第三十三話 秘めた思いはどこに

「…………何よあれ。すれ違いばっかりで周りにやきもきさせてたのに、傍から見たらただイチャイチャしてるだけじゃない。ていうかそれにしか見えない」

「も、もう寄宿舎の方へ戻りましょうよ」


 ぎこちなくニストがそう声をかける。


 するとある建物の陰で様子を見ていたシャナンは、思いきり顔をしかめた。


「はぁ? 冗談じゃないわよ。二人いる所にシャナンあり! なんだから」

「……まるで標語みたいですね」


 華麗に無視してシャナンはまた目を前に戻した。

 そして眉を器用に動かしながらじいっと見ている。


「大体あの二人はあんまり詮索してない方よ。すれ違いの時から何があったか知らないけど、あたしに知らないことがあるなんて考えられない」

「いや、知らないのが当たり前じゃないですか?」

「おだまりなさい小娘」

「ひっ!」


 ぎろっと瞳をぎろつかせて睨まれたため、ニストは小さく悲鳴を上げた。

 もう今のシャナンには、何を言っても無駄だろう。


 だが仕方ない。ルベンダの最近の様子はおかしかった。だからこそ何があったのか知りたい、というのは分かる。実際にニストも興味はあるのだ。本当はまだ仕事が残っているのだが、シャナンは後輩らに仕事を任せた。シャナンにいつも色々な相談に乗ってもらっているため、後輩メイドたちはそれを快く引き受けたのだ。あのジオでさえ諦めて行ってきてもいい、と言ってきた。


 ある意味シャナンは只者ではない。むしろ性格を分かられているから、周りは諦めているだけのような気もするが。ニストがはぁ、と小さく溜息をつくとむっとされた。不満そうな顔だ。


「大体、どうしてニストまで来たの? 今回は別に来てくれって頼んでないのに」

「確かにシャナンさんには言われてないですけど、他のメイドとかジオさんに言われたんです!」


 少しやけくそで言ってみる。


 何をしでかすか分からないため、監視役としてニストが選ばれたのだ。お祭りに来れたことは嬉しく思いながらも、シャナンの世話はかなり大変である。すると余裕そうにふっと笑われた。その顔がまた似合う所が、さすが美人だなぁと思う所か。


「あたしの心配なんてしなくていいわよ。むしろ……ニストには頼みがあるの」

「え、な、何ですか?」


 急に話を振られたため、反応してしまう。


 シャナンはふふふと笑い、桃色の髪をかき上げた。

 少し芝居かかったように見えるのは気のせいだろうか。そして女神のように微笑む。


「アネモネが言ってたのよ。こういうお祭りの時ってほど、人手が足りないって。しかも今回は仲間でお店を開くみたいでね。レイアウトとかもセンスがある子に頼みたいって言ってたわ。ニスト、そういうの得意でしょ?」

「は、はぁ。まぁ好きですが……」


 仕事上、飾りつけなどは慣れている。メイドはただ片づけや用意だけでなく、センスも要求される。どんな柄のカーテンやテーブルクロスがいいか、そしてどの花が今の季節に最適か(寄宿内で花を飾るため)、そして家具や物の位置や配置を決めたりもしている。これは個人個人得意分野が分かれるが、ニストは比較的何でもできる。それに仕事でなくても、趣味で何かしら作ったりするのも好きだ。


 するとシャナンは目を輝かせた。


「自分の得意なことをして、相手の役に立てたら嬉しいでしょう?」

「は、はい……」


 勢いがすごく、思わず頷いてしまう。

 するとシャナンがある紙を取り出す。そこにはお店の地図が書かれていた。


「お店にはアネモネか、クリックがいるはずよ。城下の番人としての見回りもあるだろうから、早く行かないとすれ違いになるわ。ほら、急いで!」

「え、は、はい!」


 急げと言われてしまい、ニストは思わずその場から駆け出した。

その姿にシャナンは微笑んで見送る。


「…………よし、邪魔者はいなくなった、と」


 これで気兼ねなく観察できるというものだ。

 気を取り直してまたルベンダたちの方へと視線を戻す。


 が、すでにその場から移動したようでいなかった。


「なっ。どこ行ったの!?」


 ニストと話した時もちゃんと目線はそちらの方へ向けていたはずだ。

 だが逃げられるとは……。思わず仏頂面の少年の顔を思い浮かべる。頭が良すぎるのも困り者だ。きっとティルズのことだから、こちらに気付いているとは思っていたが。どうやらやられたようだ。


 シャナンは苦笑しながらそこから走り出す。

 今は私服だ。スカートは着ているが走れない長さじゃない。


 素晴らしき美貌を持つ美女が走り回っている様子に男が放っておくはずもないのだが、シャナンはガン無視をした。が、ルベンダ程足が速いわけではないのでついてくる男もいる。


「ねぇ、お嬢さん。良かったら一緒に祭り回らない?」

「俺と遊んでほしいなー」


 お祭りという浮かれた場所にいれば、このように軽い男だっている。残念ながらルベンダが配布した赤いリボンも意味をなさない。この国の者なら分かるが、お祭りとあって別の町から人が来ることもある。すでに知っている情報だったので焦ることもなかったのだが、後ろから笑いながらついてくる様子は少々鬱陶しい。


 そのままどうにか逃げ切ろうと考えると、急に横から誰かの手が飛び出した。そのまま体を引っ張られ口を押えられる。


「!」


 しばらく固まっていると、先ほどの男たちが舌打ちする音が傍で聞こえた。


「くっそ、どこ行った?」

「あっち探そうぜ」


 どうやらこちらには気が付いていないらしい。

 少し安心したが、今の状況ではっとする。シャナンが暴れて手を振り払おうとすると、「いててっ」とどこかで聞いたような声が聞こえた。その声に唖然とする。


「えっ……」

「お、俺ですよ」


 少し間抜けな顔をされる。いや、困ったような顔をされた。

 しかし、なぜここでスガタと会うことになるのか。シャナンは思わず半眼になった。しかもスガタも私服だ。茶色のVネックの長袖。そして少し緊張している様子で、こちらに視線を合わせていた。


「「…………」」


 互いに見合う形になる。


 そして何も喋らない。そのことに少なからず居心地の悪さをシャナンは感じていたが、無理もないかもしれない。思えば洋館以来だ、このように二人きりになるのが。寄宿舎で出会ってはいるものの、お互い挨拶をする程度。メイドは騎士全員のお世話をしているようなものなので、祝福をしていない限り一人に執着することはない。さてどうしようかと考えていると、相手の方が口を開いた。


「ひ、久しぶりですね」

「ええ」


 そしてまた黙ってしまう。スガタの顔を見れば、どこか迷っているように目を泳がせている。シャナンは自分から声をかけることにした。


「スガタ様も、お祭りに参加なさっていたんですか?」


 すると苦笑された。


「はい。他の騎士のメンバーと来てたんです。私服で回った方が、何か起こった時も対処しやすいと言う話になって」

「まぁ、そうだったんですか。ですが他の皆さんは? もしや、また迷ってらしたんですか?」


 スガタが方向音痴であることは知っている。

 しかも来たことある場所でさえ発揮されるらしい。洋館の時にティルズが被害に遭ったようだが、今回もそれで自分と会ったのかと思ったのだ。すると慌てて首を振られる。


「あ、違います。シャナン殿が走っていたのを見かけて、思わず追いかけてしまって」

「はぁ」

「しかも誰かに追いかけられている様子でしたから……」


 それで他のメンバーをほっておいて自分のところに来たのか。

 だが助かったことに代わりはないので、お礼を言う。


「そういえば、ありがとうございました」

「え?」

「助けていただきましたから。あ、洋館で出会った時も、助けてくれましたね」


 シャナンは思い出して笑ってしまう。


 あの時の自分は泣いていた。人前で泣く行為は許せなかったのだが、気持ちが高ぶっていたのかもしれない。思い出したくもない出来事は、すぐに忘れられることじゃない。少し遠い目をしていたシャナンに、スガタは少し心配そうに見つめた。そして、こんなことを行ってきた。


「あ、あの。良かったら、一緒に回りませんか?」

「え?」

「その、さっきのようなことがあっては、シャナン殿も困ると思いますし……」


 他の男に追いかけられたり、話しかけられるというのはシャナンにとっては日常茶飯事だ。なので慣れている。それに、スガタが傍にいたのではルベンダたちの後をついて覗き見をする行為がしにくい。他にも理由はあるのだが、シャナンは苦笑し、丁寧に頭を下げた。


「ごめんなさい、少し用事がありまして。それに、別に一人でも大丈夫ですよ。二十年も生きていたら、さすがに逃げる術だって学びますから」


 そう言ってシャナンはその場からまた駆け出した。

 心配そうなスガタは追いかけようとしたが、足が止まる。


 シャナンは振り返りもせず、その場を後にした。別にスガタの行為を鬱陶しくは思わない。むしろ彼は優しい人だ。そして自分を気にしているという噂を聞いた。


(もったいない)


 そう、自分にはもったいない。


 それにもうこりごりなのだ。臆病になったのか、疎ましく思ったのか。とにかく自分はもういい。今思うのは、自分の大切な、そして本当に好きだと感じた相手が幸せになってくれること。それは家族であり、メイドの仲間であり、たくさんいる。スガタもその一人。早く幸せになってほしい。そしてその姿を見せて欲しい。自分はいらない。いらないのだ。


 知らないうちに自分が無表情でいることに気付く。いつも愛想でも笑っているのに、このままでは駄目だと、歩きながら笑みをつくる。すると急に二人組の男が目の前に現れた。


「……みーつけた、さっきのお嬢さん」

「暇なら遊ぼうよ?」


 先程追いかけてきた二人組みのようだ。


 一気に嫌気が差す。笑顔を見せることもなく、シャナンは思いきり睨む。だが相手はにたにた笑い、急にシャナンの腕を取った。


「! 離して」

「やーだね」

「男二人に、敵うとでも思ってた?」


 一方が手を取り、一方がハンカチを持ってシャナンの口に迫ってくる。


 そこからは薬品のような香りがし、一気に冷や汗が流れた。このままでは危ない。思わず自分を叱咤してしまう。どうしてさっさと逃げなかったのか。いつもなら風の如く走るのに、足が止まって動けなかった。初めて、いや久しぶりの恐怖に足が震えている。


 すると衝撃が後ろから来て、手が外された。


「!?」


 見ればいつの間にか傍にはスガタがいた。

 二人組はそれを見て眉を寄せる。


「なんだよ、お前」


 一人がそう言ったが、スガタは黙っていた。

 今まで見たこともない、口角が下がって蛇のような目で相手に視線を合わせている。その表情に、二人組みは驚き、少し怯んだ。お互い黙ったままでいると、スガタは口を開いた。


「去れ」

「はぁ?」

「何言ってんだてめぇ」

「忠告するよ。早くこの場から立ち去った方がいい」


 だが一人の男が鼻で笑う。

 そして足が動き出した。


「それはお前の方だろ!」


 そう言いながら向かって行くと、スガタはすぐに避けて相手のお腹に拳を入れる。「ぐおっ」と叫びながら膝をついている様子に、立って見ていたもう一人は少なからず焦っていた。その様子を横目で見ながら、スガタはまた言う。


「二度とこの人に近づくな」

「……っ」


 一人は倒れている男を引きずってその場からいなくなってしまった。


 呆気にとられて見ていたシャナンは、しばし現状が理解できなくなる。スガタはすぐさまシャナンに近づきながら聞いた。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ……」


 さすが騎士、と言えばいいのか。


 身のこなしに無駄がなく、ああもすぐに片が付いたのはシャナンも驚いた。スガタは日頃温厚だが、やはり強いようだ。しっかり鍛えているからだろう、冷静な様子は見ていて少し怖かった。


「シャナン殿。いくらあなたが大丈夫と思っていても、男は甘い生き物じゃないです」

「そんなこと知って……」


 ふっと見れば、スガタは厳しい目でシャナンを見ていた。


 少し罪悪感を持ってしまい、思わず目を逸らしてしまう。そしてついルベンダに言うように、口調が荒くなってしまう。いつの間にか、体も震えていた。


「知っていますよ、男がどんなに怖い生き物かなんて。身をもって知ったことだって、いっぱいあるもの」

「シャ」

「でもそれが何? スガタ様には関係ないことだわ。ひどい目に遭ってもそれは自分の自己管理ができてなかったっだけ。あなたにそこまで言われる筋合いはない。私は一人で生きていける。今までだってそう、これからだって一人で生きていくもの。誰かに頼る行為なんてしたくない!」


 一気にそうしゃべって相手の顔を見る。


 すると――――悲しそうな表情をされる。

 その表情の意味が分からず、シャナンは思わず困惑してしまう。


「シャナン殿は、分かってない」

「え……」

「相手を大切に想いたい、守りたいと思うことはいけないことですか?」


 何も言えなかった。


 別にそうではない。相手を思いやる気持ちはシャナンの中にもある。だから、スガタの言いたいことは分かる。でも……自分にはいらないのだ。自分じゃなくて、他の人をそう思ってほしい。大切にしてほしいのだ。その気持ちを、スガタは分かってくれないのだろうか?


 すがるように見てみるが、スガタは言葉を続ける。


「シャナン殿はいつも相手のことばかり考えてます。もっと、自分を大事にしてください」

「…………」


 いつの間にか気付かれてる。

 でも、だからって、やっぱりそうは考えられない。


 自分はいらないのだ。思わずうつむいてしまうと、そっとスガタがその顔を両手で持ち上げた。間近に互いの顔がある。綺麗な琥珀の瞳に、自分の顔が映っていた。スガタはふっと微笑んだ。その優しい笑みをシャナンにだけ向ける。


「俺はあなたが好きです」

「え、」

「あ」


 シャナンが何か言い出す前にスガタが声を上げる。


 みるみるうちに顔が紅潮し、慌てて手を離した。

 そして大声を上げる。


「あ、えっと、違うんです! そ、その、人として! 人としてって意味ですからっ! 好きっていえば他にもティルズとか、クリックとか、レゲントとか、もちろんルベンダ殿とかニスト殿とか、他にもたくさん……!」


 意味深な発言をしたことに気付いたのか、弁解しだす。


 助け出した時は冷静だったのに、こういう時はやはりいつものスガタのようだ。シャナンは思わず笑ってしまう。くすくす笑い出したことにスガタも少しは落ち着き、一緒に笑った。しばらくしてから、スガタが遠慮がちに言ってきた。


「だから……シャナン殿のことも、大切だと思ってるんです。守りたいんです。シャナン殿はしっかりしてますから、確かに一人でも大丈夫かもしれないって俺も思います。でも……たまには人に頼ったって、罰は当たらないでしょう?」


 またあの優しい微笑みをくれる。


 シャナンは聞くことしかできなくて、ただ小さく頷いた。


「じゃあ…………行きましょうか?」


 おずおずと手を出される。


 本来なら、ここで手は取らない。

 それにきっとスガタは、善意で手を差し出してくれたのだろう。


 シャナンは思わず息を吐く。

 そして、迷わず手を取った。


 相手はほっとし、またにこやかになる。

 そして一緒にその場から歩き出した。


 スガタの手は大きい。体格がいいことも関係しているのだろうが、ただでさえ細いシャナンの手はすっぽり包まれてしまう。相手の温かな体温を感じ、自分はここにいるのだと感じさせられる。のんきに世間話をし始めたり、辺りを見回しているスガタはまるで子供のようだ。


 すぐに手を取ったのは、相手に悲しい顔をさせたくないがため。

 ……いや、本当は違う。


 ジオから話は聞いていた。相手が了承していることも。

 それでも断り続ける自分に、相手は気にせず待ってくれているそうだ。


 本当は知っているくせに。それでも何も言わないのは、こちらを尊重してくれているのだろうか。だが取ってしまって良かったのか、後悔していないのかは少し分からない。


 シャナンはスガタに顔を向けた。相手も首を傾げながらこちらを見てくれる。その顔は優しい。洋館の時のように、シャナンの中で、何か温かいものが感じられる。


(この人なら……)


 すぐに信じるわけじゃない。

 それでも、今の間だけでも、一緒にいられて良かったと思った。


 今だけは甘えて、傍にいたいと考える自分がいる。

 シャナンは握っている手に力を込めた。するとスガタも握り返してくれる。大きく温かい手で、何もかもこの手で包んでもらえたらどんなにいいだろうと、シャナンはぼんやりとそう思った。

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