#57 A World Of Pandemonium(狂乱に包まれた世界)

 事前に想定していた非常事態ケース一つであるとは言え、自身の失敗が生み出した失意に沈む僕は――注がれた酒に失礼だと理解しつつも、猛る気持ちを慰める為にグラスに残ったワインを味わうでもなく飲み干した。


 そして何とか失態を、どうにかこうにかリカバリーしようと必死に足掻アガく。


「って、ごめんね長々と…。退屈な自慢話よりも退屈だっただろ?」


 汚名返上の為にと口から出た言葉が自己弁護の卑屈アピールとは本当に救いようが無いな。凹んだ心が一層ヘコむ。ベコベコのブラックホール。吸い込む光。何でも消える。


 しかし、心優しい新山ニイヤマ女史は「そんなことないよ」と慰めの言葉を笑みと共に浮かべた。どうしよう泣きそうだ。


「私の知らない宮元ミヤモトくんが見えた気がしたし、それにドラマみたいな展開で…凄くドキドキした。ミュージシャンって、みんなそうやってデビューするの?」

「え? いやぁ…どうだろう…。僕達の場合は先輩バンドがシーンの――えっと、まあ業界的に結構人気者で、あの人達に目を掛けて貰ったっていうのが大きい気がするよ」


 些細な言葉の裏の思考。

 曖昧な返答に隠した本音。


 僕は一般常識やそれに伴う経験が欠けているからこそ――所謂、一般的な王道は良く知らないけど――地元に根付いたストリートで地道にやってて。

 いつか、その地道な果実が結ばれて、大手の事務所に声掛けられて…って言うのが従来からの本道なのか?


 いやあ、どうだろ?

 今となっては、数ある道の一つってだけな気がするな。最近だとネットを通じて容易に作品を発表出来るし、経路における正解不正解では到底くくれ無い。


「色々あるんだね…」


 色白の肌にほんのり滲んだ紅色が何とも言えない色っぽさを醸し出す彼女は感嘆の声を小さく発して、顎にその手を当てる…思案のクセと想定される仕草だ。


 その頭脳労働を中断させるのは心苦しいのだが、横槍を入れさせてもらう。


「じゃあ今度は新山さんの番。もっと君のことを教えてよ。ずっと女子ばかりの学校生活っていうのも、平凡な共学普通校出身からしたら想像も出来ない神秘の対象だ」

「えっ…?」


 君が何を好きで何が嫌いで。何を思って何に感じて生きてきたのか…それが僕は気になるよ。

 過ごした時間の中で好きな音楽や映画、食べ物の好み。その逆に何が嫌いなのかって。


 両手を重ねて口元を隠した彼女は少し顔を揺らした。


「でも…多分宮元くん……ドン引きしちゃうと思う…」

「マジで?」


 地元を中心に名高い中高大一貫のマンモス学校法人。

 その女子オンリーの香しい秘密の花園の内部で何が起きてんだ?


 やっぱり下級生は上級生に耽美な声で「お姉様…」とか言ってんの? それとも逆に冷徹な顔で「お前の席ねぇから」の殺伐とした世界観なの?


 一層興味のそそられた僕は絶対引かないからと彼女に誓い続きを促す。


 それじゃあ…と彼女が口にしたワンエピソード――それはぶっちゃけスプラッタホラーを含んだ任侠の類であった。

 つーか、なんなの女の国、怖すぎるんだけど! 内から外からドロドロネバネバし過ぎだろ! なんで未成年の学校生活で「ドクトリン」とか必要なの? 思春期の多感な頃に東西外交も真っ青な駆け引きの毎日を過ごすなんて嫌だよ…。


 結果として僕は持ち得る知識や常識の外にある普遍的な恐怖に打ち震えた訳で、どうにかこうにか彼女と交わした約束は違えなかった形だ。

 

「だ、大丈夫…宮元くん?」

「僕はまあ…新山さんこそ大丈夫? そんな世界に十年もいてさ…」


 考えてみれば彼女は脅威の年数を――その絢爛豪華と阿鼻叫喚が同居する不安定な地獄で過ごした事になる。その永劫に似た期間の中で、果たして彼女は無事であったのだろうか?


「まあ…色々あったけど、大体平気かな? おかげで友達は出来なかったけど…それくらい?」


 僕の質問に対して彼女は今まで見たことの無い歪んだ笑みで答えた。僕は目眩を覚えた。クラー、ドン、グェー。僕は死んだ。


 楽しい会食はこれにてお開きの運びとなった。

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