第三十八話 守りたい

 ティルズも家に帰ってきたことで、皆でリビングに集まる。


 だが肝心のティルズは少し仕事を片づけたいらしく、部屋の方へすぐ行ってしまった。入れ替わりのように紅茶を持って現れたのは先ほどの使用人の女性。名はマーサで、長い間この屋敷でお世話をしているらしい。皆の元へ紅茶が渡ったことで、リアダに関する話が始まった。


「リアダはいい子で一直線な所があったな。常にタギーナばかり見て、ちっともこっちの視線には気づいてくれなかったよ」


 少し苦笑気味にレインサスが語る。

 言い方からして、母に気があったのだろう。それはルベンダでも伝わった。


「でも皆に優しかったからかな、危なげな人に連れて行かれそうになった時もあったり。その時は女性に興味のなかったタギーナでさえ、慌ててたなぁ」


 楽しそうに笑いだす。


 母の自由すぎてすぐに相手を信用してしまう所は知っていたため、今度はルベンダが苦笑しだした。他にも髪色のことでいじめられたりしても、決して弱音を吐かずにへらへら笑っていた、と父が言っていたことを思い出す。なんだかんだ言っても、皆を大切に思う強い心の持ち主だったのだと思う。


「私は実際会ったことはないの。少し見かけたとか、噂ばかり。私は他国からここへ来たから」


 今度はミヨウが話し出した。


 なんでもここよりもっと寒い雪国の生まれらしい。

 だから雪の降るこの地域は、故郷を思い出すから好きなのだと答えた。縁あってこの国に来てレインサスに会い結婚できたようだが、少しだけ寂しそうな顔になる。


「私もリアダさんと直接会って、話してみたかったわ」


 ルベンダは何も言えなくて、ただ頷いた。

 そしてまた紅茶を口に含んでいると、ミヨウが思い出したように声を高くした。


「あ、そういえばルベンダさん。ティルズとお付き合いしているのよね?」

「ぶふっ!!」


 盛大に吹き出す。


 おかげでテーブルクロスを濡らしてしまった。

 慌てて布巾で拭いていると、マーサもタオルを用意してくれた。ルベンダは自分の失態に顔が赤くなる。その通りなので平然としていればよかったのに、どうにもできなかったようだ。


 するとフォローのように、アレスミが代わりに答えてくれた。


「まだお付き合いを初めて間もない関係らしいですわ。本人たちの意志もあるでしょうし、見守ってあげましょう」


 ルベンダはそう言われて思いきり頷く。


 前までは散々からかったきたようなアレスミだったが、ここではどうやら助けに入ってくれるようだ。正直助かる。するとミヨウは素直に納得して笑ってくれた。唯一レインサスがちらっとこちらに視線を寄越したが、ルベンダは気付かないふりをしておいた。そして他愛のない話が続いていった。


 ルベンダの部屋がどこか、マーサが案内してくれた。


 こんなことになるとは思っていなかったので荷物は極端に少ないのだが、レインサスが涼しい顔で「こちらで用意するから」と言ってくれた。贅沢はしたくない主義なのだが、一応父の友人であれば問題はないだろうと思って承諾しておいた。あと勘で、あまり逆らわない方がいいと思ったのだ。


 部屋に入ってみれば、何でも揃っている風でなかなか華やかだった。

 持ち物一つ一つが高価に見え、迂闊に触りたくない。


 少し悩んでいる様子でたたずんでいると、急に部屋をノックされた。返事をして部屋を開ければ、そこには自分の胸辺りの身長の少年。あまり手入れしていないのかふわっとなっている銀髪に青緑の瞳で、ルベン

ダはぼけっとその顔に見入っていた。なぜなら幼少期のティルズに似ているのだ。ぼんやりとした表情はちょっと違うが、それでもよく似ている。


「えっと、君は?」

「…………セル」


 小さい声で答えられた。

 ルベンダは頷く。


「そうか。私はルベンダと言う」

「ル……ダ?」


 間を空けられてそう言われた。


 思わず吹き出しそうになる。最初と最後の文字しか言えていない。

 それがなぜか可愛く思い、ルベンダは笑いながらセルの頭を撫でた。


「ルダか! いいなその名前、気に入ったよ。私のことはそう呼んでくれ」


 すると心なしか、セルは嬉しそうに微笑んだ。笑うといい顔をする。ますますティルズにそっくりだ。そう思っていると、すっと誰かがこちらに向かって歩いてきた。


「ここにいたのか」

「あ……!」


 セルが高い声でそう言った。


 思わずルベンダも同じことを言いそうになる。そこにはティルズが立っていた。セルはすぐにティルズの背に隠れ、ぎゅっと服の裾を掴んでいた。その様子も可愛らしい。ルベンダがまだ微笑んでいると、相手と目が合った。紹介をされる。


「俺の弟です」

「お前、弟もいたんだな。なかなか可愛い子じゃないか。昔のお前と容姿だけ似てる」


 すると片方の眉を上げられた。

 どうやら言い方に少し納得いかないようだ。


「セルは他の子供より言語能力を理解するのが遅いんです。故に相手と話すのが苦手だったりします。ですが、俺と同じで頭はいいですよ」

「少し余計な付け足しがなかったか?」

「ルベンダ殿よりも頭がいいですよ」

「やかましいわっ。わざわざ言わんでいいっ!」


 少し言い合いをしていると、また別の足音が聞こえた。


 しかも二名。これまたティルズとよく似ている。

 思わず目を白黒させていると、相手の二人がこっちを見て笑ってきた。一人は肩まで伸びている銀髪に緑の瞳。もう一人は金の短髪に緑の瞳。耳には複数のアクセサリをしていた。


「ティルズ、おかえり」

「ようやくお前も帰ってきたんだなー」


 優しい声音の青年と、咎めるような、それでいてからかいの含まれた言い方をする青年。全く訳が分からない顔をしていると、ティルズがまた説明しだした。


「ルベンダ殿。兄です」

「え!?」

「ティルズ、少し説明が雑じゃないかな?」

「大雑把にすんなよ」

「お二人に言われたくありませんが。……銀髪の方が長男のウルフィ。金髪の方が次男のルガナです」


 嫌々でも簡単に名前だけ説明してくれた。


 これまたタイプの違う感じだ。

 ウルフィは物腰柔らかで人辺りがとても良さそうだ。そこは父に似たのかもしれない。だがルガナは最近の青年っぽい感じで、色々遊んでいるように見える。そこは両親に似ていない。というか……。


「一体何人兄弟なんだ?」

「五人です」


 さらっと答えられたが、少し理解が遅れた。

 いや、大家族なのはとてもいいことで素晴らしい。だがティルズにこんなにも兄弟がいたことに少なからず驚いてしまった。はあ、と感心の溜息しかでない。するとウルフィがくすくすと笑いだす。


「年齢順に分けるのなら、僕、アレスミ、ルガナ、ティルズ、セル、かな?」

「まぁ、そこまで気にすんなよ」


 そしてルガナがあっさりと言い放つ。


 なるほど、自由そうな性格は母親譲りのようだ。

 やはり両親に全く似ていない所はないらしい。なんだかすごい。


 すると、ウルフィが思い出したようにこう言った。


「そういや二人に伝えようと思ったんだ。明日、急にパーティを開くらしい」

「パーティ?」

「ああ。何でも得意先の貴族の招待が多いようで……」


 そこで話を止め、ちらっとティルズの方に視線が向けられる。


 ルベンダはその理由が分からなかったが、表情を見てはっとする。

 いつかに見た、冷めて相手を見下すような顔だ。少し息を呑んでいると、ウルフィはまた言葉を続けた。


「あの父上の提案だ。ティルズ、行けるか」


 また皆が、ティルズの方へ視線をやる。


「――――大丈夫です」


 すぐに答えたので、ルガナは面白そうに笑う。


「へぇ? なんでだよ?」


 するとティルズはそれには答えず、急にルベンダの腕を取った。

 そしてそのまま部屋に入り、ガチャっと扉を閉められる。




「「「…………」」」


 残された三人はしばし黙っていたが、ルガナがぶすっとした顔で文句を言い始めた。


「なんだよあいつ、質問には答えるべきだろ?」

「僕たちには言いたくなかったんだろうね」

「……ルダ、は?」


 小さくセルが聞く。

 二人は一瞬ルダが誰か分からなかったが、すぐに理解して笑う。そしてウルフィは答えた。


「むしろルベンダさんなら、いいのかもしれないね」


 するとけっ、とルガナは吐き捨てるように言う。


「相変わらず弟のくせに生意気な奴」


 それに対してウルフィは微笑むだけだ。

 そして話題を変えた。


「それにしても、いい子そうだね。あの子」

「ん? ああ、ルベンダか。むしろティルズにはもったいないな」

「それは同感だね。……でも彼女なら、ティルズの過去も癒してくれそうだね」

「…………」


 ルガナは真面目な顔をして聞いていた。

 さっきまでのからかいもなく、馬鹿にした様子でもなかった。


 何か考えているのか、ウルフィは小さく名を呼んだ。


「ルガナ」


 するとはっとしたのか、「悪い」という言葉が返ってきた。

 ウルフィはそれに対し頷くだけだ。


「大丈夫だよきっと。あの二人なら」

「……ああ」

「ティル……兄。どう……したの?」


 少し悲しみを込めたような声が下から聞こえ、ウルフィは苦笑した。

 ルガナはそちらを見ようともしない。


「大丈夫。ほら、せっかく帰ってきたんだ。セルもティルズと遊びたいだろ?」

「! うんっ。ルダも!」

「ははっ、ルベンダさんを気に入ったようだね」


 ウルフィはセルに笑いかけた。すると相手も嬉しそうに笑う。

 セルの頭を撫でながら、ウルフィは少し先のことを考えていた。







「…………ティルズ?」


 ルベンダが滞在する部屋のドアを閉められ、少し困惑しながら聞いた。

 部屋に入った瞬間、抱きしめられたのだ。


 だがティルズはしばらく黙ったまま、腕に力を込めた。

 ルベンダはそれ以上何も言えず、ただ身体を預ける。


 先ほどの表情とウルフィの言葉。


 昔のことが関係しているのだろうと思い心配したのだが、やっぱり大丈夫じゃなかったのだろうか。だがしばらく経ってから、力が緩む。そして見れば、元の無表情に戻っていた。微妙に微笑む。


「大丈夫です」

「本当か?」

「俺が嘘をついたことありましたか?」

「……でも、辛そうに見える」


 そっと頬に触れながらルベンダが言うと、ティルズはふっと笑った。

 そしてもう一度抱きしめた。


「本当に、あなたには敵いませんね」

「な、なんだよそれ……」


 照れ隠しでそんな言い方になってしまう。

 だがティルズは気にしなかった。


 ルベンダも、その後は黙っていた。思えば、こんな風に話すだけでなく、触れることも久しぶりだ。いや、つまづいた時、ルベンダから抱きついた時以来だろうか。お祭りの時から手を繋ぐのは自然になったが、こうやってまともに抱きしめられるのは初めてだ。躊躇なく触れてくれるのは、きっと前のことをお互いに気にしなくなったからだろう。


 しばらくすると、すっと身体が離れた。

 小さく「すみません」と謝られ、すぐに首を振る。


 するとティルズはぽろっと言った。


「離れてる時が長かったので、寂しかったんです」

「……え」


 さらっとそんなことを言われて、思わずどきまぎする。


「わ、私も、寂しかった」

「一緒ですね」


 ふっと笑って、抱きしめる。これで三度目だ。


 今日はなんだか素直だ。でも、無理もないかもしれない。

 騎士団でも頭を悩ませる事件。それでいて、休めるだろうと思って帰ってきた家には、あまり仲が良くない父親もいる。ティルズからすれば、居心地が悪いのかもしれない。


「……ルベンダ殿がいてくれてよかった」


 耳元で呟くように言った。

 それにルベンダも答える。


「ティルズの役に立ててよかった」


 すると少しだけ笑う声が聞こえてくる。

 そんなに自分の発言は面白かったのだろうか。


 思わず不服な顔をすれば、ティルズは笑いながら首を振った。

 そういうわけではないらしい。


 だがしばらくして、真面目な顔になる。


「気を付けてくださいね。父は外面がいいんです」

「そ、そうなのか?」

「はい。それだけ厄介ということです。地位と名誉を上げるため、容赦なく自分の子供も使います」


 思わず目を見張ってしまった。

 が、ティルズには身に覚えがあるのだろう。


「……客人であるあなたを、上手く利用する場合もあります」

「! まさか、そんなことはないっ」


 思わず叫んでしまった。


 今日話して思った。あんなにも母を愛してくれ、そして語ってくれた。それにミヨウも優しく微笑んでくれた。そんな素敵な当主であるはずのレインサスが、私欲のためにルベンダを呼んだとは思えない。それに、ティルズのことを聞きたいと言われたのだ。そのためにここに呼ばれたのだ。だからルベンダは、思わず強く否定した。すると相手は、冷静にこちらを見る。


「あくまで仮定ですから。そこまで取り乱さないでください」

「だって……違う。そんな人じゃないよ」


 思わず困惑してティルズを見れば、急に肩を掴まれた。


「俺は幼少期、父に従ったせいで色んなものを失いました。でももう何も失いたくない」

「……ティ」

「何があっても、ルベンダ殿だけは守ります」


 予想もしない言葉に顔が火照る。

 何も言えなくて見つめたままになると、またふっと笑われた。


「明日は朝からばたばたすると思います。早めに身体を休めた方がいいですよ」

「え、あの、」

「では」


 ルベンダが言う前にティルズは部屋から出ていく。


「…………」


 一人取り残され、ルベンダは思わずその場にへたり込んだ。

 目まぐるしい展開に、頭を抱える。


(ティルズ……)


 父親と何があったのか分からない。

 でもここにいれば、それも分かるようになるのだろうか。


 ティルズの思いとレインサスの考え。

 家族というのは、本来一つとなって温かいものだ。


 多くの兄弟とも今日会えたが、皆がティルズのこと思っているのは目に見てわかる。でもティルズはきっと、過去から抜け出せていない。きっと苦しい思いをしている。だったら。


「……私がお前を守るよ」


 ティルズは守ってくれると言った。

 なら、自分も守りたい。守られるだけの存在でいたくない。


 両手を握りながら、ルベンダはそう強く誓った。

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