15 『猫』の真実
外では火葬の習慣はないらしい。そんな施設も資金もないのだ。当然だ。
マンチカンの遺体は町の一角の共同墓地に埋葬されることになった。『猫』のメンバーだけでなく、町の住人たちが次々と花を添えにやってくる。
町中に配達をしていて顔の広かったマンチカンだ。その死を悼む者は多い。
抜けるように晴れ渡った空の下、人々は悲しみに満ち溢れていた。
靴音にヒメはぴくりと肩を揺らした。誰もいない中庭の隅でうずくまっていたが、その人物はヒメの前から立ち去る気配がない。
観念してヒメは顔を上げた。
「なんつー顔してんだよ」
予想どおり、シャムが呆れ顔で見下ろしていた。
「……ほっといてよ」
ヒメは顔を背けた。
墓地まで行くことができなかった。もう二度と起き上がることのないマンチカンを見てしまったら、自分まで動けなくなりそうで。
なにも言えずにいると、シャムが無言のままどっかりとヒメの隣に座り込んだ。ヒメは隣を見ようとしない。放っておいてほしかった。最後の別れを告げにもいかなかった自分を、軽蔑しているのだろうか。薄情だと思っているのだろうか。
責められるのは違いがなくて、ヒメはぐっと口を引き結んでその時を待った。
「みんな、覚悟はできてるんだよ」
しかしシャムの口から漏れたのはそんな言葉だった。怪訝に思ってヒメが顔を上げると、シャムはこちらを見てはいなかった。その目はアジトを越えて、どこか遠くへ行ってしまっている。
「俺らがプリズン・シティを憎んでるのは、外に締め出されたからだけじゃねぇ。胸糞悪ィ実験があったんだよ。人はどれだけ強くなれるかってな。俺らはその実験体。まぁすぐにその実験は実用性がないってことで打ち切られたらしいがな。代償が大きすぎたんだ。寿命と引き換えに、身体能力が強化されても中のやつらには使えねぇよな」
ヒメは言葉を失った。頭の中で警鐘が打ち鳴らされている。シャムの言葉の意味するところはつまり――
「ウソ……でしょ……?」
「本当だ。俺たち『猫』は二十そこそこまでしか生きられない」
ヒメはシャムへと手を伸ばしかけた。だけど途中で力なく落とす。シャムはこちらを見ない。その横顔からは、なにも読み取ることができなかった。
「長く生きたやつで二十五だったかな……? 二十くらいで体の自由が利かなくなる。『猫』はその寿命と引き換えに、この身軽さを手に入れたんだ」
くるりと宙を舞って、シャムはヒメの目の前に着地した。
「そんな顔すんな。俺らはみんなそれを知ってる。知った上で『猫』にいるんだ。誰も彼も、この運命を恨んだりしちゃいないさ」
そう言うシャムの顔は、初めて会ったときのようだった。世界の全てを拒絶して、全てを諦めてしまっている。
ヒメはそっと手を伸ばして、シャムの手を取った。
「でも……私には、シャムが泣いているように見えるわ」
瞬間、シャムの表情が固まった。そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。その目は驚愕に見開かれている。
シャムの瞳から、一筋の涙が流れ出した。
「シャム……?」
「……こっち、見んな……」
シャムはフードを被って顔を背けた。その肩は小さく震えている。
シャムは現在十七歳。死がすぐそこまで迫っていた。
それを恐れている訳ではない。いつも死と隣り合わせに生きてきた。この町に生きている以上、いつ死んでもおかしくない身だ。
だけど、だけれども。死が間近に迫ってきて、時折ひやりとした感覚に襲われることもあった。それを彼女に指摘されて、零れてしまったことにシャムは動揺する。
「なっ……」
ふいに背中にぬくもりを感じた。後ろを振り返るとヒメの頭があった。腰にはヒメの腕が回されている。
シャムは思わず涙も引っ込んで、一つ息を吐いて空を見上げた。
「おい」
「私は、シャムに救われたんだよ……?」
搾り出すような言葉にシャムは口を噤む。そうして続きを待った。
「あの場所で私は無意味に生きていた。シャムが連れ出してくれなかったらなんて考えたくない……。出会えたことが嬉しいの。……生きていてくれて、ありがとう」
何が解決したわけでもない。この運命は変わらない。
けれども冷え固まっていたシャムの心を、ヒメの言葉は確かに優しく溶かした。
「……ありがとう」
シャムは小さく呟いた。
日はとうに沈んで、空は薄闇に染まってきている。一番星が二人を見下ろしていた。
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