#24 Strawberry Burn(甘く燃える)

 昼夜を問わないせいか、どっち付かずで半端な雰囲気漂う店舗に備え付けられた木目調テーブル――デザイン重視で微妙に座りの悪い座席に腰を下ろしたが男女四人。

 その何とも奇妙で言い難い上に喩え辛い関係性をはらんだグループの内、陽キャなお喋りが二人で陰気で引っ込み思案なのが二人。

 その詳しい内訳は今更――改めて口を出すまでもないし、述べるまでもない事柄だろう。なんなら見たまんまだよ。つーか察せよ?


 意味不明にも何やら盛り上がる幼馴染とその元恋人との会話を背景で適当に聞き流しつつ、どうすれば新山彩夏さんとお近付きになれるかを懸命に思案。その果てにレベルが足りなくて装備できない未来までを想像する。


「えーっと宮元ミヤモトさん?」


 純で邪な両極端とも呼べる矛盾に満ちた思考を切り裂く鋭いボール。

 唐突なパサーの出し手は新山妹。なるほど、我が幼馴染の元カノだけあって大したファンタジスタぶりである。

 

 にしても彼女がこれから話す内容は分からないがその前に、個人的に少し気になった点がある。


「あの、遮って悪いんだけど――別に。宮元じゃなくて、アラタでいいよ」


 些細とも呼べる細かい私的な指摘。

 だが、僕にとっては肝要だ。何故ならば僕を名字で呼ぶやつが周りにあんまりいないから、そこそこ気になるんだよね。


「そうですかアラタさん。なら私のことはぜひとも彩乃アヤノとお呼びください」


 突発的な指示を受けての柔軟な対応。

 この辺りの反応速度と実行力なんかが恐らく僕に足りないものの一つなのだろうが、口惜しいことに習得可能な気がしないぜ!


「あー、うん。彩乃さん。よろしくね。えっと…それでその、あーお姉さんの方も……アラタでいいんだけど」


 視線をちらりと姉の方に向けたが彼女の宝石は、前髪という分厚い壁に遮られている上に多分伏しているので交差しない。

 ていうか最初の一回以外目があっていない気がする。ファーストコンタクトをラストにしたくはない。


「ほら、お姉ちゃん! アラタさんはそう言ってくれてるよ? 勇気と元気を抱いていこうよ」


 戸惑う姉の肩に手を置いて揺さぶるサディスティックな妹。麗しき美女二人が織りなす美しい姉妹愛からは程遠い絵面。


 にしても、彩乃さんのこのグイグイ行く感じは、先日の佐奈サナさんに近しいものを感じるなと完全な他人事的な感想。拙いながらも、助け舟を出すべきだろうか?


 だが、僕の助けなど必要なかった様で、新山ニイヤマ彩夏さんは両手を忙しなく動かしながらも、自身の解答こたえを示す。

 

「えっ? そ。その…みみみ。宮元、くんで――っ」


 彼女なりの全霊を込めた言葉に相当ときめいたし、相応にガッカリもした。

 しかし、その二律背反の複雑な感情オトコゴコロをなるべく押し殺してフラットを装うことに全霊を尽くす。


「構わないよ。周りの親しい人は皆アラタって呼ぶから、そう呼んで欲しかっただけ。個人的なワガママだし、新山さんが嫌なら良いんだ」

「もう…スミマセンね。うちの姉は引っ込み思案でして……」


 たははと愛嬌たっぷりに笑う妹と羞恥に顔を下げる姉。

 何となく既視感を感じるその関係性が何故だか無性に可笑しくて。不本意ながらも、少し顔が綻んだ。


「見た? お姉ちゃん? 今のアラタさんが零した余裕の笑顔! あれがメジャーの男だよ! 印税ガッポリの男のみがまとう余裕の笑みだよ?」

「ちょっと待って! 何の話だ?」


 おや? 彩乃さんの発言における前半部分と後半の繋がり方が奇妙だぞ? 印税なんて下卑た話題とか一体何処から出てきた?


 ――そんなの決まってるだろ!


「おい田中、お前だな?」


 下手人は極めてはっきりしていて、出処は火を見るよりも確定的に明らかだ。

 この場において、彼以外に咎人は有り得ない。


「いや~、つい話の流れでポロっとな? アラタは案外金持ちだよ的な話題をだね。口を滑らせて…な?」


 何食わぬ顔でクラブハウスサンドを噛み千切る確信犯の男はさておいて。


 全く、なんてこったと頭を抱える。今の今まで、そういうリアリティある話題は避けてきたと言うのに。

 やめようよ、インディーズバンドが事務所から受け取る印税の話とかさ。更に掘り下げたメンバー内の配分率なんて現実的に生生しくて、青春モノにはそぐわないと言うのに。


「ちなみにこの程、契約金なるものも頂いたそうですが、その用途に何かご予定が?」


 身を乗り出す少女の直球ストレートに振り遅れ、返答に窮する。

 実のところ、確かにメジャーレーベルとの契約に際して、支度金的なものを貰ったりもした。


 その額は日本円にして五十万円。


 これが支度金的なアレとしての相場に基った金額なのかは知らないが、それでも貰えば普通に――いや結構マジで嬉しい額ではあるのだが、何をどう使えば良いのかが皆目検討付かないってのが正直なところ。


 仮にもミュージシャンなのだから新転地への準備を兼ねて新たな機材を買おうかとも思ったが、別段間に合っているし――そもそも扱う人間ぼくの腕が大概アレなのに機材ばかりを無駄に増やしてもなあとか思い悩んだりしている。


 なので憧れのヒロキを真似してブルースハープ的なハーモニカを購入し、練習しようかと思うレベルで使いみちのない支度金オカネ


「アラタさん! お金は使ってこそ意味が生まれる道具なのです」


 そうこうしている内に何かよく分からない演説が始まった。

 はたまたテーブルの木目で迷路をする方が有意義な気もするが、真面目に傾聴すべきだろうか?


 真に残念ながら、僕の戸惑いは彼女には届かないみたいだ。ヒートアップが加速する。


「それは掛け替えの無い自分を磨いたり、愛する他者を幸福に導くための灯りの様なものなのです。不確かで曖昧な人生あしもとを照らす眩い道標なのです!」

「おおう」


 流砂に似た勢いと妙にこ慣れた演説の上手さに少し納得しそうになる。

 マジかよ、オカネってすげえじゃんと懐柔され、洗脳されそうになった瞬間、通り雨の様に降り注ぐ台無しの冷水。


「それで一つ提案なんですが――その投資対象の一つとして――うちの駄姉あねなんてどうですか?」

「なんか世知辛い!」


 僕は別に価値を頭から否定したりはしないけど、『即物的それ』によって得られる幸福は、僕の求める理想とは――次元とか銀河とか――そういう致命的で絶対的な壁によって断絶され、乖離した別階層の事象だよ。


 しかし、個人的信条を抜きにして、個人的心情に従うのならば断然イエスであるのだが、それを表現出来れば現在の僕は構築されていないのもまた現実な訳で。


 故に僕は、


「現状では答えかねます」


 なんて無個性過ぎて逆に個性的なおためごかしと共に、引き攣る微笑を何とか貼り付けたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る