#56.5 I still remember(未だ忘れぬ)

 中学二年生の夏休み――僕はどうしようもない程の"運命"に出会った。


 それは決して、誇張した大袈裟な物言いでは無く――そう…今にして思えば確かに――間違い無くあの日を境に僕の中で変容した。


 僕の最もリスペクトする人物である『グリロジ』のボーカルであるヒロキからたまわった尊き言に従って、音楽活動を志した僕と幼馴染の二人きり。最初期は――はっ、思えば歪な二人組だった。


 小学校の六年間ピアノをやり続けた幼馴染である悠一ユーイチと倉庫の奥底から発掘した古びたアコースティックギターを携えた僕…ビジュアル的にもサウンド的にも、なかなかどうしてイカれたユニットがハンズの前身だ。


 有能で才気溢れる相棒は兎も角――死ぬほど凡庸な僕は初めからイノベーション全開のオリジナルを作曲して、それを演奏し歌唱出来る程に諸々超絶才能マンでは無かったので、同じ様な編成の有名楽曲のコピーから始めた。


 そして妙な縁の行き合った先なのか、問題行動を起こしたアテナで前座の前座みたいな立場を初めて務めたのは中三の頃だったか。


 メインのイベントのオープニングアクトの更に前に一、二曲。

 カヴァー未満のコピーを数百人の前で披露して、最初は嘲笑されて酷評された。笑われて馬鹿にされて、下に見られるだけの一年だった。


 しかし、観客の承認を得る事が主たる目的では無かった僕としては楽しかった。本当に。ただそれだけで。

 それでも、老若男女や立場の差異を問わない観衆の前で叫ぶことが快感に成りつつあった。

 

 そして月日は流れ、地元の進学系高校にようやく入学し、悠一が鍵盤からドラムスに移行するかどうかの頃だ。その辺りには僕のギターも大小上達し、オリジナル曲を作る事になった。


 そうして生まれたのが『ニーチェ』。先のワンマンライヴでも披露した、僕達の正真正銘の処女作だ。

 相棒の持ってきた幾つかの短いフレーズを原型に僕がメロディを足して、更にその表層に浅慮で青臭い歌詞を辿々しく加えた。

 

 本分たる勉学もそこそこに、余暇の時間はひたすらギターを弾いて歌っていた。その中で淡い恋に心を焦がすこともあったけど、生憎どれ一つとして叶わなかった。成就しなかった。


 そうして音楽に時間を費やした結果やんわり段々と…そう徐々にだ。

 アテナを含めたライヴハウスでの演奏時間が増えて、演目の割合もカヴァーとオリジナルが半々になった頃…進級して高校二年生になった。


 そこで出会ったのが現状よりも大分尖ったベーシスト、真司だ。

 僕達が頻繁にライヴハウスに出入りしていると――粋がって、いちびって、イキっている上に調子に乗っていると聞きつけた彼は噛み付く様に僕達の目の前に現れて、気が付いたら横にいた。あれよあれよの間にスリーピースバンドの出来上がりだ。


 メンツが揃ったそこからはマジで音楽に熱中した。バンド活動というものの楽しさに骨抜きにされた。

 ドラムとベースがリズムを作り、僕がギターと歌声で更に彩り飾り立てる。最高の気分だった。紛うこと無き幼稚な全能感の虜だ。


 それでそのまま、バイトして曲作ってライヴして…それで自主制作でCDとかを作ったりと忙しなく生きていたら高校生活が終わっていた。


 音楽活動へ割く時間が増えるにつれて学力は右肩下がりで――それはもう結構な勢いで下降を見せたが、長年続けた英会話と悠一の効率的指導のおかげで――何とか国公立に滑り込むことが出来た(ちゃっかり屋さんの幼馴染は同大学の医学部だ)。

 それらの要因が無ければ僕は英語力を頼りに県外の外語大に行っていただろうし、そうなれば最後の一人ラストマンであるジュンに出会うことも無かっただろうから、人生って本当に不思議だ。


 そんなこんなで大学に入学したけど、大して高校の時と変わっていない。バイトして車を買って活動範囲が広くなっただけで後は同じだ。


 それで色々思い悩んでいた時に河辺で潤に出会って現行の体制になって。

 知り合いの先輩バンドのレコ発の前座とかやっていたらインディー事務所から声がかかり始めて…前にも話したけどちょっとした紆余曲折を経て今の事務所に所属して。


 それが大学三年に入った頃かな?

 その辺りで地元の夏フェスとかにも出演させて貰って。マイナー映画の主題歌をどういう訳か担当して、それが話題になったおかげで知名度が若干上がってさ。


 そのせいか就活もせずにひたすらライヴして曲を書いてたら大学を卒業しちゃってて。

 バイトを続けながらそれを繰り返してたら所属事務所の親会社から舞台をメジャーに移さないかと提案されて。


 それで今に至るって訳だ。


 改めて自身の過去を振り返ってみれば本当音楽しかしてねぇな。

 文字にするとトントン拍子に行ったみたいな感じだけど一歩間違えたらただのフリーターだし、もう少し真面目に人生設計すべきだったと後悔が募るばかりである。


 そんな感じで彼女に対してそれなりに真摯に過去を語り聞かせた。

 最後まで話した所で気付いたが、これって僕が事前に想定した最悪のパターンじゃないか? 自分勝手なおしゃべり男エンディングじゃないか?


 終わったわ…。

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