#96 Live with them(それらと生きていく)
太陽系の第三惑星のある所…より詳しく言えば極東の島国の――その中でも地方都市に位置する土地に男と女がいた。
銀河的な立地はともかく、男は女を好きで、女もまた以前より男を愛していた。
そしてその男は自分に思いを女に伝えたが、女はそれを断った。自身には愛する資格も愛される資格も無いと嘯いて袖にした。
さて、男は女と恋仲になる為にどうすればいい?
なになに、聞くところによると。
どうやら男は女にその"資格"とやらをを与えてやらなければならないらしい。
つまり、それが男である"僕"に――宮元
まあ誰に与えられた訳でもないし、罰則が課せられてる義務でもない上に──何なら勝手に背負ってるだけってのが実際かつ真実なんだが、個人的には不遜にもそういう心積もりでここにいる。
それを成す為には距離が邪魔だ。カップを手に持ち、昨日の再現の様に空いたソファの隙間にお邪魔する。
幸福感を与えてくれる飲料を一口飲んで勇気を貰う。テーブルにマグカップを置いて自由になった左手で彼女の柔らかい右手を取る。
「えっ…?」
それは驚きからか、それとも彼女の抱える過去から生じる反射に似た『症状』なのかは分からないが、新山彩夏は小さく肩を震わせた。
「今から君を説得するよ。絶対に僕の告白を受け入れて貰うっ…!!」
準備はいいね?
空いた右手で彼女の柔らかな前髪にそっと触れて、瞳と瞳を合わせて僕は高らかに格好悪く宣言をした。
些か変態染みて、マジで倒錯的な上にまあまあストーカー行為の様な気がするが、気にしたら多分負けだ。
月夜に揺れる波を想起させる彼女の瞳を見つめて僕は穴だらけの言葉を紡いでいく。
「人間失格で資格が無いと大仰に君は言うけれど、そう言ったけどさ。そもそもそれを言い出したらキリが無いだろ?」
聡明な君の妹がそう言っていた。
とは勿論述べなかったが。
「そんなの時と場合と見方によるし――陳腐でありきたりな言い回しにはなるけど――全部が全部善良なだけの人間なんていないし、絶対悪の人間もそうだ」
優等生は悪事をしないのか? 不良は善行と縁がないのか?
悪党に愛する者はいないのか? 英雄は他者を排斥しないのか?
全部ありえるし、絶対ありえないよ。
そんな風に割り切れる人間なんてそうはいないよ。
世界は分かりやすく画一的な書き割りで表現出来無い。
だからこそ面白いし、ままならないし、腹立つ事も多いんだけどね。
「第一、僕だって嘘を付くし、不都合なことはなるべく隠す。誰だって自分の思い通りになる方がいい。君は確かに僕を動かしたけど、それは僕が君を好きだから。好きで勝手に動いた」
「それは、私がそういう風に誘導して利用したからで――」
僕から視線をズラした彼女は俯き、意固地にも同じ内容の言葉を繰り返す。
まるでそうすることによって自身を守る鎧を構築している様にも見える。弱さを盾にした防衛姿勢――義妹の複雑な苛立ちも理解出来るなコレは。確かに。
だから少し突き放す様な言い方になる。
「そうやって、
溜息に似た空気を吐き出して、暖気状態で低く唸る。
「僕が動いたのは僕の意思だ。君の意思じゃない。僕が君を好きだから近付きたくて自分勝手に不格好なシャルウィダンスを繰り返した」
そうだ。それこそが全てだ。
余り自身を過大評価するなよ新山彩夏。
誰も彼もがお前の想定通りに踊ると思うな。僕は僕の為に行動する。今迄そうやって生きてきた。これからは――分からない。
「じゃあ聞くけど、君は。僕が似非業界人に歯向かう様に仕向けたか? 僕が車で送るのは想定内だったか? 君をスタジオに誘うのは? 君の為に歌うことは? 食事に誘ったのも君が上手に誘導したからか? 違う! 全部僕の意思だ」
厳密に言えば状況に流された所も多分にあるが、主張の通り不都合で不利なことは隠すに限る。これこそが僕の主張を裏付ける最悪で一貫性の無い人間性。
「でも、私なんか友達もいないし、仕事だって全然で、可愛い服も着ない。いつも妹に助けてもらってばっかりで。卑しい上に何も出来なくて…それで」
仕草と共に主張がぶれ始めた。自分の論証に自身が無くなりつつある証拠。この辺りが攻めどころか…。
「そもそもなにやってもダメで、女を売ることすら出来なくて、彼氏も出来たことなくて、足りないことばっかりで、なにも…ひゃっ?」
ソファから立ち上がり、真正面に立った僕はダウナーな自分を呟き続ける新山さんの両肩を掴んで固定する。座る彼女を押さえ付けるイメージだ。多分壁ドンってこんな奴。
「君があんまりにも自分を卑下するのがちょっとムカつくので言わせてもらうよ? 恥ずかしいこと言うから良く聞いて」
「は、はい…」
キョドる新山さんに満足した僕はコクリと頷いて大きく息を吸う。ご近所の方々申し訳ない、少し叫びます。
「黙って聞いてりゃさっきから何言ってんの? 全然ダメで人間失格? 上等だよ。そんな不完全な奴ばっかりだから寄り添うんだろ! 醜いから美しさを求めて足掻くんだろうがっ!」
それは先程彩乃さんに気付かされた人間の本質で、うだうだ理屈を付けるだけアホらしいと言う人間の本能だ。
丁度いい痛ましさに慣れるなよ。
生温い不幸に浸って満足するなよ。
もっと痛いけど、より幸福な未来を目指していいんだ。
「歪なままでもいいじゃないか…全てが理想のままなんて気持ち悪いよ。傷があるくらいのほうが愛おしい…」
暴れぬ彼女の首筋に手を当てて僕は通算何度目か分からない愛の告白を捧げる。
「どれだけ君が自分を大嫌いでも、僕はそれでも君が大好きだよ? 君の愛した男は、君を愛してる。それじゃあ足りないかな?」
一週間後、僕は夢の為にこの街を出るけど、それでも身勝手に言葉にするよ。何度でも溢れるこの感情を君に伝えるよ。好きだから、愛しくて仕方が無いから。
明日のことなど考えずに今を生きる僕は一歩後ろに下がってから姿勢を正して頭を下げる。
「新山彩夏さん。僕は君が大好きで愛しています。良かったら付き合ってください」
…返答が無い。こんだけこっ恥ずかしいことを尊大に押し付けた挙句が沈黙とかマジでやめて欲しい。いい加減早くしないと手遅れになって死ぬぞ……僕が。
メンツもやはり大事かもしれないと返し過ぎてボロボロの掌をそれでも返しながら返事を待つ。隣室から抗議の壁ドンすら無いのが更にキツイ。
「…はい。よろしくお願いします」
「んお?」
余計な思考に割かれていた意識が戻り、顔を跳ね上げる。僕の耳が正常なら了承の声に聞こえたが、気のせいかな?
しかし、それは杞憂であった。聞き返すまでも無かった。
何故なら顔を上げた先の視線の先――椅子に座る彼女はぎゅっと握り締めた右手を胸の前に置いて笑っていたから。
崩れた前髪の中に浮かぶ上弦の月が雨上がりの様にくっきりと鮮明に見えていたから。
「明日ご近所さんに一緒に謝りに行こうかね…?」
酷使して枯れた喉を通って出て来たのはそんなくだらぬ言葉。
気持ちの糸の切れた僕は崩れ落ちる様に腰を落とした。
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