22 再会

「ペルシャ!」

 シャッターでペルシャと分断されたシャムは、シャッターに駆け寄ろうとした。

「シャム、待て」

 冷静なロシの声がそれを止める。腕を引かれて、シャムはきつい視線で振り返った。

「なんでだよ!」

「ペルシャは薬を探せと言った。それに」

 そこでロシは言葉を切る。目線だけをドアの方に向けた。

 そこにはいつの間に入ってきたのだろう。一人の男が立っていた。

「やっこさん、自らお出ましのようだ」

 一見、柔和な雰囲気の男だ。メガネをかけ、白衣を着たその姿は、医者か教授と言われても納得できそうだ。

「市長に言われて来てみれば……随分と懐かしい顔だな」

 男の言葉にシャムもロシも眉をひそめた。こんな男、見たことがない。記憶違いだろうか。

 男はシャムを見据えた。

「君、名は何と言う?」

「はっ! 人に名前を尋ねるときは自分から名乗るべきだぜ?」

 口を歪めるシャムに、男はふっと笑って目を伏せた。

 市長が呼んだという言葉が気に掛かる。温和な雰囲気の男だが、油断はならないだろう。いつでも対処できるよう、シャムとロシは男から目を離さない。

「それもそうだな。僕は桜見坂学園……この町の学園の学園長をしている者だ。……大きくなったな。あの女にそっくりだ」

 学園長の視線はまっすぐシャムへと向けられていた。まさかという考えが、シャムの脳裏に浮かぶ。

「今はシャムと呼ばれているんだったか。あの女も責任感のないものだ。まぁ人のことは言えないが」

 温和だと思った彼の目は、笑っていなかった。どこまでも冷たい瞳が、シャムを射抜いている。

「お前……まさか……」

 言葉を失うシャムの代わりに口を開いたのは、ロシだった。その声も震えている。

 学園長はちらりとロシに視線をやった。

「あぁ、そのまさかだよ。シャムは僕の息子だ」

「嘘だ!」

 切り裂くような声が響いた。シャムは拳を強く握り締め、強張った表情をしている。

「いいや本当だ。お前は本当にあの女によく似ているよ。あぁ、お前は母親の顔を知らなかったか。捨てられたんだったな」

「それはお前も一緒だろ」

 シャムは強張った表情のまま、なにも答えられない。ロシが責めるように言い放つ。

「私が捨てたのはあの女だ。あれは私の進む道に邪魔だった。あの女は恐れ多くも外出身なのを隠して私に近づいたんだ。捨てられて当然だろう?」

「なにを勝手な……!」

 やはりこの男も同じだ。外の人間を見下し、プリズン・シティに生きる人間こそ至高だと思っている。

「……じゃあなんで今さら、この場に現れた」

 搾り出すようにシャムが口を開いた。

「市長から面白そうな話を聞いたからな。お前がこの場に現れる、と。……狙っているのはこれだろう?」

 学園長はポケットからカードキーを取り出した。それを見て二人の背筋が粟立つ。

 それは薬品庫の鍵だった。

「わざわざご褒美を出してくれるとはな」

「シャム、熱くなりすぎんなよ。あいつはたぶん、手強い」

 もはや親だとは思えなかった。人をモノのように扱い、シャム達をも人だと思っていない。向こうだってこちらを息子だとは思っていないだろう。

「ロシ、行くぜ!」

「おう!」

 二人は地面を蹴った。


   *


 一方、シャッターの向こう側。

 ペルシャと周蔵は微動だにせず対峙していた。窓の外には、人工の星空が広がっている。

 二人の息遣いだけが響いていた。互いが互いの実力を知っているからこそ、相手の出方を伺うしかない。

「昔のお前はもっと、猪突猛進なやつだったと思ったが?」

「生憎な、俺は猪じゃなくて猫なんだ」

 ペルシャがはっと吐き捨てる。周蔵が口の端を上げる。

 それが合図だった。

 瞬きした次の瞬間には、ペルシャの拳が周蔵へと叩き込まれていた。だが周蔵は左腕でそれを止める。

「腕は訛っとらんようだな」

「それはどう、も!」

 拳が、蹴りが、矢のように繰り出される。打ちつ打たれつの応酬が続く。

 正直、ペルシャは旧友の体術がこれほどまでに衰えていないとは思っていなかった。学生時代は親や教師に隠れていろんなところを駆け回ったものだが、市長の座に就いた彼はもう体を動かすことはないと思っていた。

 打ち込まれる拳は重い。別れてからも、鍛錬を怠っていなかったのだろうか。

 曲がりなりにも『猫』のリーダー。ペルシャは薬を投与された訳ではない。仲間達のように飛び抜けた身体能力を持ってはいないが、リーダーとして日々鍛えてきはした。

 それが互角の勝負となっている。ペルシャ心に焦りが浮かび始めた。

「うっ!」

 焦りが隙となったのだろう。周蔵の蹴りがペルシャの腹に食い込んだ。

 思わず吐き出してしまいそうなところを、なんとか堪えた。ぐっと足に力を入れて踏ん張る。嫌な笑いが目に入って、ペルシャの顔が歪んだ。

「舐めたマネしやがって」

「そっちこそ」

 ペルシャの拳が周蔵の頬を捉えた。そして応酬が続く。

「なぜ! この町を滅ぼそうとする!」

「分からないかなぁ? 一部の環境を整えたとしても、それは万全の策ではない。いつか必ず綻びが来る。私はそれを少し早めてあげたいだけだよ」

「人のため? いいや違うな。お前は」

 ペルシャは強く踏み込んだ。右手に力を込める。

「ただ比乃芽さえ良ければそれでいいだけだ」

 振り被った拳が周蔵の顔に当たり、彼は窓際まで吹き飛ばされていた。ガラス窓にぶち当たったところでようやく止まり、荒い呼吸を繰り返している。

 それはペルシャも同じで、短い呼吸をしながら周蔵の元へと近寄った。

「それが本心なら、お前はもっと早くから行動を起こしていたはずだ。俺の知る『朝日屋周蔵』はそんな男だったぞ? ……まったく、俺も娘ができたらこんな風に変わるんだろうか。娘可愛さに町を一つ潰すなんて、ちったぁ頭冷やせ」

 ペルシャは周蔵の隣にごろんとなった。周蔵の顔がこちらを向くが、気にしない。ただ大きく息をついていた。

「……私を殺さないのか?」

「はっ! なんでそんなことをする必要があるよ。俺はお前の腐った頭に拳を打ち込めりゃあそれで満足だ。目ェ覚めたか?」

 その時周蔵の脳裏に浮かんだのは、かつての少年だった自分達の姿だった。

 腐った世界を叩きなおすと意気込みながらも、無力だった自分。現実を知っていてもなお、希望を捨てることができなかった。

 自分はいつからこんなに捻じ曲がってしまったのだろう。

 左頬の痛みをようやく感じながら、周蔵は目を閉じた。

「おいおいまさかあれくらいで死んじゃあいないよな?」

「馬鹿め。あんな拳、屁でもないわ。天下の『猫』が聞いて呆れる」

「何をー!?」

 これだけ減らず口を叩くなら大丈夫だろう。ペルシャは窓の外を見上げた。

 ガラス越しの夜空には、満天の星が輝いている。完璧な星空だが、そのどれもが偽物だ。同じような夜空だけど、やっぱり外の本物の星空には適わないだろう。

「いつか」

 ぽつりと漏れた言葉に、ペルシャは隣を向いた。旧友はこちらを見ない。さっきまでのペルシャと同じように、夜空を見上げていた。

「いつか、この町にも本物の夜空を見上げる日が来てほしいんだ。ここだけじゃない。環境汚染なんて言葉が、死語になるような世界……そんなものを望むのは、市長失格だろうか」

 プリンシパル・シティを守ること。それがこのシティの市長としての責務だ。ドームを取っ払うなど、市民が聞いたら更迭されるだろうか。

「いいんじゃないか? というか、わしらはガキの頃からそれしか考えとらんだろ」

 あっさりとした物言いに、思わず目を見開いて隣を向いた。周蔵の隣では、なにを今さらと言わんばかりのペルシャが、周蔵を見返している。

「ドームがなくなって、環境維持装置なんてなくても生活できるなら万々歳だ。毒より薬を開発してくれ」

 ペルシャはあまりにも簡単に言う。

 まったく、あの毒も開発するのにどれだけかかったと思っているんだ。

 でも確かにそうだ。死ぬ努力より生きる努力の方が、未来は明るい気がする。

「わしには実の娘はおらんがな、『猫』の連中は家族みたいなもんなんだ。あいつらが大人になれんなんて、嫌だろが」

 周蔵は比乃芽のことを考えていた。

 十五年前に生まれた一人娘。妻の腕に抱かれた娘を見たとき、この子の歩く道を守らなければと強く思った。

 砂利をどかし、雑草を引き抜き、間違いだと思う道は塞いだ。

 比乃芽がいなくなって初めて、それが間違いであったことに気づいたのだ。

 それでも計画は止められなかった。プリンシパル・シティの住民を始末してこそ、理想のシティを作れるのだと信じていた。

「……ただ、健やかに育ってくれさえすればいいと思っていたのにな……」

 周蔵の呟きにペルシャは身を起こす。

「そこでものは一つ相談なんじゃが」

 爛々と光る旧友の目に、周蔵は怪訝な表情を浮かべた。

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