7 KITTY's Bar

 アジトに戻ってきたところで、シャムと鉢合わせした。

「そいつも連れてってたのかよ」

 ブーツの紐を締め直したシャムは立ち上がる。今日もフードを深く被っていて、相変わらず表情はよく見えない。

「そっ、そうよ! 悪い?」

 ちらりとヒメを見やると、何も言わずに横をすり抜けて出て行ってしまった。ヒメはただそれを黙って見送る。

「シャムも頑固だなー」

 隣に並んだロシが呆れたように呟いた。

「シャムは……私のことが嫌いなのかな……?」

 ヒメは俯いてそう漏らした。脅してプリンシパル・シティから連れ出すときこそ文句を言ってはいたが、ちゃんと正面から接していてくれていた。だけどここに来てからは目も合わせてもらえない。

 あの全てを射抜くような瞳に見つめられたら、きっとなにも言えなくなってしまうんだろうけど。

「ヒメちゃんが嫌いってわけじゃないと思うよ。ただシャムの場合はちょっと複雑でね」

 そう言ってロシは意味深な笑顔を浮かべた。

「それって」

「さ、ごはんにしよっか」

 しかしヒメの問い掛けはロシの言葉にかき消されてしまった。


   *


 夜にはこの町は昼とは違った顔を見せる。

「ほらほらヒメちゃん早く!」

「ヒメ姉こっち!」

 スコとアメショーに手を引かれて歩く町は、軒先に掛けられたランタンで幻想的な光に包まれている。昼間とは違う町に迷い込んだかのようだ。

「待って待って! そんなに早いと転んじゃう」

 日暮れと共に、二人にアジトから連れ出された。アジトでは誰ともすれ違うことがなかったので、夜になって出歩くことにヒメは戸惑いを覚える。みんな戻ってきているんじゃないだろうか。

 二人は一軒の店の前でようやく足を止めた。


『KITTY's Bar』


 店の看板にはそう記されている。

「……ここ?」

 ヒメがスコとアメショーを振り返ると、二人はにーっとした笑みを浮かべていた。

「さっ、早く早く」

「みんなお待ちかねだよ」

 ドキンとした。思いもよらなかった予感に胸が高鳴る。

 ヒメはそっとドアを開けた。

「ヒメ! ようこそー!」

 大声とともにクラッカーの弾ける音がする。ヒメは一瞬のうちに紙テープに包まれていた。

 後から入ってきたスコとアメショーがヒメの手を引いて輪の中心に連れて行く。ヒメは驚きのあまり目を白黒させている。

「サプライズ、大成功じゃな」

 ペルシャが満足そうに頷く。

「皆さん……これは……」

「ヒメちゃんの歓迎パーティだよ」

 ロシがそう言いながらグラスを手渡してくる。いつの間にかヒメは『猫』のメンバー達に囲まれていて、彼らはクラッカーからグラスに持ち替えていた。

「それじゃあヒメの歓迎を祝して!」

 ペルシャが声を上げる。

「かんぱーい!」

 全員の声がハモった。


 店の中はもう、飲めや歌えやの大騒ぎだ。ヒメのグラスには次から次へとジュースが注がれていく。

「皆さん……こんな……」

 ヒメの声はもう涙混じりだ。スコが背中をポンポンと撫でてくる。

「あーあ、ヒメちゃん泣いちゃったー」

 プリンシパル・シティでのパーティとは全く違う、純粋に自分を歓迎しているこの会に、ヒメが感激しない訳がない。

「ヒメ、ちょっとおいで」

 ペルシャに手招きされた。

 カウンターの内側には、この店の主人であろう恰幅の良い女性がカクテルを作っていた。

「紹介するよ。KITTY's Barのママ、マダム・キティだ」

 マダム・キティは赤いルージュが塗られた唇に、笑みを浮かべた。

「あんたが新入りちゃんかい。うるさい連中だろう? なにかあったらなんでも相談しておいで。あそこは男ばっかだから」

「あっ、ありがとうございます!」

 ヒメはカウンターに頭がつきそうな勢いで頭を下げた。


 シャムはカウンターの片隅で、ひとりちびちびとグラスを傾けていた。ヒメは意を決して、彼の元へと近づいていく。

「……みんなと飲まないの?」

「別に」

 相変わらずヒメにそっけない。ヒメはしばし逡巡すると、勢いよくシャムの隣に腰掛けた。

 ぎょっとしたのはシャムである。

「……なんだよ」

「今夜は私の歓迎パーティなんでしょう? シャムは歓迎してくれないの?」

 一息でヒメは言った。勢いをつけなければ、彼の雰囲気に飲まれそうだったのだ。

 シャムはヒメから視線を逸らし、酒を一気に呷った。マダム・キティがため息をついて、同じものを差し出してくる。

「昨日から言ってるだろ」

 そう言ってシャムはグラスに口をつけた。

 歓迎するつもりは微塵もないらしい。ヒメの方を見もしない。

 ヒメは横からシャムのグラスを奪い取った。

「おい!」

 静止しようとするシャムを無視して、ヒメは一気に酒を飲み干した。初めて口にするアルコールに、一瞬くらっとする。

 それでもなんとか気を保ち、タンッとグラスをカウンターに置いた。

「これで、同じ杯を交わした仲間よ」

 ふんっと言い放つヒメに、シャムは口をあんぐりさせた。お嬢様だ、箱入りだと思っていた少女が、そんな言葉を知っていたことにも開いた口が塞がらない。

「かっわいくねーなぁ……」

 シャムの顔は完全に引きつっている。だけど先程までよりかは幾分か、口調は軽かった。

「あら、大人しいだけの女なんて『猫』にはいらないんでしょう?」

 カウンターの中でマダム・キティが豪快に笑っている。シャムは不貞腐れてカウンターに頬杖をついた。

「お前、猫被ってたのかよ」

「どちらかと言うと、ここに来てから被ったのよ」


 『猫』


 文字どおりである。言いえて妙だった。

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