第五十二話 それは突然に

「女王陛下に会うのは初めてだよね?」

「はい。式典で何度かお顔を拝見したくらいです」

「ほとんどがそうだろうね。陛下は君に会うのを楽しみにしているらしいよ。『氷の貴公子』の名はかなり広まっているからね」

「……恐れ入ります」


 あんまりそこは触れて欲しかったが、致し方ない

 ある意味間違ってはいないのだから。しかし、女王直々に申し出があるとは思っていなかった。


 大抵の国は男性が王になるが、この国では女性が王だ。

 それはこの国の王女であったセシアリア・ジュークションと結婚した夫が、若くして亡くなったからでもある。だからセシアリアは、この国の王となった。もともと「癒しの花園」を計画したのも彼女だ。分析力に実行力、何より女性であるため世の女性のことを考えられる。その点で多くの国民に支持された。そして今も女王として君臨している。今でも人気は劣らず、様々な改革を考えている。それに夫は先に亡くなってしまったが、子供は早々と作っていた。今は子供たちと共に政治を行っている。


 そうこうしているうちに部屋についた。


 ビショップがノックし、そしてドアを開ける。

 するとそこに、一人の女性がいた。歳的には五十くらいだろう。だが若い。金色の髪に所々白髪があるが、品よくまとめられていた。そしてブルースカイ、いやエメラルドの瞳が光り輝いて見える。


「お前がティルズか?」

「はい、女王陛下。この度はお会いできて光栄です」

「よいよい、そんな堅苦しい挨拶はいらんわ。私はお前に二つほど頼みがあってここへ呼んだ」

「陛下。少しは臣下のことを考えてくださいよ」


 ビショップは苦笑して、ティルズの味方をするような言い方になる。

 すると相手は膨れたような顔をした。


「何じゃ、文句があるのか?」

「いきなり話が飛躍しすぎですよ」

「頭の良いティルズなら別についていけるじゃろ。のう?」

「ええ」


 話の内容以前に、セシアリアの口調の方が気になった。

 そういえば、昔ながらの口調を使っている、という風に聞いたことがある。だからだろう。


「して、話を戻してもいいじゃろか?」

「はい。何でしょうか」

「私の娘、レンリの誕生祭がもうすぐあるな。そこで剣の決闘を二人にしてもらいたい。言わば余興みたいなもんじゃな」

「決闘……」

「レンリの余興はそれでええじゃろ。そして私のための余興に、ルベンダ・ベガリニウスの踊りを見ようと思っておる」

「ルベンダ殿の?」


 聞き返すと、セシアリアが嬉しそうな顔をした。

 そして懐かしむように頷く。


「ああ、リアダ・ラピソンの娘じゃな。しかも騎士団長のタギーナの娘でもある。あの二人が最初に『癒しの花園』で結ばれた。思えばこの親子には助けられてばかりじゃ。そしてリアダの踊りは本当に美しい。ルベンダの踊りも評判が良いと聞いた。ぜひ間近で見たくてな。タギーナにはもう伝えてある。ルベンダの耳にも届くじゃろ」

「それで、決闘というのは具体的にどういうものですか?」


 ビショップが聞いた。


 前々から聞いていたのか、それとも今聞いたのか。

 様子からするに、事前に知っていたように見えるが。するとセシアリアは少し考えた。


「そうじゃな。とりあえずは決闘じゃ。勝敗はきちんと決めろ。後、手加減無用。真剣を使え。まさか偽物の剣でするわけじゃなかろう?」

「それはまぁ」

「怪我をしようが何をしようが私は止めん。血で王城を汚しても文句はないぞ」

「後で大臣たちから何か言われないですか?」

「知らんわ。それに騎士ぞ? 騎士たちの仕事を間近で見れるんじゃ。しかも将来が楽しみな二人じゃしな。私は早く見たくて仕方ない。それにビショップ、レンリから頼まれたんじゃろ? 戦っとる姿を見たいと」


 するとビショップがほんの少しだけ頬を染めた。

 セシアリアはにやっと笑った。


「やっと十六になるからな。ようビショップも我慢したものじゃ」

「陛下」

「せいぜい大切にしておくれ。私の夫の形見みたいな存在じゃ」

「……承知、しました」


 そう答えるだけで精いっぱいのようだ。


「で、ティルズ。もう一つ頼みがあるんじゃが」

「はい」


 急にセシアリアの顔が真面目になった。


 そして重大なことを言われる。

 ティルズは目を閉じ、その場に跪いた。そして誓う。


「ティルズ・ハギノウ。女王陛下の申し出をお受けいたします」

「ああ。期待している」


 相手は満足そうに微笑んだ。


 ティルズはすっと顔を上げ、前を見る。

 この内容は、誰でもできるわけじゃない。そして、断ることは許されない。光栄なことだと、前の自分なら少しは嬉しく思ったかもしれない。だが、どうにも微妙な心地でいた。


 そしてそこで一瞬だけ、ルベンダの笑顔が浮かんだ。







「ルベンダ、準備はいい?」

「ああ。悪いな、手伝ってもらって」


 後ろを振り返ってシャナンにお礼言う。

 すると相手は笑った。


「別にいいわよ。むしろこれだけ豪勢だと着るのも気が引けるわよね」

「まぁな」


 ルベンダも苦笑しておいた。


 今日は誕生祭。それもこの国の王女、レンリ姫のだ。ルベンダは女王陛下直々に踊りを余興でやるよう指示された。これはタギーナから伝言として聞いた。言われた時は少し驚いたが、生前のリアダのことをよく知っているらしい。リアダの踊りもしっかり見ているため、評価は厳しそうだ。だが逆に、自分の踊りがどこまでなのか試すこともできる。


 そんなわけで当日、城の方へ来た。


 何でも衣装はこちらが用意してくれるらしく、ルベンダは身軽だった。

 そして部屋に入った途端見たのは……なんとも金ピカに光り輝いた衣装。頭にかぶる飾りも含め、全て金色なのには若干引いてしまった。着るのがもったいないというか恐縮してしまい、付き添いで来ていたシャナンに手伝ってもらったのだ。だが着てみると案外ルベンダによく似合っていた。赤い髪がアクセントになり、アクセサリはプラチナでシンプル。当日は王城にあるステージで踊る。多くの来客が来るらしく、遠くの人からも見えるように、という考慮でこんなに派手なのかもしれない。


「いいじゃない。派手なルベンダも悪くないわ」

「そうか? 髪がすでに派手だと思うけどな」

「私はルベンダの赤い髪が好きよ。象徴みたいだし」

「象徴……」

「ちょっと、それより時間はいいの?」

「あ、そうだった!」


 慌てて部屋の外へ出る。


 長いスカートだが、中にふわふわで丸いズボンのようなものを着ている。だからどんなに翻しても問題ない。しかも裸足なので踊りやすそうだ。足元に着けている金属の装飾品が、控えめにリン、と鳴っている。それがこれから踊りを始めるのだと、余計身が引き締まった。


「あら、あれって……」


 先頭を歩いていたシャナンが声の調子を上げた。


 どうやら同じようにステージに向かう人がいるらしい。

 数人がぞろぞろと歩いて行っている。その中に、見覚えのある人物を見つけた。きっとシャナンはそれで声を上げたと思うが、これにはルベンダも驚いてしまう。


「ティルズ!?」


 すると見たことない不思議な色合いの軍服を来たティルズがいた。


 その服の色は黒、いや青や藍、見る角度から色が変わるものだ。

 そして相手から見て左側に紋章がついていた。この国の王族の紋章で、馬の上に王冠のマークがある。さらにその背後には緑の葉がアーチ状に書かれている。そしてその周りをかこうように金の刺繍があった。かなり豪華なものだ。ここにいる理由と、そんな格好をしている理由を知りたくて目を白黒させていると、相手はふっと笑ってきた。


「その格好に百面相はなかなか面白いですね」

「や、やかましいわっ! ……じゃなくてお前こそ何だその格好?」

「俺も余興で出るんです。剣の決闘で」

「え!? いつ!」

「多分ルベンダ殿が踊ってる時間帯ですから被りますね。場所もあなたはステージだと思いますが、俺はまた別のホールですから」

「そ、そうか……」


 生でその決闘の試合を見たいと思ったので、少し残念に思った。

 それに凛々しいティルズにその格好が良く似合っている。きっと美しく舞うのだろう。すると傍で何やら紙を見ていたシャナンが助言をくれる。


「あら、確かに被ってるけどルベンダの方が終わるのは早いわよ。走れば間に合うんじゃない?」

「ほんとか!」

「そこまで剣の試合を見たいんですか? ほんとに男らしい方ですね」


 ティルズは少し苦笑していた。


 ルベンダは顔を振って否定する。

 確かに剣の試合自体に興味はある。だが本当の目的は別にあった。


「それだけじゃない。ティルズの晴れ舞台みたいなもんだろ? お前の姿を見たいんだ」


 すると少し目を丸くされる。

 その後は呆れたような表情になる。


「そうはいっても相手は女王陛下の側近です。俺じゃ相手になりませんし、見てもつまらないですよ」

「お前らしくもない発言だな」

「事実ですし」

「勝ち負けが全てじゃないだろ。いいよ、私はお前の強い部分しか見てない。弱い部分も見てみたい」

「弱みを探るというわけですか」

「違うわっ! せっかく人が良いことを言ようと……」

「冗談ですよ」


 ティルズが笑った。

 そしてルベンダの頭にそっと手を置き、優しく撫でた。


「ルベンダ殿も、良い踊りができるといいですね」

「大丈夫だ。私は慣れてるから。絶対走って見に行くからな」

「ありがとうございます。微力ながら頑張ってきます。待ってますね」

「ああ!」


 その後二人は互いに笑いあい、そして手を振って別れた。

 姿が見えなくなるまで手を振るルベンダに、シャナンは少し遠い目をしていた。


(……前より仲良くなってる。でもきっとこれ、素なんでしょうね……)


 ふう、と息を吐く。

 どうにも煮え切らない二人だと、本気で思った。





 

「来ていただいた皆様、誠にありがとうございます。それでは素敵なひと時をお楽しみください」


 ルベンダが片手を上げれば、背後にいる楽団の演奏が始まる。

 そして足のステップから入り、踊り始めた。




「――――リアダに似て綺麗じゃな」

「陛下、ビショップ様たちの決闘は見に行かれないのですか?」


 皆より上の場所でセシアリアは望遠鏡で覗きながら見ていた。

 すぐ傍にいた侍女が声をかけると、優雅に笑いだす。


「あれはレンリが主に見たがってたからな。私は最後の場面だけで十分じゃ」

「そうでございますか。……ああ、それにしても踊りも美しいですね」

「さすがずっと傍にいてリアダから習ったことはある。しかも今のあの子は安定しておるな。迷いがない。そこはリアダの性格とそっくりじゃ」


 そう言ってセシアリアはじっとルベンダを見ていた。


 踊りも最初は軽やかだったが、しばし激しくなる。

 それでも息が乱れることなく、笑顔のままでいた。その様子に、何か考えるようにふむ、と呟く。


「体力があるのぉ。リアダは体が弱かったが」

「活発な方のようですね」

「そこはタギーナ似か。両親の良い所に似た。……しかし、もったいない」

「陛下?」


 侍女が首を傾げる。セシアリアは持っていた資料に目を落とした。

 それはルベンダのことが述べられている。体を鍛えており、それなりに武術などが扱え、「癒しの花園」でも用心棒役…………。


「世の中、女性の方が強いこともあるのじゃな」

「あら、陛下もそうですわ。女性の国王は珍しいものですもの。『癒しの花園』も、多くの女性たちの仕事場を増やしてくださいました。今や女性も社会に進出できる時代ですわ」

「……うむ、やはりそうであろうなぁ」

「何か考えでも?」


 侍女がそっと聞くと、セリアリアは曖昧だが頷いた。下にいる貴族たちや城関連の仕事についている者、そして警備を行っている大勢の騎士。そして確信したように頷く。


「――――やはり、決めなければならんな」

「陛下?」

「今の騎士団は男だけじゃ。体力的な部分では確かに女は劣るが、その分女の方が賢い。そこは騎士団でも生かされるはずじゃ」

「……つまり」

「ああ。今後は女性の騎士を育てようと思う。王立騎士学校も貴族で十五歳の少年のみにしていたが……身分も性別も、平等にしようと考えておる」

「まぁ! すごいですわね。ついに女性が……!」

「じゃがあくまで過程じゃ。大臣やお偉い方は頑固首を振るだろうなぁ。それに、女性で実際剣を握ろうと思う者がおるのかも微妙じゃ」


 女性はやはりか弱い。


 どんなにしっかりしていても、体力的には男より劣り、そのせいで馬鹿にされることがあるかもしれない。騎士団に入るといっても、広報や事務的なものなら取り組みやすいと考えた。なのでそれで女性の数を増やす。実際の剣術の方はきっと募集をかけても少ない。男ばかりだった王立騎士団もそうだ。色々改善する必要があるし、容易ではない。でも、変えなければ何も始まらない。


 そんな時、ルベンダが適任のように思えた。


 男勝りで実力も、今後鍛えればきっと良い人材になる。

 だが、彼女は踊り子。メイドの仕事も既にしているし、無理だろう。そういった意味でもったいないと思ったのだ。セシアリアは愚痴を呟く。


「……むー。誰かそれなりの者がいないかのぉ」

「陛下、まだ政策や方針も決まってません。改革してから考えたのでも遅くはないのでは?」


 侍女が苦笑するように言った言葉に、素直に頷く。

 そして座っている椅子に深く座る。


「確かにな。私は少しせっかちのようじゃ。せっかくルベンダが踊っとるわけだし、ゆっくり考えてみようかの」

「はい」


 そうして二人はまた視線をルベンダに戻した。

 変わらず優雅に踊る赤髪の少女は、嬉しそうに、輝く笑顔を放っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る