第三十一話 ある人物の提案

 ルベンダは走りながら、徐々にスピードを落とす。


 先程尋ねられたことでまた思い出しそうになるが、首を振る。 今は頼まれたことだ。他のことを気にしている場合じゃない。そう思いながら気合を入れようとすると、後ろから元気な声が聞こえた。


「ルベンダさーん?」


 そっと振り返れば、そこにいたのはクリルだった。


 たまたま洗濯の仕事をしていたらしい。

 内巻きの髪を動かしながら、彼女はにこっと笑って近づいてきた。


「どうしたんですか? 女の子はいつも笑顔じゃないと。ほら、スマイルスマイル!」


 そう言いながら、とびっきりの笑顔を見せてくれる。


 前向きな考えを持つのが彼女だ。そのように言ってくれ、改めてハイムが好きになる理由が分かった気がした。ルベンダは感心しながら、その流れで聞いてみた。


「なぁ。クリルは今、ハイムと交流してるんだよな?」

「? はい、そうですけど」

「えっと……ハイムのどこがいいんだ?」


 するとぷっと笑われた。


 笑われてはっとする。これではまるで、ハイムが良くない奴のような言い方になってしまう。慌てて弁解しようとしたが、クリルはさして気にしない様子でずっと笑っていた。そして少し考える素振りをする。


「そうですね。ハイム様は」

「あ、ああ」


 ごくっと唾を飲み込む。


 ルベンダは片時も聞き逃さないようにした。

 するとまたクリルはにこっとした。そして予想外のことを言われる。


「可愛いです!」

「え」


 目が点になる。


 するとクリルが笑いながら説明しだす。


「ハイム様は顔からして童顔っていうのもありますけど、行動一つ一つが可愛らしいんです。でもたまに見せる男らしいところが素敵だなって思ったりしてます」

「……へ、へぇ」


 一応褒めてはいるが、それでもルベンダは返し方が見つからなかった。


「あ、ティルズ様もかっこいいですよね!」


 思い出したように言われ、体が自然とぴくっと動いた。


 さっきまで余裕な顔で話を聞いていたのに、また顔が熱くなる。だがクリルはただにこにこと笑っていた。多分気付いていないのだろう。それだけまだ救いだ。なのでルベンダは、気にせず曖昧に笑って見せた。


「そ、そうか?」

「はい! だってものすごく大人っぽいじゃないですか! 同い年なのにあそこまで落ち着いて、しかも頭のいい方はそうそういないですよー。クールで、ルベンダさんに対して敬語なのに遠慮ない言い方がすごいですよね」


 面白がっている風に言われる。


 それはまぁ当たっているので、苦い顔になる。

 クリルはニストと同じ十七歳だ。確かにティルズと同い年ではあるが、大人っぽいというのは分かる。そのまま話が続くのかと思いきや、クリルは他の騎士の名を上げだした。


「それにスガタ様も素敵ですよね! ルベンダさんがいない時、騎士の方たちが荷物を運ぶのを手伝ってくれた時があったんです。それでお礼を申し上げたところ、たいしたことはないと言って笑ってくれたんですが、その時とっても素敵な笑顔をされてました」

「へ、へぇ」


 納得はしたので同意したが、話がずれだしたような気がした。

 なので先ほどの話に戻ろうとしたが、クリルの口は止まらない。


「それに、クリック様も整った顔をしてらっしゃると思いませんか? 騎士ではありませんけど、仕事でよく寄宿舎の方へ来てくださいますよね! シャナンさんが言うには、けっこう隠れファンは多いらしいですよ! 意外と騎士様じゃなくて、商人様と結婚するメイドが出てくるかもしれませんね!」

「……えーと。クリル、」

「あ、でもやっぱりノスタジア様も人気でしょうか。寄宿舎の方へ住んでいませんけど、この前は来てくださいましたね! やっぱり年上の方がいいって方もいらっしゃいますよね。それにしても騎士様は素敵な方が多いですよね! ね、ルベンダさんもそう思いませんか?」


 ぺらぺらと、それでいて無邪気な言い方をされる。

 その顔がまた女の子らしくて可愛いのだが、それどころではない。だが今のルベンダが答えるのはせいぜいこれくらいだろう。顔を引きつらせながら、笑ってみる。


「……そう、だな」


 それだけしか言えず、思った以上にどっと疲れが出た。







「なんだよそれ」

「すまん……」


 結局クリルに聞いたことをそのまま全てハイムに伝えた。


 が、ほとんど騎士の自慢話大会みたいになった。それに、重要なハイムに対する気持ちも聞けてない。どう思っているのかは聞けたが、ハイムはがっくりとうな垂れる。欲しい回答を得られなかったからだろう。これでは肯定も否定も分からない。


 さすがのルベンダも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ぺらぺら喋り出すと止まらないのは仕方ないにしても、クリルが言ったのは全て皆のいいところばかり。前向きな性格のせいか皆のいいところを探し出すのが上手いにしても、ハイムにとっては他の騎士と比べられたようなものだ。さっきから落胆してばかりだった。


「えっと……ハイム?」

「もう、いい」

「えっ」


 焦って見れば、なぜか開き直っているような顔だ。

 そしてなぜかこちらを真剣な目で見ている。


「もう、俺はいいよ。そんなことよりルベンダ、お前のことだ」

「え……」

「ティルズと何かあったんだろ」


 思わず目を見開いてしまう。


 それはもう終わったことではないのか。別れた時にも何か言われかけていたが、それがまだ続いていたとは信じられなかった。だから思わず目を逸らしてしまう。


「別に、」

「周りだって心配してるんだよ。最近お前ら変じゃないか。前はティルズが避けてたと思えば、今はルベンダの方が避けてる。何があったんだよ。俺でも言えないことか?」

「……………」


 黙ったままでいれば、ハイムはルベンダに近づいてきた。

 そして腕を掴んでくる。


「な、何するんだっ」

「ティルズのところに連れて行く」

「!?」

「こっちからしたら見てられない。お前らも祝福受けるんだろ? だったらこじれる前に話せよ」


 ルベンダは首を振った。

 無理だ、今の状態でとても話すことなんてできない。


 思わず力任せに掴まれた手を振り切る。


「ルベンダ、」

「お前の気持ちはありがたい。でもだめなんだ、今は話せない」

「なんで」

「それは……」


 ルベンダがためらいがちに答えようとすると、いきなりさっとある人物が立ちはだかった。はっとして見れば、長い睫毛の下には透き通るように輝く海色の瞳。そして光に当たってさっきから輝くを増している銀髪が、風でなびいている。その姿にルベンダは目を丸くした。


「嫌がる彼女に一体何をしてるんだ?」

「……いや、あなたこそ何してるんですかアレスミ様」


 上手く決まり素晴らしき決め顔をしていた相手に、ルベンダは盛大に突っ込む。


 するとすぐにむっとした顔をされた。


「ちょっとルベンダさん、せっかく上手くいったと思ったのに」

「確かに一瞬驚きましたが、髪が長い時点で気づきました」

「まぁね、さすがに切るまではしたくなかったんですもの。一応女性だしね?」


 くすっと笑ってウインクをされた。


 目の前に立ったのは、ティルズの実の姉であるアレスミ・ザンビアカ。以前寄宿舎の方へ来たのだが、相変わらずおちゃめなようだ。思わずルベンダは聞く。


「どうしてこちらに?」

「あら、感動の再会なんだから楽しみましょうよ」

「いえ、二か月も経ってませんし……」

「いやねルベンダさん。そのツッコミ、まるで弟のようだわ」


 思わずぎょっとすると、嬉しそうな顔をされた。


 だがすぐに言い返す姿勢を取る。

 このままでは癪だと思ったからだ。


「髪色、変えたんですか?」


 いつもは黄金の髪なのに、なぜか銀色になっている。

 それでも美しさに変わりはないのだが、まるで別人のようだ。髪色でこうまで変わるのか。するとアレスミは、楽しそうに自分の髪を両手で掴んだ。


「そうそう。今回は弟に似せてみようと思って。舞台女優は常に演技するものなのよ。それにしてもどう? 顔のパーツとか瞳の色は似てるから、髪色変えただけでも印象変わるでしょう?」


 言われてみれば、髪も銀色になるとかなりティルズに似ている。


 さっきハイムの手を止めて間に入った時、一瞬勘違いしそうになったくらいだ。だがそんなことを言ったら何か言われそうだったので伏せておいた。ただ似ていることだけは伝える。するとなぜかにやにやした顔をされる。そのまますっとルベンダの手を優雅に取った。


「久しぶりに会えて嬉しいですよ。ルベンダ殿」

「アレスミ様! 今演技いりませんから!」


 するとくすくす笑われる。


 声色は似ていなくとも、笑い方が微妙に似ていたりと心臓に悪い。

 だがすぐにアレスミは、茫然とこちらを見ていたハイムに詰め寄った。


「さっきから聞いていれば人のことばかり気にしているわね。今はあなたの方が大変な時じゃなくて?」

「っ!」


 その笑みは、ティルズがいつもするような感じだった。

 相手を馬鹿にしているようで、ハイムもあまり言い心地ではないだろう。だが正論を言われてるので、少し口ごもってしまう。その様子に、アレスミは一つの提案をした。


「じゃああなたも彼女に誓えばいいわ」

「え?」

「もうすぐお祭りでしょう? 私はそのお祭りに参加するためにここに来たの」


 アレスミが言っているのは、もうじき始まる秋祭りのことだろう。時期的に秋が来る前に行われるもので、豊作を祈って開催される。そして、そこでは定番行事として「誓いの儀式」がある。これはその場で誓ったことは何であろうと守らねばならないというもの。


 ある意味迷信と言ってもいいが、守らなければ祟りが起こり、その人物に被害が及ぶという。その代わりもし誓いを守れば、必ず幸せになると言われている。その証拠に、誓った者にはそれなりの吉報が届いている。


 それをハイムにさせる気だろうか。ルベンダがちらっと見れば、ハイムの瞳が輝いていた。どうやら既にアレスミの話に興味を持っているようだ。にしても、気持ちを切り替えるのが早い男だ。


「そこで、何を誓えばいいんでしょうか」

「そんなこと決まっているでしょう? 彼女に対する永遠の愛」


 するとハイムはごくっと唾を飲み込む。


「永遠の、愛……」

「そう。彼女に対してどこまで愛情が大きいのか……それをあなたは伝えきれていない。それを伝えれば、彼女もあなたの気持ちを理解できるはずよ」

「な、なるほど……。ありがとうございます!」


 いつの間にかがっちり握手をしている。


 確か初対面のはずだが、二人は妙にきらきらしたような顔になっていた。

 ハイムはその後、寄宿舎の方に帰り始める。ルベンダはアレスミと共にそれを見送ったが、ちらっと隣を見る。まるでシャナン第二号だ。だがあの対応こそ、ハイムも求めていたことだろう。どうにも自分は力になれなかった。ここでアレスミに出会えて良かったように思う。


 アレスミは満面の笑みで手を振り続けている。


「可愛らしいわね、恋する少年」

「いや、二人は祝福を受けてますが……」

「もう、分かってるわ。こういうセリフを言ってみたかっただけよ」


 思わずツッコめば、頬を膨らませる。

 自分より五つも上だが、なんとも可愛らしい。思わず苦笑した。


「それはすみません。それにしても……、どこまで話を聞いていたんですか?」


 口調からすれば、まるでルベンダたちの話をずっと聞いていたかのような口ぶりだ。するとにっこりとお嬢様風の笑みを浮かべられる。そして手を口に添えた。


「それはもう最初から」

「え」

「ふふふ、私は神出鬼没よ。そう言った意味では、シャナンさんとは馬が合いそうだわ」

「…………」


 やっぱりシャナン二号か。

 だがそれは以前寄宿舎に来た時から、うすうす感じていた。


 祭りは一週間後。それまでアレスミは、色々と観光するらしい。寄宿舎に泊まるのかと思ったが、友人の屋敷が近いらしく、今日は顔を見せただけのようだ。納得していると、今度は意味深の笑顔を向けてくる。


「そういえば、ティルズとすれ違いなんですって?」

「え。い、いえそういうわけでは」

「いやだ、目が泳いでいるわよルベンダさん」


 妙に勘が良いところまでそっくりか。

 しかもどうして知っているのだろう。少し厄介に思ったが、アレスミは楽しそうな表情だった。


「私からしたら微笑ましいけどね。若いうちから祝福を受ける人が多いと聞くけど、互いにまだ分かってない状態でしょう? だったらたくさんの困難は起きるものだわ。結婚してからの方が幸せも苦労も、一緒の分だけ多いもの」


 自分より先に結婚していることもあってか、言葉に説得力があった。


「ティルズもどんどん変わってくれている。嬉しいわ。あなたのおかげよ、ルベンダさん」

「え。私ですか?」


 ティルズが変わった。確かにそれは感じるが、それがルベンダも関係しているとは到底思えなかった。それよりも、近くにいるスガタやクリックの存在の方が大きいと思う。ルベンダはどぎまぎした。何がだろう、どこがだろう。何とも言えなくて、黙ってしまう。するとアレスミは励ますように言う。


「まぁ私からすれば、ルベンダさんが弟の祝福の相手だってことで、もう運命を感じたりするんだけどね」

「そ、そうでしょうか……」

「あら、自信がないの?」


 そんなことを言われ、首を傾げてしまう。


 運命だとかそうじゃないとか、自信があるとか、自信がないとか、そういう話ではないと思う。そんなことよりも自分が気になるのは、別のことなのだ。ルベンダは思わず溜息をついていた。


「……私にも、話せない内容かしら?」

「えっ」


 見ればアレスミは、心配そうに顔を覗き込んでくる。

 そして苦笑した。


「私はティルズの姉だけど、ある意味部外者だわ。気持ちを吐き出すにはいい話し相手だとは思うんだけど……どうかしら?」


 しばし迷ったが、アレスミなら言えると思った。

 結婚もしているし、ルベンダより色んな意味で先輩だ。それに、いつまでもこれを自分の中で留めておくのもしんどい。ルベンダは深呼吸をし、そして真っ直ぐ目を合わせる。


「実は……」


 話を聞き終えたアレスミは、なぜか嬉しそうにこちらを見る。

 そしてルベンダにもある提案をした。


「…………ええっ?」


 目を丸くしたルベンダに、アレスミはゆっくり頷く。

 彼女はすでに先を見通していた。

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