第二十八話 騎士団の団らんの中で

 次の日の夜。今日はお店へ踊りに行く日だ。


 ルベンダは微妙な顔をしていた。

 なぜならいつもの如く付添いはティルズだからだ。


 お店に行くこと自体久しぶりで、実際ティルズに会うのも久しぶりだった。それらしい会話もなく、無言で馬二頭が目的地に向かって走り出す。後ろでティルズが追いかけてくれているが、その視線が怖くてルベンダは振り返れない。さっきからスピードが上がるばかりだ。


 しかも、今日は多くの騎士たちがやってくる。シャナンがお祝い会を提案してくれたのだ。最初聞いた時は少し渋ったのだが、彼女は真剣な顔で言ったのだ。これで話すチャンスを作れと。


『気さくな騎士様が多くいるんだから、これで少しは和やかな雰囲気になるはず。チャンスは物にしなさいよ!』

『……そ、それで上手くいくのか?』


 すると怖い顔をされる。


『あんた、ティルズ様と話したいの? 話したくないの?』

『は、話したい、です……』


 あまりの迫力に敬語になってしまう。


『でしょ? 相手が頑なに話してくれないなら、こっちから話すまでよ。あんたそういうの得意でしょ? セッティングはしてあげたんだから、しっかりしなさい!』

『いや、得意ってわけでは』

『なにか言った?』


 強い口調で言われる。


 顔には笑みがあったが、ルベンダはびくっとなりながら首を振る。

 すると満足そうな顔をされた。


 でも、確かにシャナンの言う通りだ。


 今まで知りたいことはとことん本人に聞いてきた。ティルズなら尚更。だから、何も話さない、ってことは自分の中で考えられない。何か自分に納得できないところがあるなら言ってほしいし、自分だって直したい。もし祝福の話がなくなったとしても、それはまた……その時だ。今考えることじゃない。


 それに、優しい騎士団の中ならば、きっと大丈夫だ。




 お店に到着すると、すぐさま舞台裏に駆け込む。


 ティルズから逃げるのもだが、衣装に着替えるためだ。

 衣装はすでに用意はされており、踊り子仲間もいた。衣装に身を包んだ従妹同士であるカーナとミーナが、今回一緒に踊ってくれる。所々顔が似ている二人だ。姉妹のようだといってもいい。


「あー、ルベンダ来た来た」

「私たち、もう準備できてるよ~」

「ああ。今日は悪かったな、来てもらって」


 ルベンダ以外の踊り子は交代制だったりもするのだが、今日は急に呼び立てたのだ。だが二人はにっこり笑って首を振る。


「大勢の人が来てくれるなら、見てほしいもんね」

「ルベンダと一緒に踊れるの、私たちも嬉しかったりするんだよ」


 そんなことを言ってくれる。

 温かい言葉に思わず笑顔が出る。ルベンダは大きく頷いた。


 そしてしばらくしてから、舞台に上がるよう指示される。


 素早く返事をし、準備をした。今だけ、何も気にしなくていい。集中すると周りが見えなくなるという、自分の特性を生かせばいい。ルベンダは気を引き締めて、自分の頬を叩いた。







 多くの騎士が椅子に座っている。


 もうすでに飲み物が渡っており、テンションが上がっている騎士もちらほらだ。ティルズも甘すぎない程度の飲み物を飲んでいたが、隣の男どもはぎゃあぎゃあと騒いでいた。うるさい。


「マスター、もう一杯!」

「え? クリック、それはもうお腹いっぱいってことか?」

「誰がそんなボケかますか。もっと飲むってことだよ。そんなことよりお前、全然飲んでないじゃんか」


 各国で有名の果実を使った飲み物がこの店の自慢だが、騎士たちが飲んでいるのはあっさりしたレモンやオレンジなど、柑橘系を使った飲み物だ。季節的にまだ暑さが残るからだろう。スガタも同じものを飲んでいたのだが、あまり量が減っていなかった。


「なんか俺には物足りなくて。どっちかといえばもっと甘い方が……。あれ、そういやレゲントは?」


 スガタがきょろくきょろと探す。


 甘党仲間も、スガタと同じ意見のはずだ。

 すると急に背中に衝撃が来る。


 振り返れば、髪が乱れており、青白い顔をした人物が寝転んでいた。


「レゲント!?」


 焦って頬を軽く叩くと、うっすらと目が開いた。

 そしてうめき声で言われる。


「……に、にが、すっぱい……」

「それ、何語?」


 スガタに冷静に突っ込まれ、周りは爆笑した。


 どうやら青汁とグレープフルーツを混ぜた飲み物を飲まされたようで、そのミックスはマスターでさえ苦笑していた。片方ずつ飲めばきっと美味しいだろうに、おかしな方向に持っていくのがこの騎士団の先輩たちだ。特にレゲントは酸っぱいものが苦手なので、より強烈だっただろう。哀れなような、自分は被害に遭わなくて良かったような、スガタも苦笑してしまった。


 唯一ティルズだけはその場に移動し、誰もいないテーブルカウンターに座る。そこではマスターが丁寧にコップを磨いていた。席を移動した様子ににこっと笑い、棚に飾られていたあるグラスを出された。


「私のお気に入りだよ」


 そう言ってティルズに何も聞かず、グラスに注いでくれる。

 色は透明で純白のように輝いている。嗅いでみると、フルーティな香りがした。飲んでみれば爽やかな味わいで深みもある。そのまま少しずつ喉を潤した。


 マスターは先ほどと変わらず笑みを深くしただけで、余計なことは言わなかった。それが、ティルズには心地良かった。まもなく踊りが始まるブザーが鳴る。コップを手に持ち、そちらの方へ目を向けた。上に上がる幕を見ながら、ルベンダの姿が映る。


 いつもは綺麗で清楚なイメージの衣装なのだが、今回はまた少し違っていた。下のスカートはいつもと変わらぬ白だ。腰にはこれまた白のストールが蒔きつけられ、体が動くたびにゆらゆら揺れる。そして縁は全て金色の糸を使用していた。そして、上は鮮やかな青色。海の色よりも濃いその鮮やかな色と、素肌の白さがさらに際立つ。


 踊り子たちが礼をすれば、騎士たちは拍手をしたり口笛を吹いた。


 近くにいたクリックも、感心したような声を上げる。


「へぇ、久々に見たけど、やっぱり綺麗だな」

「ほんとだ。まるで海みたいだ」

「スガタ、お前子供みたいなこと言うなぁ」

「にしても、あれなら寄宿舎のメイドさんたちも似合いそうじゃないか?」

「あ、確かに! シャナン殿とか!」

「……スガタ、声でかいぞ」


 なんでそこでシャナン一択なのだろうとクリックは思ったが、メイド自体そんなに顔見知りがいないので、だったらそんなに名前も出てこないか、と思い直した。


 騎士たちが盛り上げてくれる中、ルベンダは柄にもなく緊張していた。だが、ふとティルズの姿を見つける。目立たない場所にいたが、一人だけだったので、見つけやすかったのかもしれない。こちらに目を向けてくれているということだけ確認でき、それだけでなんだかほっとできた。


 そして、演奏者たちの音楽の音が聞こえ出す。

 集中すると気持ちがほぐれ、自然と笑顔になる。そしてルベンダは舞い始めた。


 上は青、下は白。艶やかな衣装とルベンダの炎の如くなびく綺麗な赤い髪。その三色が揃ったことで、また色が鮮やかに見えた。にこっと笑えば、見てくれる人も笑ってくれる。その優しさが時に愛おしい。踊るだけで、こんなにも感情が豊かになるのだ。


 時間はあっという間に過ぎてしまう。


 自分でも驚くほどすぐに踊りが終わってしまい、呆気なかったような、それでいて楽しいという気持ちが一気に来てしまったような、変な感じだ。騎士たちは本当に気さくで、大きな拍手を長くしてくれていた。


 そのまま舞台の上から飛び降りる。


 今の雰囲気を利用して、ティルズに――――と思っていると、父親が近づいてきた。


「ルベンダ」

「父さん……。忙しいのに、来てくれてありがとう」


 すると目を細めた。嬉しそうな顔だ。

 そしてタギーナは、わざとらしく咳払いをしながら言った。


「娘の晴れ姿を見ない父親がどこにいる?」

「……オジサンくさいセリフだな」

「こら、ルベンダ!」


 久しぶりに本気の拳骨が来た。


 いくら歳を取っても、若くいたいのが本音だろう。

 昔の稽古以来だと思いながら、ようやく父親とゆっくり話す機会ができてルベンダも嬉しくなる。


 だが、今話したいと思う相手は別だ。


 軽く言葉を交わした後、ルベンダはマスターの近くにいたティルズに顔を向ける。相手もじっと自分を見ていた。何日も目を合わすようなことをしていない。なんだか久しぶりな気がする。ようやく、話せるんだ。穏やかな雰囲気なこともあってか、まだ落ち着いていた。


 深呼吸を繰り返した後、ルベンダはその場に行こうとした。


 と、急に突進してきた人物がいた。あまりの勢いに思わず声を上げそうになるが耐える。普段鍛えているとこのような時も対処できるのか、と我ながら感心してしまった。とりあえず、突進してきた人物に目を向けた。だが別に嫌な気はしない。騎士団の大半は、ルベンダの友のようなものだからだ。


「おい……ってレゲント!? お前大丈夫か!?」


 怒るよりも先に心配の言葉が出た。

 今にも吐きそうな顔をしている様子で、半分白目になっている。


「……もう、む」

「分かった、すぐ吐き出せ。そのままだとお前やばい」


 慌てて水がある場所に連れて行こうとすると、急に手を引っ張られた。


「え」


 見ればティルズがルベンダの手を取り、外へ連れ出す。


 慌ててレゲントを見れば、すぐに他の仲間に介抱されている。騎士たちが気にせず行ってこい、という意味で手を振ってくれた。今はその配慮はありがたかった。


 二人が外に向かう様子を見ていたクリックは、くるみなどのつまみを食べていた手を止める。そしてそっと立ち上がって窓に近づけば、既に先客がいた。くすっと笑い、その人物に話しかける。


「どうしたんですか、副団長」

「ああ、クリックか。そりゃあ幼馴染が気になるからな」


 ノスタジアが見る方向には、二人がいる。


 懐かしい親友を思い出しながら、ノスタジアは息を吐いた。


「今思えば、ファーがいたから、ルーベは守られていたのかもしれないな。昔はそれなりに可愛かったし」

「え、そうなんですか?」

「ああ。そして……ファーのシスコンは半端ない」


 盛大にクリックは吹き出す。


 あの団長に次ぐ剣の使い手だと噂には聞いたが、まさかのシスコンか。両親に似た綺麗な顔をした美青年だとは思ったが、どのようにルベンダを心配するのか知りたくなる。だから聞いてみた。


「それは――――どれくらい?」

「どうだろうな……。もうあれから早何年か過ぎてるわけだし……妹に会えなくて相当ストレス溜まってるんじゃないかな……」

「うわぁ……」


 理想の騎士だと言われるほどなのに、どことなく残念な感じがした。







 外へ連れられ、ルベンダは少し焦った。

 話せるチャンスだがあるのは嬉しいが、今は二人きりだ。むしろ話しにくい。


 どうしようかとおろおろ考えていると、相手の方が振り返った。


「すみませんでした」

「え……」


 振り返ると同時に頭を下げられ、ルベンダは挙動不審になる。

 昨日までの態度のことだろうと思っていると、「急に手を引っ張ってしまって」と言われた。思わずがくっとなりそうになったが、ルベンダは苦笑しながら答える。


「なんだ、そんなことか。別に気にしなくて」

「嘘です」

「え」


 思わず言葉が止まった。


 だがティルズは真面目な顔で、少し視線を下げて答える。


「昨日までの態度のことです」

「…………」


 ルベンダは黙っていた。

 だが、すぐに笑みを作って口を開く。


「気にするな。何か理由があったんだろう? それなら仕方ないし、またこうして普通に話せて良かった」


 あくまで和やかな雰囲気を大切にしたいと思い、ルベンダは気にしない様子で微笑んだ。すると、ティルズはなぜか不審そうな顔をする。そして、少しきつい口調になった。


「――なんで聞かないんですか」

「えっ、」

「いつもくだらないことではすぐに言い返すのに。どうしてこんな時は聞かないんですか、怒らないんですか」


(え、え――――!?)


 なぜか叱られてしまった。


 ルベンダは心の中で叫びながら、呆気に取られながらティルズを見た。

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