋人の話を傾聴する。再生スタート!
『おはよう、みや…アラタくん。昨日はありがとう。その、良かったら今日晩ご飯をご一緒にしませんか? お鍋でも食べながらゆっくりお話出来たらと思って…えっと、連絡待ってます』
それを聞いてからの僕の行動は迅速だ。恐らく平日で仕事中だろうと思うので電話はせずに、メッセージアプリで了承の旨を手早く伝えた。あーあ、早く返事来ないかなぁ…夜来ねぇかなぁ……。
再び布団に戻り天井を見上げる。
起きたばかりだと言うのに――昨日に置いてきた夜がなんとも恋しくて仕方が無い。
だって鍋だろ? つまり舞台は彼女の部屋だろ? いや普通に飲食店かな? いや部屋だろっ!
妄想に近い理想が現実化すると、当然歳相応にそういうことを期待してしまう。僕も歳相応以上に――異常に潔白で健全な青年なので、粘膜の接触だけで終わってしまった昨晩をそれなりに悔しく思っている。
物語の一番最初にありふれたものと定義した行為だが、それは哲学的観点からのものであり、性欲的な意味では興味が尽きないというのが本音である。
しかし、全くの若葉マークである僕は同時に不安を覚えたりもする。有事の際の立ち振る舞いが欠片も分からないからだ。
そもそもどういう感じで始めるものなんだ? そこからして既に意味不明だわ。
これは例によって文明の利器たるインターネットを用いて知識を深めるべきか。
それとも映像教材を鑑賞してイメージトレーニングに励むべきか…。
うわぁマジで悩ましいなこれ。帯に短し襷に長し全力だろ?
ただでさえ無能な脳味噌が下半身に支配されつつあったが、良くも悪くも横槍が入った。鳴動するスマートフォンの存在に気が付いたからだ。
甘い幻想を抱きつつ確認した画面に踊るのは『江藤真司』。彼に一切非は無いのだが、現状の僕としてはその名前は腹立たしくてやり切れない…と言うか完全に彼への返事を忘れていたな。
ヤバいと思い急いで応答。ハロー?
『やっと出たかよ…なあアラタ聞いたぜ! 告白成功したらしいじゃん! やったなおい!』
不機嫌な声が一転、明るい口調で僕を祝福する。ありがたいが、それくらいで本気で電話掛けずとも良いだろう。他人に恋人が出来たくらいで鬼電するなよ…。良い奴なんだろうが、微妙な気持ちになるぜ。
「ああ…まあありがとう。うん、おかげさまで…」
微妙な感情を十全に表した言葉がつらつらと出て来た。
それを気にも止めない真司は本題に入ると告げた。
『ってことでハンズの皆で集まってお前の祝勝会することにしたから! てか、もう集合してるから急いで来いよ!』
「えぇ……朝っぱらから主役不在で何やってんだよ…」
お前達揃いも揃って何だよ! 僕に彼女が出来たことで祝勝会だって? 今迄そんなのやったことないだろ! 他の奴に恋人が出来ても祝勝会なんて開かなかっただろ! ちょっと僕の評価が駄目な奴過ぎない?
自身への失望が募る中、それを上手に避けて表層に浮かんでくる世渡り上手な意見がある。
ついでに『そういうアレコレ』について質問するチャンスなのでは無いか?
大層有用な主張である為、すぐに採択。
「了解。主役は遅れて行くもんだ。何処へ行けば良い?」
『流石だ。ちょっぱやで頼むぜ』
その後にベーシストが口にしたのはファミリーレストランの名前。おいファミレスかよと思わなくも無いが、昼間から居酒屋という訳にも行かないし、夜には恋人と鍋パだ。
それに祝ってもらう立場なのだ。多少の疑問や不満は飲み込もう。祝われる様なことでも無いと思うけどな。
通話を終了した僕はスマホを投げ捨てパジャマを脱ぎ捨てる。
祝いの席ならばフォーマルな格好で行くのが望ましいのだろう。ダメージの少ないジーンズを選択して外出に備える。
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