第二章 猫を追うより皿を引け
8 気持ちは裏腹に
『猫』というだけある。
それがここに来て、一週間経ったヒメの感想だった。
「ヒメちゃんどうしたの?」
「調子悪い?」
ぼんやりと立ち尽くすヒメに、スコとアメショーが声を掛けてきた。
「ううん、元気よ。ただ、なんていうか……。みんな自由気ままだなって思って」
ヒメの視線の先では、中庭で惰眠を貪る者、賭け事に興じる者、食べ物の取り合いをしている者――そういった『猫』の面々の姿が映っていた。
「僕ら『猫』」だからね」
「『猫』はいつだって自由なのさ」
二人は鼻歌交じりに答えた。
現在の『猫』のメンバーは四十三人。一口に『猫』といっても、その性質はそれぞれ違う。
スコやアメショーはやんちゃな弟といった風だし、ロシは頼れるお兄ちゃんといった感じだ。シャムは言うまでもない。
その中でも最近ヒメの頭を悩ませているのは――
「ヒーメちゃん! なにかお困り?」
後ろから伸びてきた腕がヒメを抱き締める。
「あっ!」
「ちょっと!」
スコとアメショーが非難の声を上げるが、肝心のヒメは固まってしまっていた。
「シャ、シャルトリュー……。はな、離してもらえる……?」
腕がぱっと離れる。ヒメが振り返った先にいたのは、紫黒色をした髪を持つ少年だった。白いシャツに黒いベストとパンツ、そしてカンカン帽が特徴的だ。おしゃれに気を遣っているのだろう、その様子がありありと見て取れる。
スコとアメショーに睨まれていても、へらへらと両手を挙げている。それだけでその性格が分かるというものだ。
「ボディガードがおっかないなぁ。どう? ヒメちゃん。俺と一緒に巡回という名のデートにでも行かない?」
歓迎パーティの次の日から執拗に迫ってくるのは、このシャルトリューだった。
軽薄なこの男は、いつも町の女の子に手当たり次第に声を掛けている。次の狙いはヒメのようだ。
「シャルトリュー! ヒメちゃんに手ぇ出すのはやめてよね!」
「そーだそーだ! ロシが黙ってないぞ!」
キャンキャン噛み付くように吠えるふたりにも、シャルトリューは堪えていない。そればかりかヒメと肩を組んで歩き出した。
「ヒメちゃんも子守りばっかじゃ大変でしょ? いい店知ってるんだー」
そう言ってぐいぐいヒメを連れて行こうとする。子守りと言われたスコとアメショーはますますキャンキャン吠えた。
「シャルトリュー……。私、あんまりこういうのは……」
ヒメも抵抗を試みるが、シャルトリューはそれを気にも留めない。嫌がっているふりをしているだけだと思っているようだ。
角を曲がったところで抱き上げるなり何なりして子猫二人を撒こう、とシャルトリューが考えたときだった。
「あ……」
曲がった先に待っていたのは、シャムだった。ヒメは思わず小さく声が漏れる。
シャムは、無言でシャルトリューに肩を抱かれたヒメを見下ろしている。
「なになに? シャムまで人の恋路をジャマするつもりー?」
「別に。そいつがどうなろうと知ったこっちゃねーが」
シャムは吐き捨てるようにそう言って。ちらりとヒメに視線をやった。
「ただ、今日の掃除当番はシャルトリューだったろ」
「げっ」
「ペルシャ、怒ってたぞ」
「それを早く言えよ!」
シャルトリューは慌ててアジトへと走っていった。
残されたヒメとシャムの間に、沈黙が落ちる。助けてくれたのだろう。お礼を言わねばとヒメはおずおずと口を開いた。
「あの、ありが……」
「いいかげん、自覚しろよ」
ヒメ言葉を遮って、シャムの乾いた声が響く。
「ここはプリズン・シティみたいに誰かが守ってくれるとこじゃねぇんだぞ。自分の身くらい自分で守れるようになれ」
そう一方的に言って、シャムは踵を返して去っていった。
「な、によ」
バタバタとスコとアメショーが駆け込んできた。
「ヒメ姉大丈夫!?」
「あれっ、シャルトリューは?」
口々にヒメの身を心配してくれるけれど、ヒメはぼんやりと道の先を見ていた。
「でも守ってくれたんじゃない」
乾いた声がずっと耳の奥に残っている。棘のある言葉は、どこか優しさが含まれていた。
ヒメはいつまでも、通りの向こうを見つめていた。
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