第二十五話 舞姫の意地

「…………んっ」


 ルベンダは目を覚ました。

 見れば薄暗い場所にいる。そしてなぜか両手を縛られていた。


「な、なんだこれ!?」


 確か自分は屋上にいたはず。


 そして無事に三人をレゲントに託したはずだった。

 すぐに迎えに来ると言われ、そして自分は――――。


 思い出そうとしていると、急に視界が明るくなる。誰かが部屋に入ってきて、思わず目を細めた。すると、長身の男性が一人。着こなしている燕尾服が豪華な物に見えた。大分歳が上で、髭も蓄えている。ジェントルマンのような雰囲気があったが、この場に連れてきたのがこの人物ならば、まったくもってルベンダに対し配慮がない。思わず睨むと、その男性は微笑んだ。


「せっかくの綺麗な顔が台無しだな、ルベンダ・ベガリニウス」

「…………」

「ここに侵入……いや、品物として送られてくるとは。こちらからしても予想外だったよ。しかも、他の品物は君のせいで逃げられてしまったようだしね」

「人間を物扱いするなっ!」


 思わず叫んだ。


 何も言わないつもりだったのだが、やはりその扱いは許せない。

 すると男性は少し眉を動かしたが、薄ら笑った。


「まずは自己紹介といこうか。私がこのオークションの支配人、マギリュイ・イラだ」

「そんなことはどうでもいい。私をどうするつもりだ!」

「…………威勢が良く、手っ取り早いね君は。もちろん売るつもりさ。あの有名な両親の娘がこんな所へやってくる……。オークションへ来た者は飛びつくだろうね。何せ」


 そう言いながら近寄り、ルベンダの顎を掴んできた。


 女性に対してではない力の加減に、思わず顔が歪む。

 しかもこの裏側の人間でさえ、自分の両親のことを知っているのか。あの物語がどこまで浸透しているのかが分かったと同時に、知られたくなかったと思った。


 しかし、マギリュイは嬉しそうに微笑む。


「性格はがさつではありながら、着飾ればこんなにも美しくなる。『紅く可憐な舞姫』の肩書は、伊達じゃなかったようだ。私の物にしたいくらい輝いているよ、今の君は」

「だ……まれっ!」


 あまり上手く口が開かなかったが、どうにかそう叫んだ。


 するとマギリュイは、ルベンダに平手打ちをする。

 もろに受けてしまい、横に倒れ込んでしまう。力加減は弱かったが、どうせ品物だから、という理由で配慮したのだろう。頭上からは怪しげにくくく、と笑う声が聞こえてくる。


「言っておくが、君が逃がしたのはたったの三人。今回は数が少なかったが、もうすでに多くの品物達は世に出回っている。……たった数人逃がしただけでどうする? 何も変わらないのではないか?」

「!」


 ルベンダは眉を寄せた。


 今回は、このオークションの一番根の深い部分を掘るための仕事だ。だが、もうすでに被害に遭った人たちはどうなるのだろう。片っ端から捜索はするが、それでも時間はかかる。


 するとマグリュイが付け足しのように呟いた。


「しかも君の両親はずるいじゃないか。たいしたこともしていないのに多くの人たちに賞賛されて、それでちやほやされて何が嬉しい? あの物語を良く思う者もいれば、私たちのように悪く思う者もいるのだよ。本を出版するなどして印税をもらい、ただの金儲けじゃないか。君の両親も、私たちと大差ない。生きるために金儲けをしているようなものだ」

「黙れっ!」


 盛大に叫んだ。


 だがマギリュイの笑みは変わらない。

 馬鹿にするように見下ろしている。


 ルベンダは屈辱に我慢ならなかった。


 他のことならまだいい、自分のことならばいい。

 だが、自分の両親のことを悪く言われるのは許せない。


 小さい頃に亡くなった母との記憶は薄らとしかない。でもその笑顔はとても美しく、ちゃんと頭に残っている。そして騎士団の団長として働いている父は、立派だ。ルベンダは二人が大好きだ。そして他の多くの人たちも、二人を愛してくれている。


 ルベンダは怒りに震えながら、相手に目線を合わせていた。


 するとマギリュイがふっと笑った。


「なら、証明してくれるかな?」

「……どういう意味だ」

「確か君も今踊り子として踊っているのだろう? だったらこの場に来ている者たちに証明すればいい。君の両親はただの金儲けではない。そしてリアダ・ベガリニウスの踊りは、人を引き付けるものがある……。娘の君が、それを見せることができるかな?」


 挑戦的な言い方だった。


 だがルベンダは、この申し出ににやっとする。

 舞姫という肩書があるからには踊らなくてはならない、とノスタジアに何度も言われた。ならば問題はない。準備ならとうにできている。それに――――。


「私は売られた喧嘩は全て買う主義だ。絶対に証明して見せる」


 日ごろからあの騎士にしごかれている。

 ルベンダは、声を張り上げてそう答えた。







 会場では、混乱を抑えるような太く低い声が聞こえた。


「皆様、大変申し訳ありません。今日お披露目でありました品物が逃げてしまったようで御座います」


 その声と内容に、ざわざわと客たちは文句を言っている。

 ティルズにも先ほどの口笛は聞こえた。きっとルベンダが合図をしたのだろう。本来なら自分が合図する予定だったが、上手くいったならそれでいい。少し安心した。


「しかし、あの有名な赤髪の少女をご覧に頂くことはできます」


 ティルズの顔が一瞬にして凍る。


 するとまたざわざわと客たちが騒ぎ出した。

 先程とは違い、笑みを浮かべる者が多い。早く見せろ、と待ち望む声も増える。


 すると司会者の男性も笑顔で叫んだ。


「ではご覧に入れましょう。これぞ美しき踊り子、『紅き可憐な舞姫』に御座います!」


 ばっとカーテンが開かれる。


「!」


 舞台の上に一人だけ立っている少女。

 それは、先程ティルズの前に現れた姿とは違っていた。


 全体的に黒いドレスのはずだったのに、今は純白のドレスを着ている。黒い服装だったのは、あまり目立たないようにするためだった。ただでさえ髪が赤なので、少しでもカバーできればと考えられたのだ。


 だが今のルベンダは白い服装。しかも手や足に金色に輝く装飾品が付けらている。髪も大きくうねる炎のごとくなびいていた。顔には薄化粧をしたままで光が当たっているからか、余計肌が白く見える。


 あまりの神々しさに、人々は口々に賞賛する。


「なんて美しいの! 想像以上だわ」

「ぜひ私のコレクションに入れたいものだ」

「いや、俺ならば一生傍に置いておきたいね」

「あれが噂の娘か……」


 一方そう言われているとは知らないルベンダは、会場にいる者たちを見て少し焦っていた。数が多い。しかもステージも広い。この中で踊りを見せなければならないのか。


 衣装や後ろで楽器を持っている者を用意したのは先ほどの支配人だ。何を考えているかは知らないが、両親を馬鹿にされるのだけはやはり許せない。当初の目的を忘れそうな勢いだったが、ここで認めてもらわなければ、亡くなった母に顔向けができないと思った。それに母はよく言っていたのだ。


『誰であれ、その人のために踊ってあげるのが踊り子というものよ。そして楽しい、嬉しい気持ちになってくれたら、私は幸せなの』


 それは誰に対しても通ずること。

 ルベンダは意を決め、そして皆に微笑んだ。


 その笑顔だけで、もう会場は熱気に包まれる。

 スカートの部分を摘み、礼をする。


「皆様、本日はご観覧ありがとうございます。少しでも楽しいひと時が送れますよう、満足いただける踊りを披露したいと思います」


 後ろに合図を送り、そして足先でとんとん、とリズムを取る。


 テンポの良い音楽が鳴り始めた。

 ルベンダは、そのままスカートを持って回りだす。


 今回は即興だ。曲もよくは分からない。今まで踊り子として踊ってきた踊りとも違う。それでも微笑みながら、自分なりの踊りを披露した。曲にリズムがあるため、まだ合わせやすい。時折音楽に合わせて手拍子をしたり、足を使った踊りを中心にしてみた。装飾品がリンッと会場に響き渡る。


 ルベンダの踊る姿を見て、歓声が上がる。

 いつもやる赤髪を揺らして見せると、喜ぶように手を叩いてくれた。


 あっという間に時間は過ぎてしまい、会場は類を見ないほど大きな拍手に包まれる。いつも以上に気合を入れてしまったルベンダは少し疲れてしまったのだが、汗を拭いながら礼をしてみせる。喜んでもらえたこと、楽しんでもらえたこと、そして母の踊りが認められたのだと、自然に笑顔が出た。


 ――――ところが、予想をしない出来事が起こる。


「あれが欲しい! 二百万払おう!」

「あ、抜け駆けはせこいぞ! 俺ならば四百万だっ」

「五百」

「いや、六百だ」

「私なら一千万を!」


 客たちが目を変えて金額を叫ぶ。

 それを見て、ルベンダはぞっとした。


 そしてここがどこか、改めて理解した。ここはオークション。それなりに踊りを見せ、そして喜んでもらえたのなら…………間違いなく自分は売られる。


 ばっとステージの裏にいるマギリュイを見れば、口元が緩んでいた。挑発をし、わざとルベンダに踊るよう仕向けたのだ。思わず唇を噛みそうになった。


 そしてそのまま値段はどんどん上がっていく。


「五千万!」


 その言葉に、大勢が動揺する。

 滅多に出ない金額だからだろう。


 マギリュイはすっとステージに現れ、そしてその叫んだ客の前に出る。周りにこれ以上金額を上げる者がいないことを確かめてから、声をかける。


「おめでとうございます、見事落札です。一つだけお聞きしますが、彼女をどのようにお使いになる予定ですか?」


 するとまだ若そうな男性は得意げに微笑んでいた。


「こんなに美しい踊りをする少女ならば、いくらでも客寄せでできるだろう。ぜひうちの店で働いてほしいと思ってね」


 声色だけでなく、言い方もルベンダは気に入らなかった。

 自分を買うお金があるなら、人のために使えばいい。誰が客寄せで働くか、と叫ぶつもりだった。口からその言葉が出そうになった時、急に低い声が聞こえる。


「一億」


 しん、と静まり返った中で、その声だけはよく聞こえた。


 周りは呆気に取られる。その値段に対してだろう。

 だがルベンダはそれだけではなかった。


(この声は…)


 声を発した少年がステージに上がってくる。

 銀色の髪に、美しく光るサファイアの瞳。


 その姿を目にした若い女性たちからは、感嘆の声が上がった。

 でも彼は気にせずこちらに顔を向けた後、会場にいる者に冷静に言った。


「彼女には一億の価値がある。これくらいは払ってもらわないと、お渡しできませんね」


 抜け抜けと言った言葉に、ルベンダが一番唖然としてしまった。


(…………それはさすがにないだろ!?)


 すると男性が焦ったように声を張り上げる。


「じゃ、じゃあ一億払おう! それならばいいんだろう!?」


 するとティルズが口元で笑う。

 いつもの嫌味な顔だ。


「残念ながら、時間切れです」


 素早くルベンダに近づき、そして肩を抱いて自分に引き付けた。


 その瞬間、爆発するような音が聞こえてくる。

 急に建物が振動し、皆立っていられなくなった。


「!?」

「きゃああ、何!?」

「崩れるぞっ!」


 客たちが騒ぐ中、爆発のせいでどんどん建物内が崩れ始めた。

 訳が分かっていないルベンダは、辺りを見回すしかできない。


 するとぼそっと隣に言われる。


「今の内に逃げますよ」

「え? ていうかこれ、何だ!?」

「これも副団長の作戦です。最終的には、この建物ごとぶっ壊して中にいる者を捕獲すると。ルベンダ殿に知らせておいたら面倒だと思って、言ってなかったんです」

「な、なにいっ!?」


 そんなことを知っていたらそうも冷静に逃げようとか言えるわな、と考えてしまった。


 だがおかげで周りは自分の安全を優先している。

 こちらに目を向けていない分、逃げやすい。


 ティルズはルベンダの腕を取って走り始めた。

 ルベンダは慌てて走りながらも、思わず声をかける。


「な、なぁ!」

「なんですかこんな時に」

「一億はさすがにないだろ!」

「……こんな時に言うことですか?」


 ティルズは呆れながら眉を寄せた。

 だがルベンダは大真面目に言い返す。


「いや、人間如きで一億はない! さっきの五千万っていうのもあり得ないと思ったけどな、大体奴らの思考事態がおかしいんだっ」

「そこまで分かってるなら別に蒸し返さなくてもいいでしょう。俺だって相手の虚をつくために言っただけです。……それに、ルベンダ殿はもう少しご自分の価値を考えてください。誰からも知られている状態です。それだけ利用価値は高いんですから」

「それは、そうかもしれないけど」

「それに俺からすれば、他に言いたいことがあるんですが?」


 ぎろっと横目で睨まれた。

 びくっとしながら、何に対して怒ってるのかは検討がつく。


「いやそれはその、まぁ今のところ何ともなってないから……」

「……その話は後にしましょうか。それよりルベンダ殿、俺が途中でお伝えしたいことがあると言いましたよね」

「? ああ」

「今から言います」

「え」

「俺は」


 ティルズが何か言いだそうとすると、目の前に燕尾服集団がやってくる。


「待てっ!お前だけは……逃がしはしない!」


 見れば血管の浮き出たマギリュイだ。


 きっとこうなることが予想外だったのだろう。

 多くの部下を連れ、こちらを捕まえようとしてくる。すると素早くティルズが剣を抜き、オークションの人間たちの間を狙って剣を振るった。すると一気に吹き飛ばされる。


 あっという間に数人の部下のみとなり、マギリュイは悔しそうに顔を歪めた。


 ルベンダは騎士になってからのティルズの実力を初めて知り、思わず見とれる。剣さばきなど、昔よりもだいぶ上手くなった。いや、昔から上手かったが、さらに磨きがかかっている。


「ルベンダ殿」


 声をかけられ、はっとする。

 背中越しではあるが、声がよく聞こえた。


 そのまま聞き入れば、予想外の言葉が飛び出す。


「あなたの相手は、俺です」

「…………は?」


 思わず聞き返してしまった。

 一瞬思考停止する。今彼は何と言った。


 だがティルズはそれに答えず、言葉を続けた。


「相手が俺でもいいのか、考えておいてください」

「え。え、も、もう一回……」

「二度も言いませんよ」


 きっぱり断られた。


 ルベンダは何も言えなくなる。

 というか、何も言葉が出てこない。

 

 こんな時に衝撃なことを言われ、頭の中はパニック状態だった。

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