13 負けたくない
任務は成功だった。だが結局はシャムに助けられてしまったヒメは面白くない。
「ヒメ姉なにしてるの?」
ふっふっと声を上げているヒメの傍を、アメショーとスコが通りかかった。
「見て、分から、ない? 身体を、鍛えて、るのよ」
ヒメの両手には小振りなダンベルが握られていた。
ふーっと息をついたヒメは、ダンベルを置いた。
「ロシに借りたのよ。この前の任務で全然役に立てなかったからね」
鼻息荒く言うヒメだが、それを聞いたスコとアメショーは苦笑いで顔を見合わせた。それはロシが持つダンベルの中でも、一番軽いものだったからだ。
「んー、適材適所って言うじゃん? ヒメ姉にはヒメ姉の立ち位置があるんじゃないかなあぁ?」
「でも……」
「そうだよヒメちゃん! 無理することないよ!」
それでもヒメは難しい顔を続けていた。
「なに? ヒメさんムッキムキになりたいの?」
顔を上げると、マンチカンが立っていた。
「マンチカン! 起きてて大丈夫なの?」
「おう! 今日はなんか調子いいんだー」
明るい茶色のふわふわした髪を持つこの少年マンチカンは、最近床に臥せっていることが多かった。今日は大分調子がいいらしい。三人に笑顔を見せている。
「ムッキムキとまではいかなくても……ちょっとは強くなりたいわね」
「マンチカンも言ってやってよー」
「あんまり力仕事はヒメさんには合わない気がするなー」
ニコニコとマンチカンはヒメに言う。それを聞いてヒメの表情は曇った。
「あ、ならさ。お届け物とかいいんじゃない? 俺いま配達係してるんだけど、ちょっと人手が足りないんだよ」
「でも、それならバイク乗れなきゃダメじゃない?」
スコの無邪気な声で、場に沈黙が落ちる。
「……ちなみにヒメさん、バイクに乗ったことは?」
「ないです……」
ふむ、とマンチカンは腕を組んだ。
「これ被ってここ留めてな。この町じゃ被ってなくても何も言われないけど、初めてだから怖いだろ? 俺が先に乗るからここに足掛けて跨ってな」
どうやらこれには拒否権がないらしい。有無を言わさず押し付けられたヘルメットを手に、ヒメは固まっていた。ヒメの視線の先ではマンチカンが黒いバイクに跨っている。
「ほい、乗っていいよー」
「あの、マンチカン……」
ん? と彼は首を傾げる。
「えっと、今日はお仕事はいいの?」
「あぁ、休み。だけどヒメさんのためにバイク借りてきたんだー。一回乗ったら分かるから」
分かるってなにが、とヒメは困惑の表情を浮かべる。笑顔のままヒメを見つめるマンチカンは有無を言わせない。乗るしかないようだ。
生まれて初めてのバイクだ。ヒメは車か電車にしか乗ったことがない。胸を高鳴らせながら、ヒメはフットレストに足を掛けた。
「わぁ……」
高くなった目線に思わず声が漏れた。
「手。腰に回しといて」
マンチカンが顔だけ振り返って言う。抱きつけということだろうか。ヒメの顔が少し赤く染まる。
「え、えっと……」
「ほら早く。ケガしたくねーだろ?」
無理やり手を取られて、抱きつかされてしまった。
「よしっ、じゃあ出発!」
マンチカンはエンジンを吹かした。
二人を乗せた黒いバイクは、町中を通り抜けていく。途中、店やアパートからたくさんの人に声を掛けられた。配達の仕事をしている彼は、顔が広いようだ。
彼らはこの町で生きてきた。この町こそが彼らの常識。来たばかりのヒメには、まだ踏み込めないところがあるだろう。それが淋しいと思うのは、きっと間違っている。
それでも、一緒に過ごしてきたかったと思うのは、贅沢だろうか。
町を抜けて、小高い丘に出た。草木こそところどこにしか生えていないが、ビルが立ち並ぶ町とは違い、どこか開放感がある。マンチカンはそこでバイクを止めた。
ヒメを先に下ろし、マンチカンはサイドスタンドでバイクを立たせた。
「こんなところがあったんだ……」
丘からは町を見下ろすことができた。ビル群が雑多に立ち並ぶ町並みが見える。その先には白く巨大なドームが広がっていた。
「仕事終わったあとにさ、たまにここに来るんだ」
隣に立ったマンチカンが、ぽつりと呟く。
「あんなひっどいとこだけどさ、この場所から見ると綺麗だ……なんて思っちゃうんだよな」
その気持ちはヒメにも分かる。
町中からは見ることができなかった、どこまでも突き抜けるような青空。プリンシパル・シティの人工青空とは似ても似つかない、自然の青。
こんな景色を見られるなんて、思いもしなかった。
「この景色を見てるとさ、もうちょっとがんばってみっかなぁって気がしないか?」
「うん」
ようやくヒメにもマンチカンの意図が分かってきた。恐らく彼は、ヒメが落ち込んでいたことに気づいていた。だからこそ、バイクに慣れるという名目でこうして誘い出してくれたのだ。
マンチカンも落ち込むようなことがあるのだろうか。
ヒメの脳裏に一瞬そうした考えが浮かぶ。
「ヒメさんはバイク乗りたくなった?」
しかしマンチカンからの問い掛けで、聞きそびれてしまった。
「ちょっと怖かったけど……でも、自分でも乗ってみたいかも」
そう言うとマンチカンはにっと笑う。
「だよな! 一回乗っちまうとやみつきになるよな! 俺が教えてやるからヒメさんも乗ってみようぜ!」
後ろに乗るのはいいが、自分で運転するとなるとまだ少し怖い気がする。
しかし何事も挑戦だ。ヒメは前向きに考えられるようになっていた。マンチカンの言葉はヒメの背中を強く押した。
「お手柔らかによろしくね」
マンチカンは一瞬面食らって瞬きを繰り返し、それから笑った。
「あぁ」
柔らかな風が丘を吹き抜けた。
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