#53 Ready Steady Go!(位置について)

 何やらとてもサッドネスな心情にどうしたって引き摺られる様に、若干を超えたダウナー状態で我が家の玄関を潜る。


 すっかり冷えてしまった汗の名残をしっかりと温水で償却してからパンイチで自室へと凱旋。


 久方ぶりに帰還したマイルームはすっかり冷え切っていてほぼ全裸には厳しい環境へと変貌を遂げていた。当たり前である。


 安心毛布に包まり髪を乾燥させた僕はベットの上に持てる服飾を散乱させて頭を抱える。


「本当にマジで何を着ていくべきなんだ…」


 僕が予約をとった飲食店は別段格調高い名店という訳では無く、いたって平民的な階級である為ドレスコードなる異文化は存在していない(と思う)。

 となると私服での来訪となるのだが、デート時における私服と呼べる私服の持ち合わせが無いと言うね…何か、もう八方塞がりな状況なんだわ。

 

 況や、世の女性が口々に言う『清潔感』とかいう都市伝説めいた謎の状態にどうにか持って行きたいのだが、どうしよう。生憎言葉の意味さえ分からない。

 恐らくは女性にとって好ましい雰囲気の総称なのだろうとザックリとした予測はつくけれど、しかしながらその正体が依然として曖昧かつ微妙な謎のままだ。何ならツチノコやネッシーの方がまだ理解可能な存在だ。


「もういいや…」


 さっぱり分からん。

 なんかもう凄い疲れたし、適当でいいだろ…いや、表現を変えよう。飾らないありのままの自分を受け入れて欲しいからこその決断だね。うん。いつも通りの感じで行こう。


 どんづまりでサイクロプスに遭遇しそうな迷宮を思わせる思考を放棄して、芋虫よりも遅い速度で毛布から抜け出す。

 結果着用したのは最早ユニフォームと言えるレベルで身体に馴染んだ組み合わせ。


 袖の長さの異なるTシャツを重ね着した上にバイソン革のライダース。クタクタになったデニムを腰履きしてデジカモ柄のストールで首元を温める。


 これで宮元新の完成。実にお手軽な外観である。中高生だってもう少し身だしなみに気を使うんじゃないか?


 後は歯磨きとヘアメイク位で他所行きの装いが完了するという訳だが、気持ち時間が余ってしまったな。


 これは作業の続きをやるべきだろうか?

 こういう隙間時間をどう使うかで今後の出来栄えが全然変わるのだととある女社長が言っていたし、少しでも先に進めておくべきだろうか?


 いや、ここ最近の僕の傾向からして作曲活動に熱中してしまう可能性が高い。下手すればそのまま遅刻、最悪バックれだ。それは絶対に避けなければならない終焉。


 故に僕の採択した行動は――、


 みっともない悪あがき。

 ノートパソコンを用いての情報収集。

 内容は女性と楽しく会話をする為のハウツー。


 今迄何度も問うて来たが、改めて公式に主張させて貰おうと思う。


「マジで主人公は僕でいいのか? いっそ悠一ユーイチの方が渋くて何かハートフルな感じのお洒落な雰囲気になるんじゃね!?」


 あークソ、主人公ってもっと格好良いもんじゃないのかな?

 弱音から逃げ出す為ベットに飛び込んで低い天井を見つめる。知らない天井だ――なんて勿論、普通に嘘で見栄を張った虚言だ。

 

 適当なことを考えながらゴロンと一回寝返りを打ってから思考を少し軌道修正。


 まあ、に物事を解決する具体的な力は無いよね。

 たまにそういったことを思うくらいは心の慰めとしてそれなりに有効だけど、根本的に意味なんて皆無だし価値なんて絶無だよ。

 結局の所、僕の人生の主役は僕以外にいないんだ。それが悲しいリアル。

 それはひょっとしたら誰かに取って代わられる程度の駄作かも知れないし、展開がクソみたいに理不尽で投げ出したくなる時もたまには――いや結構頻繁に割と高頻度で起こるけど――嫌過ぎて誰かに代わって欲しい時程何故だか独りだったりするけれど。


 それでもこれは僕の人生ものがたりだ。

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