第四十九話 二男と、父と、話し合う

 今日はルガナと行動する日。


 それにしても、と思いながら、ルベンダは思わず叫んだ。

 

「寒いっ!!」


 大声がそこら中に響く。


 だが迷惑になることはない。なぜなら辺り一面は真っ白。そう、外へいるのだ。ルベンダは遠慮なく自分の体をさする。今日は天候が荒れてるのか、いつもより風が冷たいのだ。そして自然と腰が曲がってしまう。若いものの、寒くなると腰を曲げたくなる。少しでも風に当たりたくない。


 だがルガナはしれっと立っていた。活動的でいつも体を鍛えているらしい。

 ここの暮らしが長いのも関係しているのだろう。


「ま、そりゃそうか。お前は王城近くに住んでるもんな。ここは自然が豊か過ぎて、暮らすのも意外と大変だ」

「……そ、それはいいが何で外なんだ?」


 歯がカチカチと鳴る。

 ずっとこのまま立っていたら、絶対凍えるレベルだ。


「お前運動神経いいんだろ? 乗馬と弓矢の練習に付き合え」

「外でか!?」

「当たり前だろ? こんだけ広い土地を親父は持ってんだ。使わないと無駄だろ」


 言い終わってそそくさと馬小屋に向かう。


 唖然としながらも、ルベンダはついていった。

 馬は綺麗な毛並の茶と白の二体。ルベンダは白い馬に乗るよう指示される。どうにか体を動かし、そのまま乗る。するとルガナがおほっ、と嬉しそうな声を上げた。


「乗り慣れてんなー」

「まぁな」


 得意げになって答えると、相手はおかしそうに笑った。


「しっかし似合う」

「へ?」

「まるで白馬の王子だな」

「……あ、ありがとう?」


 そこは喜ぶべきなのだろうか。


 迷ったが一応礼を言った。ルガナは笑いながら自分の馬に乗り、誘導し始めた。しばし二人で馬を走らせる。冷たい風が頬に当たり、少し痛い。だが互いに馬は乗り慣れているため、それなりのスピードで走り続けた。そしてそのおかげで体も温まるようになった。乗馬に満足したのか、ルガナがスピードを落とす。そして二人は隣同士になり、馬を歩かせるようにした。ルガナはにやにやと笑う。


「やっぱり上手いな」

「そうか?」

「そんでもってお前って、なんかもったいないよな」

「え?」

「お前が男だったら、弟子にしてやってもよかったのになー」


 心底残念そうに言われる。


 ルベンダは思わず苦笑した。

 その言葉は何人にも言われたものだ。実の父や兄、騎士たちからも。


「女でもいいなら、またこうやって誘ってくれよ。いつでも付き合う」


 それしか言えないので、提案だけしておいた。

 するとルガナは方眉を上げながらああ、と答えてくれた。 


「にしても、お前の鈍くささも異常だよな」

「だ、誰が鈍くさいだっ!」


 思わず言い返す。いきなりなぜそんなことを言われるのか分からなかったが、やはり兄弟だ。ティルズに馬鹿にされている気になる。するとルガナはおかしそうに笑う。


「ま、世界は俺みたく頭の良い奴だけじゃねぇし。ティルズも頭は良いけど、それだけなんだよな。普通の奴と違うから、どっかネジが一本抜けてんだ」

「!? ティルズを悪く言うなっ」


 反射的に声が出てしまい、思わずはっとなる。

 だがルガナは一瞬きょとんとし、にやにやしてきた。


「なんだよ。そんなに熱入るくらい、あいつのこと好きなわけ?」


 思わずかぁっと顔が赤くなる。


 どうやらルガナに言葉で挑んでも敵わないらしい。

 しかもかなり強烈だ。ティルズのように冷静に返されるならまだ腹立しくもなるが、このままではただこちらが恥ずかしくなるだけだ。無駄なことはしない方がいいと学び、口をつむぐ。


 すると相手は分かったのか、勝手に説明してくれる。


「俺は別に弟を馬鹿にしたわけじゃねぇよ。ただからかっただけ。それにルベンダ、お前と行動したかったのは、ただ運動をしたかったわけじゃない」

「え?」

「まぁ遊びたかったのは事実だけどな。せっかくもらった二人きりの時間だ。色々と話したいと思ったんだよ」


 そう言いながらしばらく二人は馬を走らせると、何やら道具小屋についた。

 ルガナが勢いよく馬から飛び降り、そしてその小屋に駆け寄る。ルベンダもついていくと、小屋の先にはいくつもの的が置かれていた。


「こんな所に……」

「すごいだろ。精神的にも体力的にも鍛えられるぞ」

「こんな場所だから、ってこともあるんだろな」

「ビンゴ」


 嬉しそうに言われた。


 ルベンダも弓矢を使ったことはある。ルガナに貸してもらい、そのまま一本射ってみた。ダンッといい音が鳴り、中央を少しずれた所に当たる。かなり惜しい。


 ルガナも射る。綺麗に的の中央へ当てた。

 弓を引く時間も短かったのに、すごい集中力だ。ルベンダは感心して見とれてしまう。だがルガナは気に

しないでもう一本射ろうとしていた。そのままルベンダに声をかかる。


「じゃあ射ながら話すか」

「え!? 無理だろっ!」

「だーいじょうぶ、大丈夫。質問に答えるだけだ。ほら、ルベンダも早くしろよ」


 慌ててルベンダも腕を動かす。


 しばらく二人の弓を射る音だけ聞こえ、だいぶ慣れた頃にルガナの質問タイムが始まった。他愛もないことなので、答えるのはそこまで難しくない。が、少しでも動揺しないよう、ルベンダも的を睨んで集中する。そして狙いを定めた。


 バシッ。矢が変な方向へ行ったせいで、おかしな音が聞こえた。

 集中力のなさに、ルベンダは自分で叱咤したくなる。


「じゃあ次のしつもーん」


 だがルガナは余裕そうな顔で射る。

 また真ん中だ。羨ましい。


「なんでティルズと祝福受けようと思ったんだ?」

「え」


 思わず手が止まる。


 だが相手は手を止めなかった。

 まっすぐ的だけ見てる。思わず見つめていると、眉を寄せられた。


「手、止めるなよ」

「は、はい」


 慌てて弓を構える。

 その間にも、質問の答えを考えていた。


 が、どう答えればいいのか分からなかった。


 どうして……それは選ばれた相手であるから、むしろ受けるのは当たり前のようなもので。すると口には出していなかったのに、その言葉に対して返すようにルガナが言う。


「選ばれた相手なら誰でもいいってことか。じゃあティルズじゃなくても良かったってことだよな」

「それは」

「俺さ、」


 的に当たる音を聞きながら、ルベンダに顔を向ける。


「これでもブラコンなんだよ。口では文句言っても兄弟全員好きなわけ。で、昔のティルズは見てられなかった。痛々しすぎてな。そんなあいつが祝福受けるって聞いて嬉しかったよ」

「ル、」

「でもな?」


 ルベンダを睨むように見る。


「あいつをちゃんと幸せにできる奴じゃないと認めない。納得できる理由を言えよ」


 思わずその強い瞳に見入った。

 それでいて、ルベンダはこの男の意図が分かった。


 かなり活発で行動的に見えて、相手との会話や様子を逐一観察している。

 そして、言葉でのやり取りを大事にしている。それはきっと、ルガナが「有言実行」のタイプだからだろう。相手のことを理解し、信頼できる者は信頼する。


 思わずくすっと笑ってしまった。

 昨日と今日しかまだ話していないが、ティルズは兄弟にも愛されてる。


 ルベンダは自分なりに答えた。


「ティルズとは昔面識があったからか、ただ嫌味を言ってくる最低な奴だと思ってた。でも、今はそうじゃない。私のことをちゃんと考えてくれるんだ。それに、私がティルズと一緒にいたいんだ。今は傍にいたい。何かあっても、私が支えたい。だから、祝福を受けるって決めた。……それじゃ、だめか?」


 ルガナはしばらく仏頂面で聞いていたが、顔を背けて吹き出す。


「だめか、って……俺には決定権ないだろ?」

「確かにな」


 お互いに笑いあってしまう。

 どうやら納得してもらえたようだ。


 しばらく楽しんだ後、ルガナは弓や矢を片づけ始める。ルベンダも手伝い、そして屋敷の方へ戻ることになった。こうして、ハギノウ家の次男との時間は終わってしまった。







 ティルズはその場で少し息を吐いた。

今日はシャツにベストを着ていた。一応襟を直す。


 そして覚悟を決め、行く。

 そう、あの人のいる部屋へ。


「早かったな」


 部屋に入った瞬間、言われた。


 どうせ怖気づいてぎりぎりまで来ないとでも思っていたのだろう。

 ティルズはしれっとしておいた。


「嫌なことはすぐに終わらせる方がいいですから」

「嫌だとはっきり言うのがお前らしいな」


 レインサスはそう言いながら、ソファに座るよう指示する。


 ティルズは促されるまま座り、相手も向かい側に座った。

 真正面で互いの顔を見る形になる。


「さて、そんなことより話し会でも始めようじゃないか」

「二人しかいないのに会ですか?」

「細かい所を気にしては、いい男になれないぞ」


 レインサスは逃げるようにそう言った。

 そして手には一枚の紙を持っている。そこには何か文字がずらっと書かれていた。


「どうせお前は私の言うことなど聞く気がないのだろう?」

「はい」

「即答か。まぁそう思って手は打っておいた」


 そうしてその紙の表面をこちらに向ける。

 びっしり書かれている文字を見ると、どこか見たことのある筆記体だ。


「ウルフィに頼んで事前に準備をしておいた。ルベンダにお前に対するアンケートをしてもらったんだ」

「……手の込んだことを」


 ルベンダの名が出ることは想定内だったため、そこまで動揺はしなかった。

 にしてもそんなことをいつの間にさせていたのか。


「ルベンダに質問した。寄宿舎でどのようなことがあったのか、とかな」


 そして書いてあることを一通り見たのだろう。

 ちらっと目を動かしただけで、相手は笑い出した。


「お前、昔と変わらず甘い物は大嫌いみたいだな。洋館のエピソードが一番面白かったぞ」


 ぴき、と何か亀裂が走る音が聞こえた。


 ティルズはすぐさま眉を寄せる。

 ……どうやら余計なことを聞かれたくなかった相手に言ってしまったようだ。


「仕方ないか。令嬢とのパーティが続く時、無理やり食わされてたもんなぁ」

「一日でホールケーキを何個食べさせられたとお思いですか。あの後俺は吐きました」

「二個は軽くいったな。確かにあんなに甘いものを食べさせられたら嫌いになるな。思い出したくもないだろう」

「ええ」


 過去のことだ。


 そして今話した通りのことになって、ティルズは香りすら駄目になってしまった。だから甘い物は嫌いだ。言い寄られた令嬢を思い出す。そしてあのパーティ、貴族の集まり、という場の雰囲気を思い出す。何より……父の命令に従っていた自分を思い出すのだ。


「悪かった」


 不意にそう言われた。

 だがティルズは嫌な顔を止めたりしない。


「どういう風の吹き回しですか」

「俺もあの時は若かった。家のためとはいえ、子供たちに随分ひどい役を与えたと思う」

「今更」

「許してもらえるとは思ってないけどな」


 ゆったりした口調で言う。


 それに一人称が変わっていた。いつもは「私」なのに今は「俺」。一応本気で謝ってきたのだというのは分かる。レインサスは特に気にする様子はなかった。


「でも何も言わないよりはましだろ」


 開き直りか。


 だがそうかもしれない。自分が相手の立場にいたら同じかもしれない。

 ティルズは軽く溜息をついた。


 どうであれ、この男の息子であることに変わりはない。そして、結局は敵わないのだろう。それに、昔と同じ非道な父親じゃないことは、ルベンダや他の兄弟からも薄っすら聞いていた。実際こうして久しぶりに顔を合わせてみても、どこか穏やかな表情をしていることは分かる。だから、昔のようにいつまでも同じであると思わなくていいのだ。


 が、こうして直球で謝れるとこっちもどう返していいか分からない。

 それに、どういう顔をしていいのかも分からない。だから自然と話題を変えてしまう。


「父上」

「なんだ?」

「前のパーティの時、明らかに男の数が多かったですよね」

「ふむ。さすが、洞察力があるな」


 そう言いながら顔は面白がっている。


 つまり分かってはいるのだろう。ここは、冗談を言える場面じゃない。ティルズはすぐさま懐から銀色に光るものを投げる。すると相手は避けた。だが、完全には無理だったようだ。


 レインサスは自分の右頬に何か軽く当たった気がした。

 そしてそれは気のせいではなかったようだ。血は流れてないが、頬が少し切れていた。そして投げられて飛んで行ったものを見る。そこには長い針があり、壁に突き刺さっていた。相手は笑う。


「今時の騎士は厄介な物を持ってるようだな」

「いつ何時、危険に巻き込まれるか分かりませんから」

「そういえばクリック君にも投げたことあるらしいな」

「……姉上ですか」

「あの子もしぶしぶ情報をくれるのだよ。私の子供になったら、抵抗できないようだな」

「それなりに姉たちは分かっているのですよ。俺より年上で、そしてこの世界の過ごし方も的を得ている。…………そう育てたのはあなたじゃないですか」

「で? ほんとはこんなこと言いたいんじゃないんだろ?」


 先を促すような言い方をする。

 そうだ。本当に言いたいことはこのことじゃない。


「――――彼女に手を出すな」


 自分でも低い声だと思った。

 だがこれで威圧を伝えることはできるだろう。


「誰にも渡さない。そして俺は、あなたの言いなりにならない」

「…………なら確実に守れ。並大抵じゃないぞ、あの子は」


 真面目な声色で言われる。

 ティルズは嫌味っぽく笑った。


「あなたのように手は早くないですよ、俺は」

「……確かに、俺は少し気が早すぎた。だから最愛の人をタギーナに奪われたんだろうな」

「父上に眼中がなかっただけでしょう」


 すると少し悔しそうな顔をする。


「それでもタギーナは当初まったく気はなかったんだぞ。むしろ鬱陶しがってた。リアダもリアダだ。どうしてあんな堅物鬼教官が良かったのか」

「俺は少なくとも、父上を選んでなくてよかったと思いましたが」

「な、それはどういう」

「最愛の人って…………どういうこと? あなた」


 びくっとなって声が聞こえた方を見る。


 するとそこにミヨウが立っていた。レインサスは少し口元が強張る。確かに今の発言を聞けば、今でもリアダを愛しているように聞こえるだろう。ティルズは自業自得だと思い、手助けするつもりはなかった。レインサスは完璧に焦ったような口調になる。


「い、いや、違うんだ。これは……」

「リアダさんって言ったわね。リアダさんの名を口にしたわね!」


 どかどかと部屋に入り、そしてレインサスの襟元を掴む。


 いつの間にドアを開けたのか見当もつかないが、今のミヨウは強い。いつもはおっとりとして怒ることもないため、息子であるティルズも珍しくその様子を見ていた。ミヨウは顔が険しくなってレインサスの襟もとをぐらぐら動かす。


「許さない。許さない……!」

「ま、待てミヨウ。俺が、俺が悪かった」

「一番リアダさんを好きなのはこの私よ! あなたなんか比じゃないわっ!」


 ティルズは思わずがくっとなる。

 怒るポイントが違うことに、母らしいというかなんというか。


「だ、わ、分かってる。だから名前出して悪かったって……」

「あなたはいつもそうだわ! 私が生前のリアダさんを知らないことに鼻かけていつも自慢ばかりしてっ」

「じ、自慢じゃなくて話だろっ! お前が聞きたいって言うんじゃないか!」

「だっていつも誇らしげに語るじゃない! 私に対するあてつけなの!?」

「ち、違うって……。違う! 勝手に解釈するな! っておいティルズ、見てないで助けろ!」


 なるほど。ハギノウ家の夫婦喧嘩はこのようなものらしい。


 初めてそれを目にし、少し参考になった。

 喧嘩の内容はかなりくだらないが。


 ティルズはすたすたと部屋のドアまで行き、そして深く礼をする。

 そのまま部屋を出て行った。


「な、ティルズ! 話はまだ終わってな」

「レイン! いいから早く状況を説明しなさいっ!」


 妻に名前の愛称で呼ばれる時は、かなり怒っている場合だ。


 レインサスはごくっと唾を飲み込む。どうやらまたリアダの魅力を妻に語らないといけないらしい。一体何時間語って解放されるのやら。だが心の中ではくすっと笑う。


 短い時間ではあったが、内面的な所で問題のある息子と話ができた。

 そしてちゃんと謝ることができた。すぐに許してはくれないだろうが、それでも、前よりは進んだと思う。少しは、ちゃんとした親子関係になれたはずだ。


 それに、あんなにも人を愛することができるようになっている。

 そして愛されている。


「何笑ってるの! 早くしてっ!」

「はいはい」


 少しヒステリーを起こし気味のミヨウに苦笑し、レインサスはゆっくりと話し出した。

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