#31 Warmth Of Your Hand(君の体温)
何となく、流れのままに会ったこともない英国紳士のフリをして、見たこともないフェミニストな紳士を気取ってさ。
身に合わぬ甘美な雰囲気に浸って何の気無しに手を伸ばしたら彼女がそれを握ってくれて。
その果てに、彼女の柔らかさを手離すタイミングを逃して今に至る。
つまり僕は女性と手を繋いで歩くという―――生涯初の未知なる体験の真っ只中な訳である。嘘だろマジで。
僕のような純粋かつ潔癖な精錬男性が世にどれほどいるかは知らないが――自慢でも卑下でもなく、純然たる事実だけで構成された真実を述べるのならば――僕は運動会の後夜祭で謎に執り行われるフォークダンス以外で異性と手を繋いだことが無い。
何ならフォークダンスだっておっかなびっくりの浅い重ね方であった拗らせ系男子が今女性とガッツリ手を繋いでいる。
ならば結果はどうなる?
そう――手汗がやばいのだ。
彼女の細さを伴いつつも生々しい人肌の弾力を持った左手との架け橋たる僕の右掌に意識を集中し過ぎた結果がこれだよ。気持ち悪いだろ? アイツいい歳こいて童貞なんだぜ?
やばいこれやばいこれやばいこれ!
なんだこれなんだこれなんだこれっ!!
大丈夫? なんかもろもろ嫌がってない? 大丈夫これ? 気持ち悪がられてない? 本当に大丈夫かこれ!
そんな圧倒的な情けなさに引かれて押されて、ちらりと窺う様に彼女の方を一瞥。
するとなんの因果か、
その後、白い頬に
恋の駆け引きに到底辿り着かないせめぎ合いと変な緊張感を伴った道中のことは正直良く覚えていない。
様々な店舗に彩られた通路を進み、エスカレーターなんかを使って駐車場に向かったはずで。
その最中に手を離す機会なんて何度もあっただろうに車に乗るその瞬間まで僕達を繋ぐ橋は健在であったのは間違い無い。
「じゃあみっともない愛車ですが、どうぞ…あっ!乗り込む時は上にあるバーを掴んで。少し位置が高いんだこれ」
「おお…お邪魔します」
記憶は曖昧でもしっかりと立体駐車場に辿り着いた僕達。
慣れ親しんだ愛車の駐車位置に――自分が運転してないせいもあって、絶対的な確信は無かったが、何とか迷わずに来ることが出来た。どうしてなかなか大したものだと心中で自画自賛。
そして、哀しくもそこで物理的な繋がりは消えてしまった。僕の右手は暫くぶりに解放され、寂しい独り身になってしまった。
しかし、哀しんでばかりもいられない。新山さんが助手席に乗りこんだのを確認してから運転席に位置どる。すかさずさり気なくシートを前にスライドさせるのを忘れずに。
上着を後部座席に投げ捨て、バックミラーを調整しながら横目で尋ねる。
「大体の場所は分かるけど、近くなったらナビゲーションして貰えると助かる」
「うん。全力でナビします」
「いや、程々で構わないよ」
そんなに意気込む必要は多分無い。事前に住所を聞いて、スマホで軽く地図も確認した。
それに僕も伊達に二十数年をこの土地で過ごした訳じゃないし、よっぽどのことが無ければ普通に送り届けられるはずである。
自身のバンドのロゴがあしらわれたキーホルダーが揺れる鍵をたどたどしく差し込んで時計回り。中古のバンに息を吹き込む。古き良きイグニッションスタイル。
膝に両手を載せてこじんまりと窮屈そうに座る新山さんにリラックスを促してからドライブスタート。
「じゃあ努めて丁重に、極めて安全に―――行きます!」
「宜しくお願いします」
短いながらもそれなりに濃密な時間を過ごした地元最強のショッピングモールを脱出し、帰路まがいのルートに着く。
ゾンビモノの洋画ならここで消化不良気味にエンドロールかな…なんて無意味な思考が頭を過ぎった。
少しは余裕が出て来たってことなのだろうか?
そうであればいいし、そうじゃなければいいと思う。
矛盾は上等、背反で結構。
きっと答えはもう少し先の話だ。
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