第四十三話 助ける意志は変わらない
「……ルーベ、今回は前の仕事と違うんだぞ?」
「そんなこと分かってる! でもこのままじっとしておくなんて、私にはできない!」
「いや、もしかしたらシャナン殿がここに戻ってくるっていう可能性もあるだろ?」
ルベンダは思わず同意しそうになるが、それでも首を振った。
困ったようにノスタジアは頭を掻いたが、ティルズがぴしゃりと強い口調になる。
「駄目です。ここで待っててください」
「なんでだよ!」
「前とははるかに違う事件です。それなりにリスクも大きい。あなたが行っても、何の意味もありません」
思わずうっとなる。
確かにルベンダはただのメイドだ。そして体を鍛えていると言っても、騎士団とははるかに役割などが違う。でも…………でもルベンダは、行きたいと思った。役に立たないであろうことは百も承知。でも行きたい。自分がシャナンの元へ行かないといけないのだ。その思いを、呟きながら伝えようとする。
「……ニストが言ってた。もし朝になっても帰ってこなかったら、ルベンダにでも迎えに行かせろって…………。だから、私がシャナンを迎えに行きたい!」
「駄目です」
ノスタジアが何か言う前に、ティルズが間を入れずにそう答える。
即答で拒否され、さすがのルベンダもむっとしてしまう。
「何でだよっ。それに何でティルズに一番に反対されないといけないんだよっ!」
「駄目なものは駄目です」
「その理由を言えっ!」
「言ってもルベンダ殿はきっと理解してくれません」
「お前こんな時に喧嘩売ってんのかー!!」
「…………二人とも、静かにしろっ!」
いい加減イライラしてきたのか、ノスタジアが止める。思わず掛け合い交じりになっていた二人は、黙ってしまった。少し溜息をついた後、ルベンダに真面目な顔を見せる。
「ティルズの言う通りだ。ルーベ、気持ちは分かるが少し我慢してくれ。これは俺たち騎士団の問題でもある。それに場所も分かっていないのに、無駄足なことはさせたくない。こっちも人数は十分にいるんだ。それに被害がこれで終わるわけじゃない。お前も女だ。心配だから、頼むからここにいてくれ」
兄の親友で昔からずっと一緒にいるせいか、ノスタジアはルベンダの兄のような存在だ。正論と優しい言い方に、さすがにルベンダも何も言えなかった。そして小さく頷き、自分の部屋へ戻る。
ルベンダがすたすたと、でも未練たらたらな様子で戻るのを見て、ノスタジアは少し苦笑する。そして隣にいるティルズの方を見た。相手もルベンダを見ている。その目は、依然の時と違ったような気がした。
「……心配なら心配だと、お前も素直に言えばいいんじゃないか?」
するとちらっとこちらを見られる。
「正直に言っても、あの方にはそんなこと伝わりません」
ノスタジアも気持ちが分からなくはないので、小さく笑う。
「じゃあ俺たちも行く準備をしよう」
「はい」
一緒に足先を早める。
前よりもティルズは、ルベンダに対する態度が微妙に変化していた。二人ならきっと大丈夫だと思っていたが、思った以上のようだ。部下の成長は、上司の喜び。そして兄のような気持ちで二人を思った。
「何なんだよティルズの奴……」
一方ルベンダはかなり苛立ってどすどす歩いていた。
まだ副団長であるノスタジアに駄目だと言われる方がましだ。
なのに間髪入れずに反対されるように言われ、イライラはピークに達している。
「ルベンダ」
とその時、小さく名を呼ばれた。
振り返ればジオだ。少しやつれたような顔をしている。
……きっとシャナンのことだろう。メイド一人ひとりを娘のように大事に思ってるジオにとっては、かなり精神的にやられる出来事だったに違いない。ジオはじっとルベンダの方を見たあと、エプロンのポケット
から地図を取り出し、そしてそれを手渡してきた。
「え?」
ちらと見れば、一か所に丸がつけられている。
だがそこに名はない。場所も行ったことがないので、首を傾げてしまう。
「……きっと、シャナンはここにいるよ」
「!」
そんなことを言われ、ルベンダは思わず相手の顔を見る。
だがジオには表情がなく、ただこちらに視線を合わせていた。慎重に聞いてみる。
「どうして、そう思うんだ? ジオさんは一体、何を知ってるんだ?」
「……シャナンの過去は、少し耳にしていてね。昔この場所で、シャナンはひどい目にあった」
ジオはそう言ったが詳しいことまでは話さず、丸をつけた地図の説明をし出した。
「ここは知る人ぞ知る『漆黒の洞窟』。中が自然の力で空洞化した洞窟になっててね、迷路のようなんだ。一般的には危険過ぎて誰も知らないが、一部の人間は知っている。そう、昔から生きている者はね」
少し声が掠れながらに聞こえた。
だがジオは急に、ルベンダの手をぎゅっと握った。
少し冷たいのは体温が低いせいだろうか。
「……ルベンダ、あんたがシャンナンを助けに行ってくれ」
「私、が?」
「そう。あの子はあんたを励みにしていた時もあったんだよ。皮肉は言ってたが、ルベンダと話している時は、楽しそうな顔をしていた。もうあんたしか、シャナンを助けてやれない……」
祈るようにして握っているルベンダの手を、自分の額に当てる。
ジオは昔からこの寄宿舎にいる。そう、自分の母親のことも知っているくらいだ。ここまで言うとは、よほどのことだろう。ルベンダはすぐに頷き、手を握り返した。
「……分かった。必ず私が連れて帰る!」
そうしてルベンダはその場から走り出した。
時間などいくらあっても足りない。一分一秒でも無駄にはしたくない。その後ろ姿を見て、ジオは小さく息を吐いた。そしてまた祈るように、自分の胸に両手を組んで目を閉じた。
走っていたが、ルベンダははたと足を止める。
正直に言えば、このまま行ってもどうせティルズにまた文句を言われるだけだ。それにノスタジアからも何か言われる気がする。でもやっぱり行きたいしジオとも約束してしまったし……。頭が混乱しそうになったが、少し別の方向性を考えてみた。…………もし自分が男だったら? 行動力がある、という点ではよく騎士の友達に羨ましがられたりする。もし男だったら、行っても文句はなかったかもしれない。だがあいにく自分は女。珍しい赤い髪というのもある……が。
「あ」
ひらめいてしまった。
ルベンダはすぐにある人物の元へ行く。
「フロー!」
「ほえ? ル、ルベンダさんっ?」
たまたま寄宿舎に帰っていたようで、フローはすぐ見つかった。
驚かれたように言われたが、ルベンダは非常に真面目な顔をする。
「ちょっと作ってほしいものがある」
「はぁ……」
相手は目をぱちくりさせた。
だがルベンダはこれに賭けた。
フローであればきっと大丈夫だろうと、期待を込めて。
「じゃあ出発しよう」
ノスタジアが指揮を取って寄宿舎から出発する。
だがそこへ、大声が響いた。
「待ってくれ!」
すぐにルベンダの声だと他の騎士も気づき、振り返る。
だがその姿を見てぎょっとする。そしてティルズでさえ唖然としていた。なぜならそこにいたのはルベンダであってルベンダではない。というか、格好がまるで違っていたからだ。
「……え、ルーベ、だよな。ファー……じゃ、ないよな?」
ノスタジアが目を疑うのも無理はなかった。
ルベンダの象徴ともいえる長い赤髪が、今や肩より短い亜麻色の髪になっている。瞳の色など根本的な部分は変わらないが、格好もどこで手に入れたのか軍服だ。つまり、騎士の姿になっている。髪色といい長さといい、兄のファントムと似ているため、驚きを隠せない。
「えーっと……何でそんな格好してんだ?」
「男なら、騎士ならいいんだろ。頼む、一生のお願いだ。この時だけ新米の騎士として連れてってくれ!」
呆れるような願いだ。
そこまでするとは、さすがのノスタジアも予想外だった。
髪は実際切ったわけじゃない。フローによって、長さも色も自由自在に変えられる薬品を作ってもらったのだ。そして見た目も少しがっちりして見える。実際はそうじゃないのだが、相手の錯覚によってそう思わせるという、これまたフロー特製の薬の効果によるものだった。ひとまずそれだけは先に説明しておく。だがノスタジアは感心すると同時に、何度も頷いた。
「やっぱり兄妹だな。ファーによく似てる。しっかしお前、男装似合うな。かなり美少年だぞ」
「お、そうか? 良かった。男に見えるなら上等だ!」
「…………仕方ない。ここまでされたのなら、連れてってやるよ」
「本当か!」
「ああ、ただし……」
ちらっとある人物に視線を向ける。ルベンダは「?」と思いつつ、その方向へ顔を向けてぎょっとする。ノスタジアは少し諦めたようにして言った。
「ティルズを怒らせたようだからな。お前責任取れよ」
見れば冷ややかに、それでいて怒りの眼差しでこちらを見る青い瞳。
それはいつか見た、「氷の貴公子」と呼ばれていた時の顔と同じなわけで。……さすがのルベンダも顔が引きつってしまった。だが、それでも後には引けない。
「な、何だよっ。文句あるなら言ってみろ!」
「…………別に」
ぷいっと顔を背けられた。
言い返さなかったのが少し不思議に思ったが、文句はないようなので少しほっとする。もちろん顔色は全然変わらず嫌そうにしているが。ノスタジアは苦笑してそれを見ていた。
ルベンダは思い出したように先ほどジオから聞いた話をする。
するとその場にいたレゲンドが怪訝そうな顔になった。
「何すかそれ。何でジオさんはそんなこと知ってるんすか?」
「そ、それは私にもよく分からないんだが……」
あの時はシャナンを助けることしか頭になかったため、そこまで考えられなかった。だが改めて聞かれると、確かに不思議だ。だがジオは余計なことや無駄なことは言わない。
ノスタジアも頷いた。
「話では、そこにシャナン殿がいる可能性が高いというわけだな。無駄に場所を探し当てるより効率がいい。とりあえず行ってみよう。……そういえばスガタは?」
「すでに他の者と一緒に別の場所を探しています」
ティルズの言葉に、数人の騎士が憐れみのような眼差しを向けた。
シャナンの話を聞いてから、スガタは人が変わったようにずっと顔を歪ませていたからだ。無理もない。自分の祝福の相手なのだから。それほどシャナンのことを大事に思っているのだろう。
「じゃあスガタをその洞窟に来させるようにしてくれ」
ノスタジアが命令した後、ルベンダたちも洞窟へ向かう準備をした。
「ルベンダ」
呼ばれて振り返れば、ノスタジアが真面目な顔でこちらを見ていた。
「何度も言うようだが、これはかなり危険だぞ。それでもお前は行くんだな?」
「当たり前だ。迷いはない。それに自分のことは自分でなんとかする。迷惑はかけないつもりだ」
ルベンダも同じように相手の目を真っ直ぐ見て、そして言い切った。
だが少し溜息をつかれる。
「お前らしいな。ただ、お前がどうかなったら俺はファーに殺されるんだが」
ノスタジアは、ファントムから留守中妹のことを頼むと言われているのだ。それをルベンダも思い出し、苦々しく「あー……」などと迷ったような声を出した。が、苦笑する。
「ま、その時はその時で」
「どう責任取るんだよっ。……まぁいい。お前はティルズと一緒に行動しろ」
「えー!? 何であいつと!?」
「嫌なのか?」
「だって……今も不機嫌そうな顔してるし」
ちらっと振り返れば、しれっとしたようにティルズは黙々と準備をしている。だが雰囲気でまだ怒っているのは感じる。できるだけ今以上に相手を怒らせたくないのだが。
「元はと言えばお前のせいだろ。大丈夫だ。お前らなら行けるさ」
「でも……」
「前も言ったろ? 頭脳派のティルズと行動力抜群のルベンダ。この組み合わせが見事にマッチしてると思うんだよ、俺は」
「うう……」
最後まで渋ったような声を上げていたが、頑として引きそうにないノスタジアに文句は言えない。しかも連れて行ってほしいと言って承諾してくれたのだ。副団長としてのメンツもあるだろうし、父である団長にも秘密にしておいてくれるはずだろう。きっとタギーナに言ったら反対されるに決まっている。それに、信頼はしてくれているようだ。やがてルベンダは小さく頷いた。
「……分かった。頑張る」
「ああ、頼むぞ」
そう言うとルベンダの頭を撫でてくれた。
優しく大きい手が頭に乗り、ほんの少し嬉しくなる。
兄と離れてかなりの年月だ。いくらもう十八と言えど、寂しいものは寂しい。このように兄のような存在が身近にいてくれ、ルベンダは本当に良かったと思った。
そして必ずシャナンを助けると、心に固く誓うのだった。
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