7.5th Day : "Over The Border"

#102 NO LIGHT THEORY(光無き道筋)

「おいおい、マジに行きやがった…いくらなんでも閉店してる時間じゃないのか…?」


 横に座る年上の女性が語る実践的ハウツーを聞くやいなや、それこそ矢かロケットの様に飛び出して駆け抜けて行った幼馴染アイツは恐らく時間や時刻の概念を失念している。


 全く…我が幼馴染ながら――何とも一本気で純粋な男である。


「一人の女を意識の外で振ったっていうのに――どうにも彼はなんとも、どうしたって――天真爛漫で、残酷な程に無邪気でピュアだねぇ…」


 慣れ親しんだ幼馴染の残した痕跡。

 跡を辿る様に哀愁の籠もった視線で見つめる薄く焼いた肌の女性は寂しそうに零した。


 そう言えば、彼女は初対面の頃から随分とアラタにご執心の様子だったが、それ程までに身と気持ちを入れた感情だったのだろうか? 本気と浮気の皿があれば、どちらに天秤が傾く心情だったんだろうか?


 そんな気持ちを込めて問い掛ける。


「ひょっとして本気だったんですか?」

「さあね…」


 寂しげにそう呟いた彼女は静かにグラスを傾けた。言外から薄く薫る所作に込めた感情はありありと明白だから。

 これ以上の追求は不可能そうなので避ける事にしよう。


 故に露骨な話題転換だ。


「にしても、佐奈さんが例示したブランド…この辺にショップありましたっけ?」

「ん? そうだね…昼間であれば一つ以外は揃うはずだよ。そういうのを含めてブランド名を挙げたから」


 事も無くそう述べた彼女の慈愛に満ちた感情の、底知れぬ感傷のその一端に触れた気がして。

 ムーディーな店内を薄く照らす照明が都合良く反射して、ピンスポの様に彼女の存在を際立たせた。


「マジかよ、敵わないなぁ…どうです、やっぱりアラタなんかより俺と付き合いませんか?」

「う~ん、実際君は凄まじくいいオトコだけど、残念…私のタイプじゃないんだよね」


 幼馴染のそれよりもかなり明るい金色の髪を揺らした褐色の美人は俺の告白を何でも無い様に交わす。ヤバいな、ゾクッとする。後ろ髪が湧き上がる感覚…結構本気になって来た。

 

「やっぱボーカルのが良いですか?」

「っはは。分かってるくせに。私は担当楽器なんかで人を区別しないし、その役割で男性オトコを好きにならないよ」


 意外や意外。割といるんだがな、担当楽器で人を差別する奴。

 ボーカルが最上で、その下にギター・ベース・ドラムって続く浅いやつ――そんなミーハー低能はこれまで数え切れない位見てきたし、各言う俺も例外無くその一人であるのが救えないし覆せない。


 客観とか主観とかをさて置いて、どう考えても原始的な太鼓よりも、リアリスティックな作詞作曲を担当するギターボーカルの方が華があると思う。


 勿論その分だけの苦しみがあるのは今迄散々見てきたが、それでも尚拭いきれない――眩く燃える存在感は一番後ろで太鼓を叩く以上のものであると断言する。


 しかし、あくまでこれは俺の個人的な感傷であり、現状には一切関与しない戯言だ。であるので会話を先に進める。


「と言うと?」


 俺が続きを促す。隣の女性は露骨に顔を歪めた。


「ナニコレ、新手のプレイ? なかなか特殊な性癖で苦労してるんじゃない? まあいいか…、アラタくんの恋愛成就記念ということで教えてあげよう」


 そう告げて、見た目麗しい女性は慈悲の心を見せた。外見だけでは無く、包まれた内面も美しい女はいいものだ。


「私が好きなのは…欲しいものの為なら、大切なものの為なら! 全てを捧げて一切の万難とあらゆる万人を排して進める人。ピュアで隠された無邪気さに裏打ちされた残酷な人」


 半分より少ないグラスの透明度を確かめながら続ける。


「この業界。そういう人多いから好きなんだよね…あと、年下! これだけは譲れない」


 披露したのは微妙に闇が見え隠れして倒錯を秘めた独自の恋愛観。

 しかし、そういった偏見の目を排してフラットに観察していくことで見えてくるものもある。

 

「佐奈さん、やばい。俺結構当て嵌まってますよソレ。マジで」


 そう。彼女の述べた理想の男性像に適合する箇所が存外多くあった。むしろ俺の特徴を列挙したのでは無いかと下衆の勘ぐりをしてしまう程に俺なのだ。


「分かってるよ…でも君は賢すぎる。知能と計算に裏打ちされた無邪気さには、母性オンナは惹かれないものなのよ」


 溜息まじりに彼女が述べた真実は明確な差異。

 俺に欠けていて、親友が意図せず有している宝石だ。


 付き合いのあった元恋人だけならともかく、数時間も一緒にいない年上女性に現実の一端を見抜かれるとは俺の賢しさも程度が知れている。


 故に茶化す。暴かれた羞恥を隠し、上塗りして見えなくする。


「キッツいなぁ…それはマジでキツいし、痛い。死んでも言われたくない、一番傷付く言葉です」

「それは失礼。でも先に絡んできたのは君だから、謝らないよ?」


 先程の発言はどうやら仕返しを含んだものの様だ。

 やり口がなかなか俺好みではあるが、殴られるだけの被害者になってしまうのは趣味じゃない。けれど…、


「それでも、俄然俺は佐奈さんに興味が出てきましたよ。明日にでも飯行きましょう」


 彼女の聡明さには目を見張るものがある。年の差はせいぜい二つか三つと言った所だろうが、その智慧の格差は年齢以上のものを感じる。


 阿呆な女と深い関係になっても仕方が無いからな。付き合うなら断然賢い女だ。

 愚かなだけなら可愛げもあるが、阿呆で馬鹿なら救いようが無い。


 彼女が年下を求める様に俺は賢人を求める。今迄もこれからも。

 自身の愚かさを埋めることの出来る特別な誰かを、これからも俺は探し続ける。

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