第三十四話 それぞれが動き回る

 急に立ち止まり、後ろを振り返る。そんなティルズに、ルベンダは何かあったのかと一緒になって振り返った。でも何もない。


「どうかしたか?」

「……いえ。上手くまけたと思いましたから」

「まける? 何が? 誰に?」


 さっぱり意味が分かっていない様子なので、ティルズは半眼になる。

 ふうと溜息をついた。


「本当に、あなたは呑気でいいですよね」

「……貶してるようにしか聞えないんだが」

「じゃあそれで」

「うおいっ!」


 しれっと言われてルベンダは怒る。


 また何かガミガミと言いだしたが、ティルズは無視して他のことに注目していた。もう気配はない。上手くシャナンから逃げられただろう。ネタや噂の対象にはされたくない。しかも誰かに邪魔されるのも億劫だ。用心深く辺りを見てからまた隣に視線を戻す。


 帽子を被っていても分かる美しさ。さっきまではこれでいいと思っていたが、どうやら失敗したような気がした。この格好、そして目立つ赤い髪。余計厄介だ。しかもルベンダをちらちら見ていくる人物がけっこういる。――――つまり面倒くさい。ティルズが様々な思いと葛藤していると、急にルベンダが声を上げた。


「あ、そういえばお前『誓いの儀式』に出るんだよな?」

「……え」

「? あれ、違うのか?」


 アレスミから聞いたのだろう。


 こちらからすれば、自分の意志で出るというよりはアレスミに言われて出るようなものだ。ルベンダが色々聞きたそうな顔をしていたが、ティルズは頑として視線を逸らし続けた。それでルベンダは納得したのか、質問はしてこなかった。ただ一つだけを除いては。


「どんなことを言うつもりなんだ?」


 ティルズが誓う言葉がなんなのか、ルベンダには想像もつかない。


 それはティルズが言わば「完璧人間」であることも関係しているだろう。何でもできる彼が誓うこととは何なのか、正直気になる。すると相手は、少し遠い目になった。どこかここではない先を見ているかのように、一点を集中して見ている。


「……誰でも言えること、ですよ」

「え?」


 聞こえにくかったので聞き返せば、口元だけ緩まれる。


「ルベンダ殿のことだと言えば、どう思いますか?」

「なっ、」

「楽しみにしててください」


 そう言ってティルズは先に歩き始めた。


 さらっとそう言われるのは慣れてない。

 また赤面しそうだったが、先に進んでくれたので良しとする。大事な誓いの言葉が自分のことじゃないだろうと思いつつ、ちょっとそうだったらいいな、という気持ちもあった。


 ルベンダはそっと自分からティルズの腕に絡む。

 すると少なからず驚かれた。


「どうしたんですか?」

「さっきまでお前に腕を掴まれて私も疲れたからな。お返しみたいなもんだ」


 するとふっと笑われる。


「どうぞ、ご自由に」


 嫌がりもせずそう言われた。


 少しは肌寒い季節が近づいているのだろうか。日が暮れるのが妙に早い。二人で並んで歩きながら、たまにはこうして出かけるデートとやらもいいものだな、とルベンダは思った。







 ニストは少しの間走り、そして立ち止まった。


「ここが……」


 目の前には大きな看板が立てられている。

 見ればクリックのお店だった。


 彼のお店は、一言で言うと「なんでも屋」。だからどんなものでも揃っている。城下の他のお店も把握しているため、店同士で助け合うこともあるらしい。そして各お店の売られている商品を宣伝したりしてる。


 ニストはそっと店の中を覗いてみようとした。


 するとガタイのいい男性が出てきて、何やら丸テーブルを外へ運んでいた。歳は五十くらいだろうか。茶かかった橙の頭に、白いねじりはちまきをしている。お店の人のようだ。男性はニストに気付き、にこっと笑う。


「らっしゃい! お嬢さん、何か欲しいものでも?」

「あ、い、いえ! それより今、何をしているんですか?」


 どうしても気になったので、ニストは逆に質問をした。

 すると男性に苦笑される。


「今日はお祭りだからね。店内じゃなくて店外で食事処を作ろうと思って……。でも儂はセンスがないから、どう設置していこうか迷っているところだよ」

「あ。じゃあ手伝いましょうか?」


 シャナンが言ってたのはこのことだろうと思い、自然に言葉が口に出ていた。

 すると男性は嬉しそうな顔になった。


「そりゃあ助かる! じゃあ頼んでもいいかな」

「はい」

「あ、お名前は?」

「ニストと言います」

「そうか、儂はリーネクス。それじゃあよろしく!」


 言い終わると、どんどんテーブルやイスを外へ出し始める。


 その間ニストは、どの配置がいいか考えていた。そして自分でテーブルやイスを動かし始める。しばらくすれば作業も終わり、自前で持っていたテーブルクロスを上にかける。もしものために縫ってあったのを持っていたのだ。一仕事終わったような気になり、自分の額にある汗を手で拭う。久しぶりにいい仕事をした。辺りを見回して満足げに頷いていると、急に背後から声が聞こえた。


「……見事なもんだなー」

「っ!? きゃあっ」


 まさか人がいたとは思わず驚いて振り返ると、久々に見た顔があった。


「クリックさん?」

「おー、会うのは久しぶりだな。ニスト」


 クリックはひらっと手を振ってそう答えた。

 あまりにも自然な言い方で、逆にこちらが拍子抜けしてしまう。だがクリックは、テーブル達を見て回りながら、子供のような無邪気気な笑顔を見せた。


「器用だな。いい食事処になった、ありがとう」

「いえ、お役に立てて良かったです」


 ニストは笑った。


 いつもクリックに助けられてばかりなので、何かしらお礼をしたいと思っていたのだ。


「まーったく、うちの親父が迷惑かけたな」

「いえ……お父さん?」


 首を傾げると、ぬっと窓からリーネクスが現れる。

 手には盆を持っており、その上には飲み物があった。こちらを見て笑顔で手を振ってくれる。


「おーい! 休憩しようや!」


 思わず二人で苦笑しながら、言われるまま店内へと入った。

 今まで中まで入ったことはなかったが、けっこう色んなものがある。ちゃんと食事処らしいところもあったのだが、それより物の数が多い。それは食材だったり、便利な物だったり……。感心してまじまじ見ていると、クリックが恥ずかしそうな顔をしてイスを勧めてくれた。


「あんまり中は綺麗じゃないけど」

「い、いえ。お気遣いなく」


 そしてテーブルの上に、グラスが置かれた。


 クリックの父であったリーネクスはまだにこにこしている。体は鍛えていそうだが、意外にも性格は優しそうだ。グラスの中身は薄い黄色で、レモンが添えてあった。


「レモンハニーだ。美味しいぞ」

「ありがとうございます」


 もともと柑橘系と蜂蜜は良く合う。


 飲むと、酸味のあるレモンと甘い蜂蜜がお互いのいいところを引き出していた。美味しくて、一気に飲んでしまう。喉が渇いていたのも関係しているのだろう。その様子にクリックは笑った。


「いい飲みっぷりだな」

「あ……。美味しくて、つい」

「まぁ、ちょびちょび飲まれるよりは豪快の方がいいけどな」


 くすっとまた笑われ、ニストも苦笑する。

 するとその様子を見ていたリーネクスがおやっ、というような顔をした。


「何だ、ニストさんは息子を知っていたんだね?」

「俺を誰だと思ってんだよ。『城下の門番』だぞ?」

「その肩書もティルズくんの親友というのも自称のくせになぁ」


 おかしそうにリーネクスが笑うと、クリックが思いきりむすっとする。

 そしてすぐさまお返しする。


「経営の仕方も分からない親父を持つと息子も苦労するわ」

「あっ! クリック、それは言わない約束じゃないか!? 父さん地味にへこむんだから!」

「じゃあ、んなこと言うなっ!」


 親子で言い合いを始めた様子に、我慢できなくなってニストはくすくす笑い出す。二人は親子というのも関係しているのだろうが、性格が良く似ている。むしろ言い合いを見て楽しいと思ってしまった。寄宿舎で言えばそう、ルベンダとティルズみたいなものだろうか。すると二人もぴたっと口論が止まり、互いに顔を見合わせていた。そしてリーネクスがまじまじとニストを見た後、こんなことを言い出した。


「……まるで嫁が来たみたいだな」

「え」

「おい親父!!」


 何か言い出す前に、クリックが自分の父親の胸倉を掴む。

 そしてものすごく不満げな顔をする。だがリーネクスはにこにこ笑っていた。


「いいじゃないか。可愛いし器用だし、いい売り子さんになると思うぞ?」

「そういう問題じゃねえよ。これで何回目だ!? 自分が気に入った子を口説くのは止めろ、そして俺を巻き込むなっ! 前に勘違いされて女の修羅場を体験したくせに何言ってるんだ! あん時は母さんがいたから良かったけど、俺はもうあんな目に遭うのはごめんだっ」

「はっはっは、息子がモテるとは儂も嬉しいよ」

「原因作ってんのは誰だよ!」


 どうやら前にひどい目に遭ったらしかった。


 ニストは思わず苦笑する。なかなか愉快なお父さんのようだ。

 クリックは真面目な声でリーネクスに悟る。


「彼女は『癒しの花園』で働いてるメイドだ。ちゃんとした祝福を受けるつもりでいるから、余計なことは言わないでくれ」

「なに、そうだったのか。それはすまなかったなぁ……」


 クリックも実際勉強している身なので、知っているのだろう。

 リーネクスも苦笑しながら謝ってくれた。


「いえ、大丈夫です」


 そう答えることしかできなかった。

 そのまま飲みきったグラスを置くと、明るい声が背後から聞こえてきた。


「あー! もしかしてニスト?」

「え……。あ、クリル!」


 同僚のメイドであるクリルだ。横にはハイムもいた。


 そういえば、交流中のメイドは率先してお祭りなどの行事に参加できるのだった。ルベンダもそれが理由かと思ったが、まだ正式には決まってないらしく、皆から言われて参加している状態だ。ハイムはクリックと何か話しこんでいる。やはり騎士とは誰とでも仲がいいようだ。


「そういえば、ルベンダさんの後追いかけてたんだっけ?」


 遠慮のない言い方にうっと詰まってしまった。


 クリルはおしゃべりだが、時折言葉がきつい。

 ティルズとはまた違うタイプだろうか。こう、悪気があって言ってない辺りがまた少し厄介だ。


「わ、私はシャナンさんのお守で」

「肝心のシャナンさんは? 逃げられたの?」


 はっとする。改めて考えると逃げられたようなものだ。

 上手く逃げられたと思いながら、もういいか、と諦めモードにもなった。シャナンはいつものことだ。どちらにせよ逃げられる。溜息を知らぬ間についていて、クリルはその様子を何度も瞬きしながら見ていた。


「クリル」

「あ、はい」


 急にハイムに呼ばれ、クリルがそっちの方へ行ってしまった。


 そして何やら二人で話し始める。ルベンダの話では、二人の仲が危ういなどと聞いた。主にハイムが心配しているとか。だがそれはクリルのことを分かってないだけのような気がする。二人で話して、そしてちょっとしたことですぐ笑って。彼女が嬉しそうな顔をしていることに、ハイムは気付いていないのだろうか? ほんの少しの会話、そして触れ合い、傍にいるだけで嬉しいのに、それ以上何を求めているのだろう。


(……いいなぁ)


 近くでそんな幸せそうな様子を見てしまうと、そんな思いが出てしまう。


 いつか自分も、あの二人のように幸せな祝福を受けられるだろうか。ぼんやり見ていると、リーネクスはグラスを片づけに店の奥へ入ったようだ。そして自分を呼ぶ。

 

「ニストさーん、良かったら店内のレイアウトもしてもらってもいいかなぁ」

「あ、はい。今行きます」


 リーネクスに呼ばれ、ニストは小走りで店内の奥へと行ってしまった。それを見たクリックは、人使いが荒い、と思いながら少し溜息をついた。そこへ先ほどの二人が近づいてくる。クリルはにこにこしていた。


「ニスト、いい子でしょ。メイドの中でも一番器用なんですよ」

「確かにすごいな」


 クリックは素直に頷いた。


 ニストは見た目からして真面目そうだと思ったが、物腰柔らかで、人と接する時はどんなことがあれ嫌な顔をしない。だから手助けなどが上手く、周りもいい評価をする。そして真っ直ぐ芯が通っている。そこが人から好かれる魅力の一つであろう。


「で、クリックの方はどうなんだ?」

「は?」

「祝福ですよ。もう考えてるんですか?」

「あー……今はまだかなぁ」


 主に自分より他人の恋愛事を見ていたせいで、自分がいざ誰かと付き合うなどということが考えられない。むしろ今は、自分の店の経営状態の方が心配だ。ただでさえ能天気な父親がいるため、侮れない。クリックのおかげでここまで持ち直したが、それがどこまで上がっていけるか、世の中厳しいものだ。クリックはふと遠い目で呟いた。


「俺は、いつ飯が食えなくなるか心配でたまらない…………」

「「ああ……」」


 なんとなしに察した二人は、声を重ねて相づちを打った。

 そして顔が苦笑している。だがしばらくして、ハイムが言った。


「じゃあ俺たちは祭りの方へ戻るよ」

「けっ。いい身分だな」

「ふふっ、それじゃあ」


 二人は会釈をした後、腕を組んで歩き始めた。


 本当に仲が良さそうだ。あれで何が一体不満なんだ、とハイムに愚痴りたくなる。だがハイムは「誓いの儀式」で何か誓うらしい。童顔で可愛いと言われるハイムなので、たまには男らしいところも見せなくては。そして自分の親友も何か誓うらしい。アレスミが交換情報として教えてくれた。


『弟はかなり変わってきてるようね』

『ええ、色々な面で』

『クリックも変わらないとね』

『え、俺ですか。俺は別に』

『店を切り盛りしていきたいのなら、伴侶は早めに決めた方がいいわよ』


 くすっと笑う。その笑いが悪魔の微笑みのように見えるのは、気のせいだと思いたい。クリックは苦笑した。アレスミの性格くらいもう分かっている。


『俺にまでお説教ですか? あいにく必要は』

『あなたを好んでいる人なら大勢いる。優しくて頼りになって、そして弟の自称親友ですからね』

『最後の部分、いります?』


 事実だが余計なことを言われた気がして、少し顔を歪めてしまう。

 褒められたのになぜか嬉しくない。するとアレスミは優雅に微笑み、そしてまた真面目な顔に戻った。


『でも、誰にでも優しいと、本当に大切な人を見失うわよ』

『…………』

『じゃあね、クリック。あなたにも幸あれ』


 そう言い残して、アレスミは風のように去ってしまった。

 あれは一体どういう意味なのだろう。アレスミは何でも一人で分かっているようで少しずるい。自分より年上というのも関係しているのかもしれない。


 クリックは息を吐く。


 将来の店の経営について、そして自分自身について……。考える課題など山積みだ。でも、それを頭の大半を占めていては、楽しむことも楽しめない。クリックは急に立ち上がった。


 戻ってきたニストに、声をかける。


「祭りを堪能しよう。全然回ってないんだろ?」


 するとぽかん、とした顔をされる。


「でも、お店の方が」

「親父や他の奴らに任せる。俺もたまには息抜きしたいし。それに他の店の奴らも紹介したいんだ」


 迷うような素振りを見せたが、しばらくしてからニストの頬が緩む。

 そして橙の瞳を細めて笑った。


「はい」

「よし」


 自分は、店を切り盛りすると決めた。


 それに、城下をもっと活性化したいと考えた。

 どうすれば喜んでくれるのか、どうすればもっと皆が楽しく過ごせるのか、それも常に考えている。考えることは嫌いじゃない。学生時代だって、試験もそれなりにいい成績だった。ティルズに劣らないくらいの知性はある。でも自分が得意なのは、頭ではなく体を動すことのようだ。


「アネモネの店は焼きそばするらしいんだ。食べるか?」

「わ、美味しそうですね……! アネモネさんにもお会いしたかったんです」


 目を輝かせるニストに、すっかりアネモネのかっこよさが伝わったようで、クリックは笑った。どうすれば皆が喜ぶか、それは目の前の一人を喜ばせるのも同じくらい大事なことだと思った。

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