第三十九話 ワイン色のドレスで

 次の日。


 急にパーテイをすることになり、早朝からその準備で大忙し。


 屋敷の使用人たちがせっせと動いている間、その親子たちを含む他の者は、それぞれが着る服に身を包んでいた。ちなみにルベンダは髪をアップし、小さい花びらを持つ白い生花を飾っている。そしてドレスは鮮やかな赤……の色より少し濃い感じのいわばワイン色。選んだのはもちろんルベンダ本人ではないのだが、赤い髪と合わせたのではないかと勝手に考えた。


 かなり派手な色に、鏡の前の自分は少し渋い顔をしている。

 だが傍で見ていたミヨウは感激するよう顔を輝かせ、しきりに呟いていた。


「ああ、リアダさん。リアダさんがここにいらっしゃるようだわ……!」

「……お母様、ルベンダさんであることは分かっていますわね?」

「ええ、もちろんよアレスミ。……でも、ああ。リアダさん! リアダさんだわ!」


 アレスミが色々フォローはしてくれているのだが、さっきからずっとこの調子だ。母を慕ってくれるのは嬉しいが、ルベンダはただ苦笑するしかできなかった。


 そして、ちらっとハギノウ一家を見る。


 皆律儀に揃い、そしてそれなりにパーテイ用の礼服だ。

 金と銀の髪色に、似た瞳の色。ルベンダはじっと見て心の中で悟った。


(とんでもない美形一家だな)


 皆がそれぞれ輝いて見える。


 これが貴族というものか。いや、もともとレインサスやミヨウの容姿がいいのも関係しているだろう。だがこうも人数があると(兄弟の数が多いため)、見ていて眩しい。思わず自分が場違いのように感じてしまった。少し溜息をついていると、ばちっとティルズと視線が合う。仕立てのいいタキシードを身にまとい、髪もセットされていた。一緒に大仕事をした時とまた雰囲気が違うが、よく似合う。


 思わずぼーっと見ていると、ティルズは何やら口を動かした。

 ちょっと距離があるので、口パクで何か伝えてくれているようだ。用心深く読み取る。


「き・れ・い・で・す……はっ!?」


 思わず叫びそうになったが、慌てて手で隠した。

 するとティルズはくすっと笑う。


 恥ずかしくなって思わず顔を背けてしまう。

 そう言ってもらえるのは嬉しかったが、そんな表情を見せるのはちょっと癪だ。それに、昨日のことを忘れているわけじゃない。このパーティーでも何かあるかもしれない。だから常に注意する必要がある。緩んだ頬に気合を入れて、辺りを見渡した。


 それにしても、さすがはハギノウ家の使用人たちだろうか。


 用意された会場は華やかに変身していた。多くの丸テーブルに白く輝くテーブルクロス。そしてその上には庭で切られた花が飾られ、美味しそうな料理が並んでいる。それにすでに客人たちは集まっていた。手にはグラスを持ち、何かつまんだりしている。違う世界にいるような気がして唖然としている間に、ハギノウ家の子供たちは動き出した。


「ごきげんよう」

「あらアレスミ様。これはこれは、今日もまた素敵なドレスですわね」

「ええ、新しいデザインですの。私は常に新しいものが好きですから」

「まぁ。今日はご主人は?」

「仕事ですわ。せっかくですけれど、家族で過ごしたいと思いまして」

「ほほっ。そうでしたの。そういえば、賭け事がお好きとお聞きしましたが」

「そんな大層なものでは御座いませんわ。ただのゲームです。趣味みたいなものですわね」

「まぁ、毎日が充実してらして、なんて羨ましいのかしら」

「アレスミ様は常に勝つお方ですものね」


 楽しそうに貴婦人や同じ歳の令嬢と高笑いをしている。


 さすがはアレスミだな、と感心してしまう。手慣れた様子で会話に参加していた。しかも、いつもとちょっと違う顔をしている。きっとあれがこの場での彼女の顔なのだろう。演技力もこういうところで役に立っているのだろうか。感心しながらそれを眺めていると、ウルフィが他の貴族と話をしているのが聞こえてきた。


「これはウルフィ様。そういえば先日、私の娘を助けてくださったそうで」

「いいえ。あまりにも綺麗な方で、思わず声をかけてしまっただけですよ」

「これはまた上手いことをおっしゃる」


 ははは、と嬉しそうに男性が笑う。

 するとルガナがにやっとしながら会話に入ってきた。


「兄貴はファミニストだもんな。俺は乗馬とか弓を打つ方が好きだけど」

「おや、これはルガナ様。そういえば、前の乗馬大会では賞を獲得したと聞きました」

「あー、でもあんなの俺にとっては通過点。もっと強い奴が出てくれたらいいのに。腕がなまるんだよな」

「さすがでいらっしゃる。何かあった場合もルガナ様が守ってくれそうですな」

「ええ。ルガナは僕らの用心棒みたいなものですから」

「おいおい、どーゆー意味だよ」


 それぞれで楽しんで話している様子だった。


 貴族というのはこんな感じなのか。聞いていれば皆、自慢話ばかりな気がする。あんまり自分と関係ないためそこまで気にしないが、少し変な感じだ。眉を寄せながら見ていると、急に後ろから声をかけられた。


「おや? あなたはもしや有名なあの小説の娘さんでいらっしゃる……」

「ルベンダです」

「そうそう、ルベンダさんだわ! まぁ、こんな所で出会えるなんて! 私、ファンですの!」


 高齢の夫婦が声をかけてくれた。女性が手を伸ばそうとしたところ男性が慌てて止めたのだが、ルベンダは迷わず手を取った。お礼を言いながら微笑むと、一瞬目を丸くされたが、同じように微笑んでくれた。そしてルベンダは他愛のない話をした。主に内容は両親の小説のことだったが、楽しく話すことができた。


 貴族の中にもこんなにも気さくな方がいたのを知り、そして母を好ましく思ってくれ、ルベンダは嬉しくなった。そのまま話し込んでいると、老若男女関係なく、ルベンダの周りに集まってくる。ルベンダの赤い髪で気付いたのだろう。ほとんどの人が物語を知っていたようで、そのまま話し込んでしまう。その様子を、ハギノウ家の兄弟たちは横目で見ながら微笑んだ。そして自分たちに与えられた、お客様への接待の役割を果たしていった。


 …………だが、傍で見ていた二人の令嬢は、顔を歪ませていた。


「何よあれ。ただのメイドに、なに皆が騙されているのか」

「本当ね。卑しい身分でこんな場所にいることが信じられないわ」


 そして馬鹿にするようにくすくすと笑う。

 笑っている間二人のお目当ての人物が傍を通りかかり、すぐに声をかけた。


「ティルズ様!」

「お久しぶりですわ!」


 少し猫なで声で言い、とびきりの笑顔を向ける。


 ティルズはしばらく二人を見て、遠慮なく眉を寄せた。


 昔もよくレインサスがパーテイを開き、ティルズは命令されるがまま参加していた。そして参加していた令嬢の相手を任され、とにかく笑みを絶やさず相手の気のすむまで相手をしていた。目の前にいる令嬢たちは、昔相手をしたことがある。あの時は嫌でも相手をしていたが、今はその義理もない。昔と変わり、父に従う気などないティルズは、すぐに冷めたような声を出した。


「――――失礼ですが、連れの悪口を言う方に知り合いなどいません」

「えっ」

「彼女は自分に正直に生き、そして仕事に誇りを持っているだけです。……少しは学習して、出直して来てはいかがです?」

「っ……」


 令嬢たちは悔しそうに口を閉じる。


 ティルズは言いたいことだけ言うと、ルベンダの方へ視線を向けていた。他にもティルズに寄っていく令嬢の姿は見られたが、同じように素っ気ない対応だ。昔と違う態度や、ルベンダに対する好意がありありとみられ、彼女たちはますます敵意を向ける。


「何よ。あんなのただのインチキだわ」

「信じられない。ティルズ様まで騙すなんて……!」


 しばらく様子を見ていたが、一人の令嬢が自分の持っていたワイングラスを見てにやっとした。そしてもう一人に向かって含み笑いをして言う。


「ねぇ。あの全身真っ赤なメイドに、このワインをかけるとどうなるかしら?」


 するともう一人はにやっとした表情になる。

 そしてくすくすと音を出して笑い出した。


「赤いワインじゃ、かかったかどうかも分からないわよ」

「そうよね。同じ赤でひどい目に遭えばいいんだわ」


 そして注意深く見て、チャンスを窺う。


 ルベンダが一人輪の中から抜け出そうとした時、令嬢がワインをかけようとした。と、その時。令嬢の策略を傍で見ていたセルが、タイミングよく令嬢の体に向かっていった。


「!? ちょっとっ!」


 急に現れた少年により体勢が崩れ、ワインの中身はルベンダとは別の方向へ飛んでいく。令嬢の大声でルベンダは何が起きたのか瞬時に理解し、すぐさま飛んでいる場所に目をやった。すると金髪の令嬢にワインがかかりそうになる。直前で気づいた相手が顔を伏せようとしたとき、バシャッとワインがかかった音が響いた。


 その音で会場が一気に静まる。皆が注目した先には、赤いワインでびしょびしょになったルベンダの姿があった。間一髪のところで庇ったのだ。


 ルベンダは自分のことなど気にせず、すぐに後ろにいた金髪の令嬢に声をかけた。


「大丈夫ですか」

「え、ええ。でもあなたが……」


 心配そうにこちらを見てくれる令嬢の瞳は、自分と似たパープル色の瞳だ。

 それだけで親近感がわき、ルベンダは自然と笑顔になった。


「私は大丈夫。あなたが無事で良かった」


 そう言ってくるっと体の向きを変えると、先程の令嬢二人組を見る。

 そして真面目な顔で言った。


「彼女には謝っていただけませんか」


 すると令嬢たちは少し口ごもる。

 強気な一人の方は、きっとルベンダを睨んできた。


「元々あなたがいけないわ。貴族でもないくせにこんな所に来て」

「そ、そうよ! 皆にちやほやされて調子に乗ってるんじゃないわよ」


 するとルベンダは上げていた髪留めをほどき、そして長い髪を振り下ろした。ただそれだけで、令嬢たちはびくっと体を縮める。ルベンダは少し厳しい目で二人を見つけ、そして啖呵を切った。


「悪いことをしたのなら相手に謝る! それは貴族もメイドも関係ない! 人として大事なことです!」


 ほんとは怒鳴りたいくらいの勢いだったのだが、相手は一応身分があるため、どうにか敬語でそう言った。だが二人はまだ諦めずに言い返してきた。


「な、なんですって!? あなた、お父様に言いつけるわよ!」

「ここにいられなくすることもできるんだからっ」

「―――――それは、こちらのセリフでしょうかね。お嬢様方」


 終止を打つように言ったのはレインサスだった。


 二人は身を強張らせ、相手の顔を見る。レインサスの顔は笑みがあったが、なぜか目は笑ってなかった。そして一言、二人の耳元に聞こえるように呟く。


「あなたたたちはもう用なしです」

「「!!」」


 すっと離れれば、二人はすとんと床に座ってしまった。

 レインサスはまた微笑み、自分の使用人を呼ぶ。


「お客様のおかえりだ。馬車の用意を」


 そしてそのまま強制退場させられることになった。


 ルベンダはその様子を見ていたが、唾を飲み込んでしまった。

 優しかった昨日までとは違い、平気で切り捨てるような言い方をしたレインサスに対し、何とも言えない気持ちになる。だがレインサスは、先程のことをすぐに忘れたようにまた笑い、客人たちに話しに戻るように指示する。他の貴族たちも見ていないふりをし、また自分たちの会話に戻っていった。


 ルベンダはしばし唖然としていると、先ほど助けた令嬢がハンカチを持って顔を拭いてくれた。


「助けていただいて、ありがとうございました」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」


 慌てて遠慮するような姿勢になるが、相手は心配そうにこちらを見ている。


 とその時、急に視界が白くなった。

 誰かがタオルを頭から被せてきたのだ。


「わっ!?」

「すぐに拭かないと風邪を引きますよ」

「おまっ、だからって乱暴なっ……」


 すぐにでも怒鳴りつけようと考えたのだが、ティルズが令嬢の顔を見て目を見開いていたので、続きの言葉を口にすることができなかった。肩まで金髪の髪を伸ばし、そして小さくも美しい真珠の髪留めをした令嬢は、ティルズの顔を見て同じような顔をする。


「……ティルズ様?」

「マリ、アナ殿?」


 二人はまるで運命の再会の果たしたように、お互いを見つめ続ける。


 ルベンダは訳が分からず、ただ二人の様子を見ることしかできなかった。だがしばらくしてからアレスミがやってきて、ルベンダはすぐに浴場へ案内される。案内される間も見つめあっている二人を見て、ルベンダは気になって自分のことなど考えられなかった。


 案内されて、すぐに浴場のドアの近くまで来る。

 入ろうとしたが、なぜか手が止まってしまった。


 あの二人は知り合いなのだろうか。お互い貴族なのだ。面識くらいはあるかもしれない。だが少なくとも、ティルズは嫌そうな顔はしていなかった。女性嫌いと聞いたのに、先ほどの令嬢はいいのだろうか。見

た目的にも麗しく、そして性格も優しそうで穏やかな感じだった。小柄でいかにも女の子風で、自分とは全然タイプも違う。


 ルベンダはしばらくその場に立ち尽くしてしまった。

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