6th Day : 1216 "Pain For Pleasure"
#68 Wallow in self pity(哀愁の中で)
昨日――我がバンドのギタリストが詳らかにした自身の過去によって、どうしようもなく呼び覚まされた――僕の中に浮遊する異様な無感情が頭に焼き付いては離れない。
一昨日は想い人の語った凄絶な体験がこびり付いていたと言うのに、数日待たずにすぐさま塗り替えられてしまった。
我ながら、何と言っても引くほど単純な作りの脳髄と海馬である。そんな風に茶化す余裕も実はそんなになかったりするけれど。
痩身のミニマリストは静かに唇を開いて落ち着いた声で言った。『呼吸をする為にギターを弾く』と。
それは決して大袈裟な
ワンマンライヴの日、僕は訳知り顔の世間知らずな声で店主に言った。『覚悟は決まった』と。
十年と数年の期間、僕はどうやって音楽と向き合っていたのだろうか? はたしてそもそもきちんと向き合っていたのだろうか? 彼の様に何かを決意した末の行動であって、根付いたものはなんだったのか?
そして、そんなアイデンティティを揺るがす程に原始的な疑問を一度でも持ってしまえば、容易く拭い去ることは出来ずに脳天気な僕から音楽へ対するモチベーションを奪ってしまった。
始めたキッカケは何だったか?
――僕の尊敬する人の言葉。『発散』だ。
そして何故続けたのか? その理由は?
――楽しかった。演奏するのも歌うのも。
プロになろうとしたのは? 歌うだけならアマチュアで十分じゃないのか?
――最も信頼する人物の…それこそ自分より信じている男が僕に『賭けた』から。
その果ての先に何を求める? 金か名声か、それとも音楽的な功績か?
――別に他人の評価が欲しい訳じゃない。そりゃあ進んで嫌われたくは無いけど、殊更認められたい訳じゃない。金だって一緒だ、僕と…ひょっとしたら将来出来るのかも知れない家族を養えるだけで構わない。世界的なエンターテイナーになりたい理由も無い。
ならば、お前はこの先何も持たずに歩くのか? 目的も目標も持たずに、ただ漠然と地図や宛先も存在しない茨の道を歩くのか?
――分からない…。何を掌に大事にしまって、ポケットに無い何を欲しがるのか、わからない。
昨日とは別のコーヒーチェーン店の二階席で僕はこんな感じの禅問答に似た自問自答を
そして異なる店舗を選んだ事に大した理由は無い。ただ同じ所に毎日行くのは何か恥ずかしいし、少しばかり憚られただけだ。あだ名とか付けられそうだし。暇人みたいに思われそうだし…暇人だけど。
すっかり冷えてしまったアメリカンを一啜り。薄汚れたガラス越しに階下を漫然とした気分で眺める。平日とは言え沢山の人々が規則正しい不規則さでベルトコンベアの様に流れていく。
肌の黄色い人が殆どで、中には白かったり黒かったりする人が疎らに混じっている。年齢は様々で性別は概ね二種類。
各々の目的を持って歩く人々を曖昧な視界に捉えながら、想像をする。
名も知らぬ彼達の多くは働いているし、何かを学んでいるのだろう。或いはかつてはそうだったはずだ。
そしてその営みの中で大切なものを見つけたり、探したりしている。
だけど、そんな愛する必要も無い隣人の中で自分にとっての大切と真剣に向き合っている人がどれくらいいるのだろうか?
多いのだろうか少ないのだろうか? 適切な距離をとっているのか、それとも錯視して勘違いしているのか。
もし仮にその向き合い方に順位を付けるならば――現在の僕の位置はどの程度にいて――ランキング的にはどのレベルなのだろうか? 現状の僕は他者より優れているのか劣っているのか…。
様々な思考が入り乱れて飛躍していく。幼稚極まる哲学の様な果て無き道を歩きながら、自己の存在意義を探し求める。
イヤホンから体内に侵入するグランジのささくれた音が遠くに聞こえだした頃、真横の空席に人の気配がした。
「相席よろしいでしょうか? というか移動しましょうよ」
「あァ? …って、あ、
高度な自己分析の最中、突然割り込んで来たのは僕の想い人の妹君。
確か女子大学生という触れ込みの筈だが、どうして平日の昼間からフラフラしているんだ?
そんなことでは立派な大人になれないぜと、駄目な年上は適当なことを考えた。
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