第三十六話 誓いの言葉
お祭りの一大イベント。
それが「誓いの儀式」。主にやる時間帯は夜で、その間に人がわんさかと集まってくる。ちゃんと高台が用意されており、そこだけが明るくライトアップされていた。そんな派手な場所で誓いをするのだ。悪く言えば国中の人に自分が誓った内容が知れ渡るわけで、その誓いからは逃げられないといっていい。
徐々に人が中央に集まっており、ルベンダたちも到着していた。
注意深く知り合いがいないか見てみたが、今のところ見当たらない。そのことにほっとするべきか、いつ会うのかはらはらしておくべきか。とりあえずティルズと離れないよう手は繋がったままだ。
ちらっと見ると、高台の上に一人の男性がいた。
いかにもびしっと上質のいい上着を羽織り、きらきらと顔が輝いている。それは見た目ではなく、その表情だ。何やらマイクらしき棒のような物を持ち、その人物は叫んだ。
「レディースアーンドジェントルマン! 『誓いの儀式』の会場へようこそ!」
観客たちから声援が上がる。
だがティルズとルベンダは半眼でそれを見ていた。
ちなみにティルズはそのまま手で顔を押え、溜息をついていた。
「神聖なはずが、お祭りの熱気でどんどんおかしくなったせいかもしれませんね……」
まだ誓ってもいないのに、げんなりな表情をしていた。
ティルズからしたら、あのテンションに付き合うのが嫌だと言っているようなものだろう。だが高台の男性は一つ咳払いをし、皆の声を静めた。
「今から様々な方に誓いをしてもらいます。……おっと自己紹介が遅れましたね、私の名はセノーヒ・ブイ! ちなみに各場所で司会を務めさせていただいております。主に仕事内容は結婚式の司会でしょうか。この国一大イベントに携わることができ、いや何とも名誉なこと! 『誓い』と言う内容なだけにいかにもおめでたい式かと思いきや、それ以外もあるようでござますね。いやはや今から楽しみでなりません!」
すると観客たちがどっと笑う。
司会の仕事が多いのか、滑らかな言い方はさすがのように思った。
だが職業病なのか、ぺらぺらと話が長いのは余計な気がする。周りは楽しんでいたが、ルベンダは苦笑。そしてティルズは顔が歪んでいた。セノーヒはまた咳払いをし、すっと片手を上げる。どうやら今から進行を開始するようだ。
「……さて、それでは今から始めましょうか! 最初に誓いを告げる方はー?」
「俺!」
すっと手を上げたのはまだ小さい男の子だ。
元気よく高台まで走る。セノーヒは、にこにこしながらマイクを少年の口元に向けていた。果たしてそのマイクは意味あるのか。……それは考えない方がいいのだろう。
「じゃあお名前を」
「アラン! 俺は大きくなったら、絶対お母さんとお父さんを養うんだ! 今の貧乏暮しから抜け出して、皆を幸せにする!」
堂々とした誓いに、周りはおお~と感心したような声を出す。
アランという少年の家族は苦笑したり恥ずかしそうな顔をしていたが、それでも息子の宣言に微笑ましく見ていた。なかなか可愛らしい。ここでセノーヒが一言付け足す。
「うんうん、何とも親孝行な誓いですね。大人になってもその気持ちは大切にしていただきたいです。さて! どんどん参りましょう! 次の方ー!」
参加者の人数が多いのか、セノーヒはすぐさま次の人を呼んだ。
それからどんどん皆が誓いをし始める。
「来月までに二十万貯めてやるぜ!」
「庭に咲き始める花の世話を一生していきたいねぇ」
「早くカフェの仕事に慣れます!」
「『癒しの花園』のメイドさんになるの~!」
老若男女、色んな人が異なった誓い……もはや目標なことを言っていく。
ルベンダは聞きながら新鮮さを感じていた。
この国で暮らす人たちと交流はそれなりにあるが、皆が皆、目標や夢を語ることはない。自分の胸に閉じ込めてしまう人もいるだろうし、この儀式は言わば自分の思いを叫んでいるようなものだ。それに誓った内容は自分が叶えなければならない。いい舞台でもあり、皆がこぞって誓うのも分かる気がする。
そしていよいよ、自分の友の出番が来た。
少し緊張しているのか、ハイムは顔が硬直していた。
騎士のくせに格好のつかない奴だなと、呆れてみる。だがその傍にいたクリルは応援するように笑みを深くしていた。こんなに可愛らしい恋人がいるのなら、少しは心強いだろう。ハイムもぎこちなく笑っていた。
そして高台に上がる。
すかさずセノーヒがマイクを向けた。
「さぁ! お名前と誓いをどうぞ!」
一度唾を飲み込み、ハイムはふうっと呼吸をした。
そしてゆっくりと言葉を噛みしめながら、話し始めた。
「俺の名はハイム。…………俺は、俺には、大切な人がいる」
すると「ふう~!」とか、「羨ましいな!」とか、色んな人がコメントしていた。
それに苦笑いしながら、ハイムはまた真面目な顔になる。
「俺は彼女と祝福を受けることを前提で、交流を始めた。彼女は承諾してくれた。でも……それは、情けもあったんじゃないかって思った」
するとえっ、とつぶやく声が相次ぐ。
ちらっと見れば、クリルも驚いたような顔をしていた。
だがハイムはそちらに顔は向けず、ただ真正面だけを見る。
「でも、それは違うと分かった。彼女は笑ってくれる。俺といて楽しんでくれる。だから、その、本当に愛されているんだなって……ほんとに今更になって分かった」
その言葉には、ルベンダも鼻で笑いたくなった。
そう、どう見ても恋人同士なのに、ハイムが怖がっていただけだ。
二人が楽しそうな場面など、他の騎士もメイドも見ている。そしてクリルだって、ハイムにしか見せないような笑顔をしていた。本人だけ気付いていなかったことを、この儀式の直前になって分かったのだろう。
「だからクリル!」
「!? はいっ」
急に名前を呼ばれ、クリルは照れる暇もなく返事をした。
しばし見つめあうような形になり、そしてハイムは叫んだ。
「俺と結婚してください!」
「「「「え」」」」
そう言ったのはクリルのみならずその他ギャラリーもだ。
ルベンダも思わず唖然とする。
すでに祝福を受ける予定でいるだろうから、その準備を進める、ということだろうか。それとも、もう今からでも式を挙げるということだろうか。だがハイムの年齢からすればまだ早いはずだ。いやでも、そのくらいで結婚する人もいたりする。じゃあ……。
そんなことまで考えていると、辺りはしーんと無言になる。
クリルもびっくりしながら、少し視線を下げた。
このように公でプロポーズされたからだろう。目の縁が珍しく赤くなっていた。
だがすぐに唇を噛み、大きな声で返事をする。
「はい! 私、ハイム様のお嫁さんになります!」
これはには大きなどよめきが生まれた。
セノーヒも叫ぶ。
「おおおっと!! なんと素晴らしき誓いの言葉! もとい、プロポーズ!! 皆様! 盛大な拍手を――――!!」
溢れんばかりの拍手喝采とお祝いの言葉が聞こえてくる。
一気に華やかなムードになり、そして皆が騒ぎ始めた。ルベンダも驚きはしたが、感動で目にいつの間にか涙が溜まり、拍手をしていた。
だが高い声が飛び交っていた中で、ぼそっと隣から呟かれる。
「……あの後が俺では一気に白けそうですね」
「え」
言葉を理解するのに少し時間がかかりそうになった。
が、一瞬で理解できて自分で少しは賢くなったのかと感心……している場合ではない。ルベンダは顔が引きつり、すぐにそっちに気を取られた。
「だ、大丈夫なのか!? せめて笑うくらいはしろよ? こんなめでたい時に『氷の貴公子』面されたら、私の方が痛い」
「失礼なこと言わないでくださいと言いたい所ですが、今回はあながち間違いではなさそうですね」
「なっ」
ティルズに認められることなどない。
だが、この時ばかりは全く嬉しくない。
相手はとりあえず溜息だけついていた。
「どうにかします」
それだけ言った。
そうこうしているうちにも、セノーヒが叫ぶ。
「さぁこのまま次の方! 次の方はいらっしゃいませんか!?」
周りは熱気に包まれている。
この流れで行って大丈夫なのだろうか、と思っていると後ろから声が聞こえてきた。
「俺も誓う」
聞いたことある声に、自然と顔が動いてしまう。
セノーヒもおや、という声色を出した。
「確かあなたは、自称『城下の門番』であるクリックさんでは?」
名前を聞いて、ルベンダのみならずティルズも驚いたような顔をした。
声のする方を見れば確かにクリックがいる。笑いながら歩き、その後ろにはニストもいた。なぜクリックと一緒にいるのか、とツッコみたくなったが、思わず帽子を深く被る。
すると二人は気づかず高台の方へと行ってしまった。
「自称は余計だっ。いきなりの飛び入りだけどいいか?」
「んん~。次の方が見えませんから、クリックさんにここは盛り上げてもらいましょうか」
「そりゃありがたい」
そうしてマイクを受け取り、観客を見回した後、クリックはにやっと笑った。
「俺はここに誓う!」
盛大にそう叫ぶ。
周りはわああっと答えた。そして少し静まる。
「俺は今まで散々『自称』とか言われてるけど今日でそれもなしだ! 今は他の仲間たちの協力もあって、『城下の番人』として仕事も増えてる。知名度も上がってきた。だから、自称じゃねえ!」
そう叫ぶと、おそらく一緒に「城下の番人」として活躍している仲間たちだろうか。おおおおー!! と大声で叫んでいる人達がいる。その中にはアネモネの姿もあった。
クリックはにやっと笑う。
「これからはもっと店を大きくして、そして城下をもっと人でいっぱいにする! そしてもう一つ!」
これには城下以外の人たちも大きく叫ぶ。
皆がクリックの熱気に打たれたようだ。
「ティルズ!」
クリックはびしっと指を差した。
「散々お前とも言い合ってきたが、今日からお前は俺の大事な親友だ! 誰にも自称だなんて言わせないぞっ!」
一気に視線の的になるが、さして気にしない様子でティルズはクリックを見ていた。一方のルベンダはさっとティルズの背中を影にするように隠れる。逆にそれが目立ちそうな原因を作りそうだが、観客たちはありがたいことにティルズの方を見ていた。
そうクリックに宣言され、ティルズは口元だけで笑う。
そしてこう言った。
「心配しなくてもお前なら城下を、いや国中を賑やかにできる。そして…………認めてやるよ。お前は俺の親友だ」
しばしクリックは予想外の言葉に呆気に取られたが、同じように笑った。
「ああ、忘れんなよっ!」
ルベンダは、両者ともの笑みが一番輝いていたように思った。
「自称」の親友はここで一旦区切りだ。
これからは、きっといい親友となれるだろう。
今度は友情場面で称えるような拍手に変わる。
場が和やかになったおかげか、ティルズがすっと高台の方へ近づいた。その時ルベンダと離れたが、一度目を合わせ、頷く。まるで行ってくる、と言ったように。
ティルズが上がると、周りは静かになった。
だが白けるという意味ではない。ティルズの纏う雰囲気も関係していると思うが、皆が聞き入る体勢に入ったようなものだ。ティルズは無言で回りを見てから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は今まで、他人と関わるのが億劫だった。この世界全てが嘘くさく思え、何も信じることができなかった」
真顔でそんなことを言い始め、皆が息を呑むのが伝わる。
ルベンダも少し心苦しくなった。ティルズの過去が関係していることだろう。
「でも『癒しの花園』の寄宿舎で暮らすうち、様々な人と関わる機会が増えた。そして、昔は思えなかったことをふと考えるようになった」
下を俯くような姿勢でいたが、すっと顔を上げる。
その顔はいつになく真剣で、その顔でさえ美しさを感じてしまった。
「俺は普通の人間になりたい、と」
これには皆が目を丸くする。
言葉の意味が分からなかった。普通の人間とは皆に当てはまること。ティルズの考える「普通」とは何なのか。その後の言葉が、その意味を教えてくれた。
「俺は今まで、自分の感情は殺してきた。そのせいか何が楽しく面白いのか、何が怒り悲しいのかさえ、分からなくなった。そして自分という存在が何者なのか、考えるようになった」
すっと間を空け、そしてまた言葉を続ける。
「俺はここに誓う。感情を出すことをためらわず、人間らしく生活することを」
ルベンダの中で何かがはじけた気がした。
そうだ、この男は正直であるものの、「感情」という部分はあまり人に見せていない。見せていてもそれは苛立ちや不満など、負の方向ばかり。今は笑顔を出すようになったものの、ティルズの全ての感情はルベンダも見ていなかった気がする。……でも、自分でそれを願うようになったのだ。前まではきっと、いらないとでも思っていたのだろう。ルベンダは笑みがこぼれる。
少しは人間らしくなったのだ。
ロボットのような機械的な思考だけでなく、人間臭さを出したいと、ティルズ本人が願ったのだ。
周囲も穏やかに笑みを深くしていた。
これで終わりかと思いきや、ティルズはもう一つ付け足した。
「――――そして生涯は、自分が大切に想う人と共に同じ人生を歩みたい」
思わず目を見開く。
ルベンダの鼓動が、この上なく高い。それはティルズの言葉に反応してか、それとも熱狂にやられたのか。どきどきする心臓を隠すように両手を胸の前に合わせ、ルベンダはティルズの方を見ていた。すると相手も、こちらを見てくれた。見てくれた上で、優しく、微笑んでくれた。
「……やれやれ。我が弟ながら美味しい所を持って行って」
遠くでその様子を見ていたアレスミは、少し呆れたように言った。
だが隣にいた背の高い男性は笑っていた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。ティルズのあんな姿を拝めることができるとは、何とも大きな収穫だ」
するとアレスミはちらっと見た。
一目につかないよう地味な服装をしているが、それでも顔は見えないように帽子を被っている男性を少し睨む。そして皮肉混じりに言ってみた。
「あら、元はと言えばあなたのせいでは? …………お父様」
するとちらっとこちらに視線を寄越してきた。
にやっと笑う顔が似ているのはもはや遺伝か。
レインサスは薄笑いを浮かべる。
「まぁ、うん。少しは反省してるぞ」
「よく言いますわ。自分じゃ会えないから私を寄宿舎の方へ行かせておいて。いい加減にティルズに謝ったらどうです?」
昔のことで、ティルズとレインサスの間に少し溝ができてしまっている。
そして寄宿舎の方へ遊びに行ったのは、実はレインサスに言われたのもあったのだ。だが相手は苦笑したまま何も言わなかった。アレスミは溜息をつく。
「どうせもうすぐ家の方へ帰ってくるのでしょう?」
「さあ、どうだかな。あいつのことだから……あ」
「? どうかなさいました?」
「……そうか、本人に頼んでも駄目なんだよな。じゃああれをこうして……ふふ、それでいくか」
急に何か企みだした父親を見て、思わず顔をしかめる。
レインサスの企みは、大抵厄介だということを知っているからだ。
そして一応聞いてみた。
「一体何をするつもりです?」
「それは、お楽しみだ」
にやりと笑うレインサスの顔は、この上なく怪しいものだった。
それにアレスミは顔を歪ませながら、高台で少し微笑んでいた弟の安否を心配するのだった。
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