第二十六話 合わせる

 ルベンダは混乱の中、それでも必死に考えた。


(……私の相手はティルズで、つまり、ティルズの相手が私だった、ってことか? え、でもなんでだ?)


 理解したところでさらなる疑問が出てくる。


 ティルズは相手がルベンダだと知っていた。おそらくルベンダよりも先に。


 それなのになぜ今それを言ってきたのだろう。むしろ、ルベンダが相手だと知ってどう思ったのだろう。馬車に乗っている時に意味深なことを言っていた。つまり、ティルズは相手がルベンダであろうと、それを受け入れる覚悟ができたということだろうか。


 考えながら訳が分からなくなる。

 だが今ルベンダが聞きたいのは、一つだけだ。


「ティ、ティルズ!」


 名を呼べば、素っ気なく「なんですか」と返ってきた。

 なんだか拗ねているように聞こえるのは気のせいだろうか。だがルベンダは気にせず聞いた。


「お前こそ、私なんかが相手でいいのか!?」

「…………はい?」


 振り返ってものすごく不審な目で見られた。

 思わず怯んでしまう。


 だが怒号のような声が前から聞こえてきた。


「いいからあの二人を捕まえろっ!」


 マギリュイが残りの部下たちに命令したのだ。しかも近くにいる部下だけでなく、この会場で潜んでいた部下も次々と現れ出す。思ったよりも数が多い。


 ティルズは面倒くさそうに、次々来る部下たちの相手をした。


 剣を振るいながら体術も繰り出し、一対複数であるのに全く動じていない。もちろん傍にいるルベンダも、ティルズと反対側に身体を向け、来る部下を上手くあしらう。背中を向けたら負けであること、それは団長である父によく聞かされたことだ。


 そのまま互いに相手をしながら、ティルズは口を開いた。


「質問に質問で返すのはどうかと思いますよ。俺はあなたの考えが知りたいんですが」


 すると相手の無防備なところに一撃を食らわしたルベンダが、荒い息をしながら返した。


「私のことはこの際どうでもいい。それよりお前のことだ。お前こそどう考えてるんだよ」


 ティルズは剣の柄の部分で相手の腹部を狙う。

 できるだけ殺生にならないようにするのが、騎士団のルールだ。


「……またそれですか。あなたはいつもそれですね。自分のことができてないくせに相手の心配をする」

「そ、それは今関係ないだろ!?」


 図星なので思わず声が大きくなる。


 実際メイドの仕事の時も、ニストの方がじゅうぶんできるのに、おせっかいをして迷惑をかけたことがある。後でこっぴどくシャナンに叱られたものだ。


「ティルズだって、あの時結局何も答えてくれてないじゃないか! お前変なとこ意固地だよな」


 ルベンダが言ったのはアレスミが来た時の言い合いだ。

 するとティルズは少しだけ唸る。まさかルベンダに正論を言われるとは思ってなかったのだろう。


 少しだけ黙った後、ぽつりと言った。 


「俺だって……俺だってまさかあなたが相手だとは思いませんでした」


 むっとしそうになるが、そう思いたくなる理由は分からなくもないので黙って聞く。


「でも、姉や周りに意味深なことを言われて、これは偶然じゃなくて必然だったんじゃないかとも思いました」


 倒れてはまたやってくるしぶとい部下もいるようで、ティルズは手加減なしで力を込める。殺生は基本的に避けなければならないが、そうなるとそれはそれで戦うのが難しい。騎士からすれば、注意しながら戦わないと、本当に命を奪いかねない。ティルズはまだ若く身体もこれから成長していくので、力のコントロールはまだできる方だ。


「ルベンダ殿なら、俺の生涯を預けられる。そう直感したんです」


 思わず目を見開いてしまった。


 一瞬顔が見たいと思ったが、次々相手が来るので、そうもいかない。だがこの場でティルズの顔が見たいほど、今の発言は胸に込み上げてくるものがあった。ルベンダが何も言わないでいると、相手は居たたまれなくなったのか、少しだけどもって言葉を続けた。


「で、どうなんですか」

「え?」

「俺は俺で答えたんですから、ルベンダ殿も答えて下さい」


 少し気恥ずかしそうだった。

 それがなんだかくすぐったい。


 わざとはぐらかして答えないでやろうかとも思ったが、ティルズなりにちゃんと答えをくれた。だったら、それに対して真正面から答えるのが礼儀だろう。ルベンダは少しだけ迷いながら言った。


「……私も、まさかお前が相手だなんてこれっぽっちも思ってなかったが」


 少しくらいは思ってくれてもいいんじゃないですか、と小言で言われる。

 それはこちらのセリフなのでおあいこだ。


「でも、なんかしっくり来たのはあったかもな。お前とはきっと今後も付き合っていくんだって、思ってたから」

「…………」

「それに、さっき子供に言われたんだよ。相手が気になるってことは、好きと等しいんじゃないかって。思えば私は、お前のことばっかり気にしてた。何を考えてるのか、知りたいって思ってた。まぁ別に他に何か意味があったわけじゃないが……」


 そこで一旦止め、ルベンダは決意したように言った。


「私は、誰であっても受け入れる覚悟ができてる。だから、お前が相手でいい」


 思わずティルズは息を呑んだ。

 今ここで動揺した顔を見られなくてよかったと思った。


 何ともいえない感情の中、ぽろっと言葉が出てしまう。


「……俺でいい、ですか。なんだかそれ、あんまり嬉しくないですね」

「え。あ、お前またそっちに解釈したな!? 言い方間違えたかもしれないけど、意味合いとしては違うからな!? 『お前いい』じゃなくて『お前いい』だ!」


 ぎゃあぎゃあ文句を言われるが、ティルズは黙っていた。

 それに関しては気付いていた。考えてくれた上で言ってくれたのだと。


 だが、素直じゃないのが自分だ。


 そこは素直に礼を言えばいいものを、再度また余計なことを口にしてしまう。


「それにしても、返事が早すぎるんじゃないですか。俺は別に今すぐとは言ってないんですが」

「え」

「え?」


 思わず聞き返す。


 するとルベンダは少しだけ焦った。


「え、そうなのか!? てっきりこういうのは早く答えるもんだと……!」

「…………考えておいてください、って言ったじゃないですか。すぐに聞いて答えられる方が少ないですよ」

「だ、だって……も、もういいだろ!」


 こうなったら開き直りだ。


 頬が熱くなるのを感じたが、戦闘中で汗を掻いたと言えばいい。

 実際ルベンダもティルズも手足を動かしている。ルベンダははっきり答えた。


「どうせ私は頭でどうこう考えるタイプじゃないんだ。感覚で生きてるし、感覚で色々決めてきた。それに、それで間違ったことは一度もない。だったら今回もそうだ。私がティルズがいい、って思ったんだから、いいんだ!」


 ……どんな開き直り宣言だろう。


 あまりにはっきりとそう言われ、ティルズは微妙な顔になる。


 真っ正直に聞けばこれほど嬉しい言葉はないのかもしれない。

 だが、ルベンダはあまりにはっきりと物を言い過ぎだ。おそらく本人でさえ、あんまり言葉の意味を理解せず発言している。……それでも、それがあまりに彼女らしいと思った。


「じゃあ、いいんですね?」

「お前もしつこいな。いいって言ってるだろ?」


 思わず口元で笑ってしまう。


 なぜ彼女を自分の元に寄越してくれたのか、分かった気がした。

 頭より先に手足を動かし、感情で動く自分とは正反対な性格。それが見ていてあまりに危なっかしく、それでいて自分にはない良さがある。きっとそこが、自分は惹かれたのだ。


 と、急にルベンダが「う……」と何か唸るような声を出す。


 はっとして見れば、手で口元を押さえていた。

 一気に顔が青白くなっている。思わず肩を触れようとすれば、ルベンダは手を払いのける。そして先程と打って変わり、目は虚ろながらも、自分を睨んでいた。


「……彼女に何をした」


 すぐにティルズはマギリュイに向き直る。

 すると相手はようやく来た、とでも言いたげに、おかしそうな顔をしていた。


「ふ、ふふ、はははははは!! 我々の薬の技術を馬鹿にしてもらっては困る!」


 そうこう言われている間にも、ルベンダは動いた。


 さすがは鍛えているだけはあり、武術にキレがある。

 ティルズは避け、時に逃げながら相手をするしかない。


 マギリュイはおかしくてたまらないといったように叫んだ。


「仲間に危害なんぞ加えることなどできないだろう! どうだ、信用している相手に攻撃される気分は…………。!?」


 満足そうにそう言い放ったが、マギリュイは唖然とした。

 ティルズはタイミングを見計らってルベンダの腹部を思い切り殴ったのだ。


 いくら体術が優れていても、やはり男女の力の差はある。

 ルベンダはすぐさま倒れてしまい、ティルズはそれを支えた。


 マギリュイはあんぐりと口を開ける。

 まさに鳩が豆鉄砲を食らったような図だ。


 それと共にしばし呆然とこちらを見る集団に、ティルズはしれっと答えた。


「逆に彼女だからこうもできる。ツメが甘かったようだな」

「……な、お前、仮にも女に…………!?」


 まだ驚いたような顔をされ、そんなことはどうでもいいティルズは聞いた。


「で、その薬というのはなんだ」

「ふ、ふん。そんなことを私が教えるとでも……」

「――――教えてもらわないと首が飛ぶことになるけどな?」


 急に別の声が聞こえて見れば、首元にちゃっかりナイフが突きつけられていた。


 見上げれば、クリックが害のない良い笑顔をしている。

 わなわなと身体を震わせるマギリュイに、選択肢などなかった。




 事は終わり、クリックが手を唇に当てて音を鳴らした。


 ルベンダの時とは違う、鈍く金属が鳴ったかのような音だ。

 それが合図だったのか、会場は騎士でいっぱいになる。


 その間ももちろん襲われもしたが、ティルズの剣に敵う相手などいなかった。


 クリックも身軽そうに動きながら、声をかける。


「こっちはもう大丈夫だ。早くルベンダを」

「ああ」


 しばらく間を空け、またクリックはにこっと笑う。


「お説教しないとだな」

「お前に言われるまでもない」


 しれっと答え、ティルズはルベンダを抱えて出口まで走った。


 親友のその言葉と顔に、クリックはきょとんとする。

 そして思わず苦笑し、きっと大変なことになるだろうルベンダに心から祈った。




 進みながら、ノスタジア率いる騎士たちにも会った。

 ノスタジアはこちらを見てほっとしたように微笑む。ティルズは一言だけ告げた。


「大丈夫でした」


 一瞬体調のことだろうかと思ったようだが、ティルズの顔を見てすぐ分かったらしい。嬉しそうな表情をしてくれた。ティルズからすれば、それが少しだけ歯がゆい。だが、お礼も込めて頭を下げた。するとノスタジアは、ティルズの頭に手を置き、優しく撫でた。


「良かったな。ルベンダのこと、頼むぞ」

「はい。あと、薬の件で」

「なんとなく察した。それもお前に任せる」

「!?」


 驚いたように目を見開けば、相手は笑顔のままだ。


「大丈夫だ」


 それだけ言われた。



 




 外に出ると、涼しい風が頬を撫ぜた。


 まだ慌ただしく騎士たちが動きまわっている。

 木の傍に横たわっているルベンダを見て、ティルズは少し考えごとをした。


「…………」


 確かに仕事を成功させたことには変わりないが、本人が無事でなければ意味がない。薬を落とすなど、本当にルベンダらしいとさえ思ってしまった。それにマギリュイが言った「薬」は、かなり複雑な構造でできているものだった。一つではなく、複数の薬が交じり合ってできている。だからこそ、複数の効果も期待できるらしい。普通薬は何種類も服用すると効果が薄れたり体に良くないのだが、問題ない種類の物を混ぜて作ったようだ。フローにでも見せれば、喜んで内部の構造が分かることだろう。


 効果はバラバラながら、今回のも睡眠薬だけでなく複数の薬が入っているらしい。今のルベンダは眠っているが、いつ起きて変に覚醒しないか冷や冷やする。


 それにしても……。

 ティルズは片眉を動かした。


 本当によく寝ている。


 すうすう、と寝息を立てているところから見れば、別にこのままでも大丈夫じゃないのだろうか、と思う程だ。あまりに気持ちよさそうに寝ている。それが、少しだけいらっとさせる。


 が、薬について分かったのならば、今自分にしないといけないことは一つだ。


 ティルズは一旦頭を冷やし、冷静な自分に戻った。

 そして心の中で祈る。どうかルベンダの体内に、薬が残らないよう。


 それが終われば、すぐさま解毒剤を口に入れ、もらった水を大目に含む。


 薬というのは、コップ一杯分ほどの水が必要らしい。そうしないと効果が薄くなるようだ。ルベンダの場合、三杯分の薬を含んでいるのだから、一筋縄ではいかないかもしれない。そんなことを思いながらも、どこか大丈夫だ、という気持ちがあった。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。


 端正な顔を見ながら、神秘的な紫の瞳が今にも開かれそうだと思った。

 そう思いながら、ルベンダにそっと口付けた。

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