第三十二話 秋祭り開催

「あらおかえり」


 寄宿舎にある部屋に入った途端、そう言われた。

 ティルズはたいして驚きもせず、部屋のドアを閉めた。


 開けたままでこの場面を目撃されたらまた騒がれる。

 そんな面倒なことは御免だ。ただ相手は実の姉なわけだから、さして問題もないが。だがパッと見、姉とは気づかないかもしれない。髪の色が違うだけで勘違いする者だっている。


「髪色を変えたのですね」

「あら、最初に言うのがそれ? なんでここにいるのかとか、いらっしゃいとか労いの言葉が最初には来ないのかしら?」

「それはこちらの台詞というものです。さっさと要件を述べてください」

「もう、本当にあなたはつまらない男よね。ルベンダさんみたいにすぐ顔に出るタイプの子はからかいがあるのに。ティルズ、昔のあなたは可愛かったわ」


 昔は子供なわけだから可愛げもあるのだろう。

 これでも昔と態度は変わっていない、とティルズは思っていたが、ツッコむとまた面倒になる相手なので深いことは言わない。それよりも知りたいことを、自分は聞くだけだ。


「なぜ髪色を変えたのですか? 前は、俺のように銀じゃなくて良かったとか言ってらしたのに」

「あー、まぁね。だって金の方が目立つじゃない。今でも地毛が金で良かったと思ってるわ」


 そう言ってアレスミは自分の髪の毛を持ち上げた。


 ひらひらと動く髪は綺麗に染まっている。元が金とは分からないくらいだ。そしてこう見れば自分とよく似ている。前にルベンダに女装が似合うなどと言われたが、姉のようになるのだろうか。双子ではないためまるっきり同じではないが、大体は一緒だ。目の前に立つと、もう一人の自分がいるように感じる。そのまま黙っていると、アレスミは思い出し笑いをした。


「ルベンダさんも、私をティルズと間違えそうになったのよ」

「あの方ならありえそうですね」

「ある騎士に腕を掴まれていて嫌がっていたところを、私が助けてあげたの」


 ぴくっとティルズの眉が動いたような気がした。

 アレスミはその表情を見ながら、また微笑む。


「大丈夫。仲良しの騎士の人みたいだったから。確かハイムさんっていう名前だったわね。ルベンダさんに頼みごとをしていたみたい。話を聞いたら健気でいい少年だったわ。……ティルズ、あなたも少しは見習わないとね」

「俺は俺です。他人と同じようにする必要などありません」


 すぐに返答され、今度はアレスミが眉を寄せる。

 少し溜息をつき、すっと立った。アレスミは腕を組む。


「聞いたわよ、またすれ違いなんですって?」

「……クリックですか」

「ええ、お互いに情報交換している仲だから」


 するとティルズはふう、と息を吐いた。

 まるで面倒だというように。


 アレスミは言葉を続けた。


「で、ルベンダさんにも話は聞いたわ。なぜあなたを避けてるのか」


 思わず反応して顔を見てしまう。


 その分かりやすい反応に自分でも舌打ちしたくなるが、仕方ない。今大事にしないといけないのは、自分のことよりも相手のことだ。するとアレスミは嬉しそうに微笑む。


「なんとも可愛らしい理由だったわ。でも、それを私が教えてあげる義理もないわね」

「…………」

「でもこのままじゃ前にも進めないから、提案したの。今度ある秋祭りにデートしたらどうか、って」


 ティルズは眉を寄せた。


「デート、ですか?」

「そう。あなたたち、互いによく分かってるようで分かってないわ。もっと交流を深めるの」

「しかし、」

「あら心配?」


 ティルズは少し怯んだ。


 確かに自分のせいで避けられているのに、そんなので上手くいくのか、と思うのだろう。だがこのまますれ違いでは、本当の意味ですれ違ってしまう。それを阻止するためにも、交流を続けるべきだ。そう言えば、しぶしぶ納得するようにティルズは頷いた。


 アレスミはふふ、と笑う。


「楽しみね」 







 お祭り当日。


 城下は賑わいを見せている。


 「城下の番人」であるクリックや仲間たちも、準備に大忙しなようで走り回っていた。色んな屋台、そして催し物が用意されているらしく、その分客数も多く楽しそうだ。


 そんな中、ティルズは一人城下の中央にある噴水で待っていた。

 そこで待つようアレスミに命令されたからだ。珍しく軍服ではなく動きやすい格好をしている。言わば私服だ。仕事柄滅多に着ないが、貴族生まれであると服の種類に困ることはない。紺のズボンにラフな白い服に薄手の上着を着ている。本来ならばもっとびらびらやひらひらした服を着るような感じだが、ティルズは専らそういうのが嫌いなのでラフな服装が多いだ。


 しばらく待っていると、一台の馬車がこちらへ向かってきた。


 そこから現れたのは、一体どこのパーティに出席するのかと言いたくなるほど派手に着飾った姉の姿。弟ながら、溜息をつくのも無理はない。するとアレスミは少し膨れる。


「あら、何その溜息」

「目立ちたがり屋なのは分かりますが、そこまできらきらにする必要性はどこに?」


 するとにっこり微笑まれる。


「分かっているじゃないの。そう、私は目立ちたがり屋よ。大体、今は目立つ金髪ではなく銀髪なのだから、夜になったら目立たないでしょう? 夜に一大イベントである『誓いの儀式』があるというのに」


 これ以上突っ込んでも意味はないだろう。

 ティルズは曖昧に頷いておいた。


 すると、馬車からもう一人誰かが下りてきた。


「あら、大丈夫だった?」

「は、はい」


 控え目にそう答えてはいたが、内心びくびくしてますというのを言っているような声色だった。馬車から下りてきたのはルベンダだ。今日は仕事はないのだろうか。清楚な服装をしていた。


 白くレースが少しついている服には首元に小さい黒のリボン。そして細やかな模様がある黒の長いスカート。目立つ服装ではないものの、それが良く似合っている。しかも赤い髪はくるくるに巻かれており、化粧もしているが今までと少し違う。睫毛は上を向き、薄い桃色の紅が光っている。元の白い肌によく合わされた色だ。全て姉のコーディネートだろう。センスがあるのはティルズも認めている。本人が派手好きなのはどうかと思うが。


 ルベンダは少しうつむいていた。

 慣れていないのだろう。今までこのような服装になることはあっても、全てそれは仕事。今回はプライベートだ。少し恥ずかしそうな様子が、女性らしさを意識させる。思わずティルズは毒を吐いた。


「そんな姿では隣に歩いてほしくありませんね」


 するとルベンダは驚愕の顔をする。

 ティルズは少し辺りを見回した後、二人に言った。


「少し抜けます」


 そしてとあるお店へ一人で行ってしまった。


 残された二人はしばし無言になる。

 ルベンダはまた下を向いてしまった。


 本当ならば、いつものように今日も仕事があるはずだった。だが仲間のメイドたちが気を利かしたのだ。特にシャナンはむしろ行ってこい、とドスがある声で言ってきた。少しは気持ちを切り替えようと、その言葉をありがたく受け取った。そして一緒にお祭りを回ろうとアレスミが誘ってくれたのだ。何か言う前にあちこちお店に連れて行かれてこの格好である。


 鏡で見て自分でも驚いた。いつもと違う。今までの自分じゃないようだ。アレスミも笑って良く似合っていると言ってくれた。まともにティルズとも話せていないし、少しは和やかに物事が進むと思ったのだが……惨敗だったようでものすごく落ち込んだ。


 ずーんと重い空気を纏ったルベンダを隣で見て、アレスミは苦笑した。


 ルベンダは巷ではかなりの有名人だ。踊り子でもあるし、それなりの容姿もある。それでも男勝りな物言いで皆と仲がいい。さんざん今まで着飾ったことはあるだろうが、プライベートではないらしい。ならば他の男が見たらどうなるか。彼女の周りは大変なことになるだろう。しかも目立つのは赤髪。その色の髪を持つ者はほぼいない。髪の色で自分は今ここにいると宣言しているようなものなのだ。いくら「氷の貴公子」である弟であろうと、波を止めるのは楽なことではないだろう。


 が、アレスミがそれを言う義理はない。

 ので黙って一緒に待っていた。


 すると、しばらくしてティルズが帰っていた。

 手には何か持っている。そして手に持っていたものをルベンダの頭に被せた。一瞬びくっとしたが、頭に乗せられたものを自分で取ってみる。


「……帽子?」

「無いよりはましでしょう。あげます」

「え。ちょ、ちょっと待てよ。これってあの帽子店のだろう!? い、いい! 高い!」


 ティルズが行ったのは、城下で有名な高級帽子店のようだ。他にもさまざまな物を取り扱っており、とにかく値段が高いということはルベンダにも分かる。だがティルズはしれっと答える。


「騎士の懐を甘く見てもらっては困ります。ルベンダ殿よりは十分稼いでますよ」

「んなこと言われなくても分かってるよ! ……じゃなくて! わざわざ帽子なんていいよ、返す」

「お断りします。髪色が目立って後から面倒なことになるのは目に見えてます。被って下さい」


 そう言われてティルズは、今度は強くルベンダの頭に被せた。


 痛いと思いながらいいところで頭が隠される。

 言った内容はよく分からなかったが、そこまで言うのなら仕方ない。ちらっとティルズを見ると、相手も

こちらを見ていた。そしてふっと笑われる。いつか見せてくれた、柔らかい滅多にない笑みだ。


「似合いますね」


 ぱっと視線を外す。


 だがティルズは気にせず、アレスミと何か話していた。

 しばらくした後、アレスミがルベンダの方へ向かって微笑んだ。


「それじゃあルベンダさん、また後で会いましょうね」

「…………へ」

「私はこれからお友達の所へ行くから。それまで弟をよろしく。多分『誓いの儀式』でまた会えると思うから」

「……え、えっ!?」


 今はまだ日中。「誓いの儀式」は夕刻から夜の間に行われる。

 その間、まだ時間はたっぷりとあった。つまり……。


「二人で祭りを楽しんでらっしゃい」


 そういうことのようだ。


 驚きすぎて硬直しているルベンダを余所に、アレスミはさっさと馬車に乗る。そして優雅に笑いながら手を振ってくれた。しばらくそのまま見送った後、ルベンダはその場で目を泳がせる。三人ならば大丈夫だろうと思いきや、まさかの二人きりだ。これからどうなるのか。


 色々迷っていると、ティルズに腕を取られた。

 そのまま歩いていく格好になる。


「とりあえず行きましょうか」


 行く気はあるのか、という突っ込みができる気力はなかった。

 そのまま腕を引っ張られていく形になる。ルベンダはとりあえず愚痴ってみた。


「なんだよ、さっきまでは隣で歩きたくないって言ってたくせに」

「だから斜め後ろじゃないですか」


 するとうっと詰まる。


 確かにティルズが前におり、ルベンダは今その後ろをついていっているような形だ。引っ張られているのだから、ティルズから見れば斜め後ろにいるようなものだろう。ちなみにルベンダから見れば斜め前にティルズがいるようなものだ。いつもの如く上手く返され、腑に落ちない気持ちになる。


 だが、先程よりはだいぶ気が楽になった。

 今後もこのように流れていけばいい。アレスミにも言われたのだ。


『あまり考えなくていいのよ。感じたまま、ティルズと接してあげて』


 掴まれた手から相手の温もりがほんの少し感じられる。

 少し前までは心臓の音がうるさいと思ったが、今はそれもどうでも良くなってきた。その鼓動が苦しいものだと思ったが、今はそこまででもない。ルベンダはやっと笑みをこぼした。




 ティルズはそのまま歩き続け、そしてある屋台を見つけた。

 その場でルベンダを置き去りにし、一人でその店に寄る。どうやら何か買うようだ。ティルズはお金を取り出し、店員と簡単な会話をする。何か鉄板の上で生地が薄く伸ばされている。何が売られているのか確認しようとし、そして自分も何か買おうとルベンダが財布を取り出そうとした所で、また腕を取られた。


「な、なんだ!?」

「行きますよ」

「え、まだ見てもなかったのに……」


 恨めしくお店を見ながらも前に進む。

 せっかくこうしてお祭りに参加したのだ。あまりある機会ではないのに。


「どうぞ」


 急に何か差し出されて、思わず目を丸くする。


 白いナプキンで包まれたそれは、なんともふわふわしていて美味しそうなクレープだった。薄い生地にクリームや苺などのフルーツが多く盛られている。意外過ぎる物に、ルベンダはしばらく理解するのに時間がかかった。するといつまでも受け取らない様子にしびれを切らしたのか、ティルズは口調を強くした。


「いらないんですか」

「いや……これ、なんだ?」


 真顔で聞いたルベンダに、相手は本気で眉を寄せた。


「そんなことも分からないんですか?」

「クレープくらい分かるわっ! いや、これ、私にくれるのか?」

「早くしないと落としますよ」

「も、もったいないこと言うな。食べる、食べるよ!」


 慌てて掴まれていない方の手で受け取る。


 まだあつあつで美味しそうだ。思いきりかぶりつけば、甘い味が口に広がる。美味しい。ちょうど小腹がすいていたので、嬉しく思った。だがなぜ甘い物が大嫌い代表であるこの男がこれを買ったのか、ちょっと信じられない。ちらっと横目で見れば、ティルズはこちらをじっと見ている。


 目が合ったことにぎょっとして、少し慌てた。


「な、なんだよ」

「いえ。美味しそうに食べますね」

「まぁ……美味しいからな。でもお前は、食べられないもんなぁ」


 くすっと笑ってしまう。


 洋館での出来事を思い出したからだ。あの時のティルズはひどい顔をしていた。そして笑ってしまったルベンダを思いきり睨んできた。あの恐ろしい顔はなかなか忘れられない。とりあえず買ってくれたことに感謝はしながらぱくぱく食べ進める。そしてあっという間に食べ終わってしまった。


 それを見てティルズは呆れたような顔をする。


「食べるの早いですね」

「そりゃあメイドの時に慣れてるからな。仕事はきびきびしないといけないし」

「ただ食い意地張ってるだけじゃないんですか?」

「んなわけあるかっ!」


 素早くツッコめば、ティルズも小さく笑った。

 その顔を見て、ルベンダも笑ってしまう。


 これだ。前と同じような関係。昔は言い合いがほんとに嫌がっていたのに、今では楽しんでいる自分がいる。やっと二人でちゃんと会話ができているように感じる。


 ルベンダは手についたクリームを舐めた。クレープ自体が大きく、それなりにボリュームもあったのだ。なので両手とも少しクリームだらけである。


 悪戦苦闘していると、急に頬に手が触れた。


「!?」


 びくついて顔を動かす。すぐに横を向くと、ティルズが頬についていたクリームを取ってくれたようだ。しかもそれを自分の口に運ぶ。すぐさま嫌そうな顔をした。


「甘い」

「じゃ、じゃあ食べるなよ」

「あんまり美味しそうに食べるので、思わず口に入れたんです。気のせいだったみたいですが」

「わ、悪かったな」


 そう返したものの、ルベンダの鼓動が少し高鳴っていた。

 だがどうにか自分で抑え込む。


(な、何も考えるな。何もないんだ!)


 心の中でその言葉を呪文のように繰り返す。


 ティルズはルベンダの表情に何か思ったようだったが、何も言わずに今度は手を握ってきた。文字通り驚くルベンダに心の中で面白いと思いつつ、一緒に並んで歩き進める。

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