01:王国一の巨大な図書館
王都の中央にそびえる、大きくてモダンな建物。
館内は広々としており、棚には所狭しと本が並んでいる。
その数は見ただけじゃ数えきれないほど豊富だ。古いものから最新のものまで、幅広い種類の本が取り揃えられている。そんな本棚の傍には、机や椅子があちこち置かれていた。図書館の中は縦だけでなく横にも広いため、疲れないようにと多めに設置されているのだ。見渡せば今日もまた、色んな人が図書館を利用している。
小さい子供を連れた親子、下働きに来ている侍女、豪華過ぎる服を身に着けている貴族など、本当に様々だ。だがここでは身分など関係ない。本好きが集まる場所、それが図書館なのだ。
そんな利用者達の傍を、紅茶色の髪を持つ少女が歩いていた。司書の証である銀色の四角いペンダントを首に下げ、本に夢中になる皆の姿を微笑ましく見ている。
「あの、すみません。子供に読ませたい絵本があるんですが、おすすめとかってありますか」
急に子供連れの父親の方に声をかけられた。
それに対し、シィーラ・ノクターンは微笑む。
「はい。……あ、その子ですか?」
目を凝らせば、五歳くらいの女の子が父親の背中に隠れながらこちらを見ていた。そんなわが子の様子に、父親は困ったような顔でシィーラにこう告げてくる。
「なかなかお気に入りの一冊が見当たらないようで」
こちらも苦笑しつつ、そっと膝を折り曲げて女の子の目線に合わせた。すると文字通りびくっとし、警戒心を露わにする。シィーラはゆっくり話しかけた。
「ねぇ、本は好き?」
唐突の質問にどう思ったのか、間を空けてから頷かれた。
それだけで嬉しくなって笑みをこぼしてしまう。
「私もよ! どんなお話が好きかな? 妖精が出てくるおとぎの国の話とか、大冒険に出る男の子の話とか、それとも王子様がお姫様を助ける話とか、」
シィーラの最後のセリフに、女の子はずいっと顔を突き出してきた。
その様子に、すぐに勘付く。
「もしかして、王子様が出てくるのがいいかな?」
「……お姫様と、王子様」
「分かった。ちょっと待ってね」
笑いながら軽く頭を撫でる。
すると女の子は、少しだけ頬を緩めた。少しは心を開いてくれたのかもしれない。内心そう思いながら、シィーラはすぐに絵本を数冊選び、父親に渡した。
「『白雪姫』を初めとする、お姫様と王子様が出てくる童話です。いくつか種類がありますが、娘さんの好みで選んでください。何でしたら全て借りていただいて大丈夫です。ここの図書館は冊数が多いので、他の利用者様にお貸しできる分はありますから」
「ありがとうございます。……助かりました。娘はあまり話したがらないので」
父親は嬉しそうに、全ての本を受け取った。
近くにいた妻だと思われる女性もこちらに向かって会釈してくれる。受け取った中で一冊の絵本を手渡された女の子は、弾んだような表情をしていた。そしてシィーラに顔を向け、小さく手を振ってくれる。その姿を見て、こちらも笑顔のまま振り返した。
姿が見えなくなると、シィーラはまたその場から歩き出す。
と、前が見えなかったのか歩いてきた人とぶつかってしまった。
「わっ」
思わず小さい声を上げてしまう。
そして顔を上げると、自分より背の高い青年がいた。
「す、すみません」
利用者だろうか。シィーラは即座に謝った。
かなり長身だ。首を上げなければ顔が見えない。
そして一番最初に目に映ったのは、さらさらとした紺青色の髪だった。相手は何度か瞬きする。睫は長く、一言で言うと綺麗な人だ。男性に対してこう表現するのはおかしいかもしれないが。
あまりに美人なので、感心するようにしげしげと見てしまう。
すると相手はゆっくりこう聞いてきた。
「……司書か」
「え? はい、臨時ですけど」
そう答えると、青年は何も言わずそのまま行ってしまった。
あまりに自由すぎる行動に、少しだけ唖然としてしまう。後ろ姿を眺めていれば、入れ違うようにこちらに向かって歩いてくる女性がいた。豊かな茶の髪を揺らしながら、微笑んでくれる。
「こんにちは、シィーラさん」
挨拶をしてくれたのはこの国の正式な司書であり、自分の先輩でもあるアレナリア・ミシェルだ。途中青年と目で何か語っていたように見えたので、もしかして知り合いだったのかもしれない。シィーラもいつものように挨拶をした。
「こんにちは。今日はお昼から出勤ですか?」
「ええ。それよりシィーラさん、今いいかしら」
「はい。どうかしました?」
「あなたにそろそろ、試験について教えておこうと思ってね」
その話を聞いた途端、思わず瞳が輝く。
実はシィーラ自身、この国出身ではない。元は隣国の小さな図書館で司書として働いていた。そして今は、「交換司書制」という制度を使って臨時として働かせてもらっている。これは一時的に各国の司書達を交換する、という制度だ。その制度を活用して三か月ほど働いているわけだが、働けば働くほどここの司書になりたいという思いが出てくる。ちなみにここ、ユジニア王立図書館の司書になるためには、試験を受けて合格しなければならない。
シィーラがここの司書になりたいのには大きな理由がある。書物の数が多いのはもちろんの事、国宝と言われている過去の歴史書や、王族に伝わる秘伝の史書。そして、「魔法書」と呼ばれる本もある。特別な本を扱っている事もあり、大の本好きであるシィーラにとってはまさに宝庫のような場所だ。だからこそ、ここで働きたい。図書館の中でも有名な図書館に入るため、司書でユジニア王立図書館の名を知らない者はない。ここの司書になる事はそれなりに名誉ある事であり、憧れを抱いている人は多い。
今まで試験がある事は聞いていたが、詳しい内容までは教えてもらっていなかった。だがこれからアレナリアが話してくれるようだ。興奮冷めやらぬ様子でいるシィーラに、彼女は魅力的で大きな珊瑚色の瞳を向け、穏やかな表情を見せてくれる。
「じゃあまずはシィーラさんの意志を確認しましょうか。ここの司書になりたい?」
「はい!」
「じゃあ、『
聞き慣れない単語に、遠慮なく眉を寄せてしまう。
「……はい?」
最初の質問は即答だったのに対し、次の質問は疑問形で聞いてしまった。
だがアレナリアは、変わらず微笑んでいるだけだ。
困ったように考え出したシィーラの様子を、上の階で見ている人物がいる。無言のまま、先ほどの青年は手に顎を乗せて彼女を観察していた。
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