#47 Say It Like You Mean It(君の意図すること)
その後は何か練習とかそういう気分や空気になれなくて。
微妙な立ち位置のゲスト二人の――主に快活な妹の方の――突発的でノリが先行するリクエストなんかに応えて演奏したりした。
昔見ていたアニメのOPとか中学生の頃に流行ったドラマの主題歌とか。
後は古今東西に刻まれたポピュラーや或いはどう考えても歴史的なヒットソングなんかを何曲か。
「時間的に次がラストくらいかな?」
彼らしい機能性を重視したソーラー電波の腕時計を見ながら潤が呟いた。
練習スタジオは通常時間貸しのシステムで運営されていて、制限時間が来るとドアの上部に取り付けられたランプが点灯して退室を促す仕組みである。
まだそういった具体的かつ明確な催促は無いものの、新曲の披露や新山さんの号泣だったりで意外と時間を使ってしまったらしいのも事実な訳で。
ならば、
「新山さん…その、彩夏さんの方は何かリクエストとか無いかな?」
「えっ?」
最後に少しでも好感度を上げようとする涙ぐましい僕の言葉に口を微妙に開く新山さん。
伏し目を更に細めて暫し検討。やがて驚きのタイトルがその魅力的な唇の間から伝播する。
「アダルトチルドレン…」
事情を知らない三人の男から驚きの声が漏れた。勿論、僕は別だけど。
しかし、唐突に自分達の楽曲をリクエストされたのだ。彼達のそんな揺れ動きも致し方ないことだろう。何なら謎の優越感で一杯である。
ただまあ…昨日話に出したから、どんなもんか気になったんだろうなと推測。
余り褒められた内容の歌詞じゃないし、経緯もアレだから若干気は進まないが折角のご指名だ、謹んでお受けしよう。
「さ、ラストソングは『アダルトチルドレン』だ。しっかりやろうぜ」
芝居がかった仕草で両手を広げ、未だ得心の行かぬ顔付きの彼達を拍手で促す。
有耶無耶ながらに楽器を構えた後に悠一がスティックを叩いてスタートカウント。潤のテクニカルなリフを経て、メロディに歌声を叫ぶ様に重ねて行く。
日本語と英語を半々位で使い分けるこの楽曲。
二世を筆頭に流行りのミクスチャーバンドみたいなスタイルを敢えて踏襲し、ありふれた大人を幼稚に揶揄して直接的に風刺する。
小僧じゃない年齢のクソみたいな連中がアホみたいな理屈で好き勝手に回して行く出来損ないの鳥籠さ。
誰も彼もがボロい落書き帳の絵空事を実現しようとして、皆がみんな理屈に合わない行動を取る。
その過程で何度も傷付いて、失って。誰かを傷付けて奪っての繰り返し。
結果、足を引っ張り合って最適の理想から遠ざかり、やがて一歩も動けなくなってしまう。
でも、その集合無意識の檻の中には多数のガラクタに混じった宝石が少ないながらも間違い無く存在していて。
きっとそれは大多数の人間が歳を重ねる内に捨てたり、いつの間にか無くしたりした蒼い繊細さを孕んだ結晶体。
その儚き思い出は絶対に正しくて、確実に美しい。
過去に輝いたそれがあるから最悪の今日を生きて、不確定な明日に向かって歩き出せるのだ。
逆にそれさえ存在しない世界なら僕には必要ないし、世界にとって僕は不必要だろう。
今考えるとなかなか、うん。何とも言えない気持ちになる内容の歌詞ではあるが、当時の僕達の心情とか状況とかを想起させる感慨深い楽曲である。
結果としてこれがレコード会社の目に止まり、インディーズとして活動するキッカケになったのだから人生とは誠に不思議なものである。本当。
コードでリズムを取りながら視線を向ける先には彼女。
理想を言えば、こんなネガティブな感情の篭った独善的な楽曲では無く、もっと前向きでいい感じの事を謳った曲をリクエストして欲しかった。
途端、思い直す。
僕の作った曲は大概こんな感じで自己都合を押し付けたものばかりだと気付いたからだ。
自分を取り巻く全てに対する強烈な感情だけで無く、もっと愛とか夢とか希望とか――人生を構成する漠然とした壮大なものに主軸を置いた、一般ウケするテーマで書いておけば良かった。
そうすればもっと違った結果になっていたかも知れない。
童貞ギターボーカルなどに成らずにファンの女の子をとっかえひっかえする様な男になっていたかも知れない。
――――現行路線で良かったと…本当に心から思う。
僕は別に群がる異性を食い散らかす為に音楽をやっているのでは無いから。
ただ単に溢れる感情を吐き出して、湧き上がる衝動を解消し、その果てに自己を表現することを目的に歌を奏でているのだから。
だから多分、これで良かったんだよ。
潤とのソロ交換を終えた後、体勢を真正面へと戻す。
豊満な胸部の前で何かに祈るみたいに両手を強く握り締めた想い人に向けて、君の前髪に隠された瞳の美しさに届くよう―――雪解けの様に儚くて頼りない笑みを祈り混じりに捧げたんだ。
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