2nd Day : 1212 "present from you"

#20 Start From Here(此処からハジマル)

 僕のスマホ発で鳴り響く、無粋なまでにけたたましい騒音――それはデフォルト設定の個性無きマリンバ等では無く、自身で設定した恣意的な音色で。


 詰まるところ、親しい相手からの電話を通知する為に鳴動する名曲。


 それは安直に言えば大好きなゲームのサントラに収録された曲。敵キャラの組織が会合する際に後ろで流れている物憂げなミュージック。


 そんな郷愁めいた音を響かせた5.2インチの小さな液晶画面に表示されるのは、互いにとって馴染み深いにも程があり、もしくは捉え方によっては馴染み深いを越えた存在。


 しかしまあ、現在時刻は午前九時を少し過ぎたくらい。

 うん、アレだわ。まだ寝れるだろうとの自分本位な憶測を背景にした僕。発する言葉の採択に時間は掛からない。


 二、三回ミスを重ねながら、手癖のスライドで応答しつつ発声。


「ん~。あ? 何? うん。ところで、僭越ながら一つ提案があるんだけど……二度寝していいかな?」

「連れないこと言うなよ。昨夜見捨てたことは未だ忘れてないし、未来永劫――事あるごと随所に小出しにして行く所存だぜ?」


 文系の僕には原理が謎の4G電波に乗って流れてくる悠一の声は、不満と皮肉がたっぷりで、頭と心と、なんなら胃が重くなるまである。


 しかしなんとも、過ぎたことを陰湿にネチネチとしつこい男だ。そんなのあれだ…形容表現だけど、しつこい男は嫌われるぜ?…ってこいつモテモテ野郎じゃん!

 つまりこの格言は嘘であることが体系的に証明され、それを目の前で確認した僕はまた一つ賢くなった。多分気のせいだ。


「そんなの知らないよ。僕が戻った時は既に時遅しだった。修復不可能な事故現場だった。ところで切っていい? 昨日の今日で超眠たいんだけど…」

「お前、無碍ムゲにも程があるなあ相棒や。ちょいとばかり、買い物に付き合えよ」


 目に見えない亡者に襲われ気絶していた時間を除けば、僕より絶対睡眠時間が短いくせに無駄にアクティブ過ぎる幼馴染とこれ以上話す気は無い。マジで僕は眠たいんだ。素直に黙って寝かせてくれ。


「でもな相棒ユーイチ。僕は不運にもじゃんけん大会に敗北したせいで、夕方頃、アテナに機材を取りに行かなきゃならない」


 そう。

 昨夜のワンマンの後、メンバー・スタッフ総出で最悪の打ち上げに向かったせいで、僕達の使用した機材はアテナのステージや楽屋に放置されたままなのだ。認知済みの不法投棄の真っ最中なのである。


 普段であれば閉演後、速やかに撤収作業を行うのだが、昨晩は勝手が違った。バンドメンバーは勿論、イベントスタッフに及ぶまで全ての人員が狂気の宴会に割かれたせいで手付かずの現物。


 明日以降、ライヴハウスで開かれる他者のイベントの為には今日中に僕達の荷物を引き上げる必要があるし、僕達もスタジオ練をしなきゃいけない。つまり、今日中に引き取るのが絶対。


 そして事前にそのハズレくじを賭けてジャンケンに臨んだハンズの面々。結果は悠一も知っているだろう?


「だから、俺の買い物に付き合ってくれれば代わりに――手付代わりに手伝うって言ってんの! なんなら運転とかもやるしよぉ……」

「何だよお前。どんだけ僕とウキウキショッピングに興じたいんだよ若干キモいよ」


 なんか想像以上に必死に縋り過ぎて、普通に引くわー。

 

 僕の露骨なドン引きを意に介さない嫌味な色男が述べた、如何ともし難い癇に障る言い分は次の通り。


「互いの仕事と役割を半々に折半して配分しようって話だ。今迄と何も変わらない平常運転。まさしくだろ?」


 電話越しで姿は見えないが、恐らく幼馴染は無駄に決め顔でサムズアップしているのだろう。その憎たらしい様をありありと思い浮かべることが出来るし、逆もまた然りだろう。それくらい長い付き合いだ。


 しかし、生理的な嫌悪は置いておけば、彼の言い分もなかなか筋が通っており、もしかすれば一理位はありそうだ。

 

 こちらも機材の搬出以外は暇を持て余し、惰眠を貪るだけの一日を過ごす予定の身の上である。親友の買い物ぐらい付き合ってもイイのかもしれない。

 それに上京する前に地元を物見遊山するのも悪くない。実益を兼ねたウィンウィンな行脚とも言える。


 だが、詐欺師のようなトークに言い包められたみたいな感じになるのは、些か承服しかねる。彼に説得された的な雰囲気は僕の望む所ではない。


「良いよ。同行しよう」

「流石! 話が分かるぜ!」

「ただし――」


 一旦言葉を区切り、溜めを作ってからの主張。

 僕はお前の操り人形マリオネットでは無いと明確な宣言。


「僕は機材運搬をお前に助力させることの対価として、渋々嫌々買い物に付き合うだけだからな!」


 決してお前の口車に乗せられた訳じゃないと念押し。こういった宣誓が最低限、僕の薄くて狭い心の安寧を保つ。


 数秒の静寂を置いて、彼から帰ってきたのは大爆笑の声。


「違いがわかんねぇよ」


 立場上、仰る通りですとは口が裂けても言えないので、更に意地を積み上げる。崩れる宿命を背負った悲しき斜塔。


「これがソングライティングを兼ねたシンガーの有り様なんだよ」

「流石はメジャーリーガー。ジョークも一流だ」


 彼の発した実にウィットに富んだセンスある返しによって、直前の発言を省みる。

 結果として普通に恥ずかしくなり無返答のままに電話を切断。十秒後位に再コール。


「で、何処に何時集合だよ?」


 場所と時刻が分からないと困るのは僕だからな。確認は大事だ。

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