第二十三話 潜入開始
中に入るときらびやかな服装をした人々が行きかい、楽しそうに談笑している。身に着けているものをちらっと見れば、ルベンダでも価値がある代物だと分かった。オークションというだけあって、貴族や富裕層が集まっているのだろう。床には赤い絨毯が所狭しと敷かれており、会場へ繋がる部屋らしきものもたくさんある。
だが場所や会場を見れば、一般的なオークション会場となんら変わらない。特に怪しげな人物も見当たらないし、一体どこが「裏」なのだろう。
そんなことを考えながらティルズの後ろを歩いていると、急に立ち止まられた。ぶっ、と思わず背中に鼻の頭をぶつけてしまう。どうしたのだろうと前を覗けば、オーナーらしき人物が挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ。オークション会場へようこそ」
軽くティルズがお辞儀をした。
オーナーは黒い燕尾服の格好で、にこやかな笑みを浮かべていた。
「何番の会場でしょうか。一から十番までございますが」
するとティルズは近寄って、小さく呟く。
「0番で」
するとオーナーはにやっと笑った。
一瞬だけだったが、明らかにさっきと笑みが違う。
「かしこまりました」
そう言いながら、別の人物を手招きした。どうやら案内人のようだ。
案内人はティルズに会員証の提示を求めてきた。ティルズはスマートに会員証を見せる(事前に作っておいたものだ)。それを確認した後、案内人の男性はルベンダを見て尋ねた。
「お連れの方は、どなたでいらっしゃいますか?」
ティルズも特に問題なく答えた。
「私の出品物です」
「名は」
「『紅き可憐な舞姫』」
思わずルベンダは吹き出しそうになったが、どうにか堪える。
ここで本性をさらけ出してはいけない。一応美しい可憐な少女である設定なのだ。実際は全然違うと、本人であるルベンダが一番分かっているのだが。きっとティルズも同じようなことを思っているだろうが。
「……ほお。これはこれは美しい方ですね。きっと今回では一番の目玉商品となることでしょう」
「ええ」
「それなりの額がつくと予想されますが」
「私は別にお金に困っていません。ただ道楽を楽しむためだけに、このオークションに来ました。なんなら全額、このオークションに寄付したい思いなのですが」
(……すごいな)
ルベンダは素直に思った。
手順は全て事前に考えてきているものなので、そこまで難しくない。だがそれよりも、ティルズの役がはまりまくっている。案内人の方も簡単に信じ、今ではティルズの提案に目が眩んでいた。
「それはそれは……ぜひともお願いしたいところですね。では、オークション会場にご案内致します」
そのまままっすぐ進んでいくと、壁で行き止まりになる。
これをどう行くのかと思っていれば、案内人は胸ポケットから四角い物を取り出して操作する。すると瞬く間に扉が出現した。唖然としながらルベンダは見るが、ティルズは涼しい顔のままだ。どれだけポーカーフェイスが上手いのか。いや、ティルズの場合は地顔だろう。
案内人もゆったりした口調で丁寧に頭を下げた。
「まもなくオークションが開催されます。それではごゆっくり」
去った後で、ルベンダはひとまず息を吐いた。
しゃべらないのも地味に疲れる。
だがとりあえず中に入ろうと、豪華な金箔が付いているドアに手をかけた。
すると、ティルズに呼ばれた。
「どうした?」
「……ここから仕事が始まります。どうか無理だけはしないで下さい」
何を今さら、と思ったが、ある意地悪な考えが浮かんだ。
少しだけにやっとする。
「なんだ、心配でもしてくれてるのか?」
冗談のつもりでもあったが、相手は真面目くさった言い方をした。
「あなたが何か仕出かすんじゃないか心配なんですよ」
「…………お前もう少し素直になれよっ!」
結局いつも通りの言い合いになってしまった。
中はまるでパーティのような作りになっている。大きな丸いテーブルには花瓶が飾られており、一口大のお菓子やワインなどのお酒も置かれていた。それを見て、思わずティルズは苦々しい表情になる。色とりどりのお菓子が目につくからだろう。さすがに洋館の時のように物体がでかくないので大丈夫だろうが。
「いらっしゃいませ」
一人の女性が近づいてきた。
オークション側の人間だ。
着ている服ですぐに分かった。
「品物を拝見させていただきます」
ルベンダは思わず眉をひそめた。
出品物であるのだから薄々感じていたが、ここの人間は人であろうと物扱いする。それに対して怒りを覚えた。だが、ここはぐっと堪えて女性の前に立つ。
女性はさして感情のない様子だったが、ルベンダを見た途端歓喜のような声を上げた。
「まあ……美しい…………」
顔は驚きながら、なぜか笑みが漏れている。
なんだか不気味な反応だ。
「素晴らしい品物でございますね。今回の品物の中でも、最高額かもしれません」
(はっ……!?)
ルベンダはありえないものでも見るように顔を引き攣らせた。
いや、人間如きでそこまで行くだろうか。大体、今回のオークションはそれなりに有名な物品も出るであろうに。そしてそれは踊りも込みなのか、それとも冗談なのか。上手く回らない頭で考え出したルベンダとは裏腹に、ティルズが抑揚のない声で「そうですか」とだけ答えていた。
「では、預からせていただきます。また金額が決まり次第、お知らせいたしますので。それまで楽しみにお待ちください」
裏側らしい言葉だ。いかにも黒い。
ルベンダは少し息苦しさを感じた。
女性に手を引かれ、連れて行かれる。
行きながらティルズの方を見ると、相手はじっとこちらを見ていた。何かを訴えているかのようにも感じ、思わず頷く。すると相手は微笑気味な表情で、頷き返してくれた。……珍しい表情だ。
その表情を見た後、なぜか安心している自分がいた。
そうだ、怖いものなど何もない。ノウスや他の仲間もいるんだ。
気持ちを入れ替え、ルベンダは前を見て進みだした。
「ここでしばらくお待ち下さい」
丁寧に言われ、ある一室で止まった。
口調や扱いが悪くないのは、あくまでルベンダが「品物」だからだろうか。部屋にそっと入ると、そこには数人の姿があった。六歳くらいの女の子と男の子。もう一人は女性だ。二十歳くらいに見える。一斉にこちらを見られたが、三人とも目に光がなかった。
子供たちはすぐさま女性に近寄り、こちらを警戒した。
女性は微笑み、何かを伝える。言葉に出していないのに、二人は驚いたようにルベンダを見た。
「おねえちゃんも、売られちゃうの?」
「えっ」
ルベンダは驚いた。
そんなルベンダに女性が近づき、そっと手を握った。
「大丈夫ですか」
頭にぼんやり響くような声だった。
しかし顔を見ても、口を動かした様子はない。驚いてじっと見ると、女性は微笑んだ。
「私は、しゃべることができないんです。でもその代わり、人の手を握って思いを伝えることはできます」
そのような能力が生まれつき備わっている人がいるということは、聞いたことがある。しかしこんなところでそのような人物に会えるとは、なんと皮肉なことだ。
オークション会場では色んな人が集まる……それは同時に、色んな品物も集められるということ。
思った以上の現状の悪さに、下唇を噛みそうになった。
するとその表情を誤解したのか、急に尋ねられた。
「だいじょうぶ? ちゃんと理解してる?」
男の子がひょっこり顔を出してきた。
我に返ったように、ルベンダは「あ、ああ……」と返事をした。
すると女性が自己紹介をしてくれた。
「私の名前はソープ。彼女はリイ。彼はタクミです。あなたは?」
「私はルベンダ。仕事で、このオークションに潜入しに来たんだ」
「まあ」
「助けに来てくれたの?」
「ああ。もちろんだ」
ルベンダは笑った。
これは、ノスタジアに指示された内容でもある。
『いいか、他にも品物として捕まっている人がいる。ルーベは囮役でもあるが、逃がし役でもある。気を引き締めて、その人達を救い出してくれ』
そのためにルベンダは品物役になったのだった。
自分にしか出来ない仕事。
ルベンダは気を強く持ち、こう言った。
「だから、一緒に逃げ出そう」
三人共驚いた顔をしていたが、急にリイが「あ!」と声を上げた。
「ねぇ! お姉ちゃんって、もしかしてあのリアダさんの娘?」
思わずずっこけそうになる。
なぜこんな場所でもその話題が出るのか。というか、どれだけその物語は伝わっているのだろう。だがここで嘘を言うわけにもいかないので、苦笑しながら頷く。するときゃあっと叫ばれた。
「じゃあじゃあ! お姉ちゃんにも相手がいるのっ!?」
「え」
なぜそこへ行きつくのだろう。
最近の子供はなかなかおませさんのようだ。
だが一応そこはきっぱりと告げておいた。
「いや、いない。今は仕事で手一杯だ」
「じゃあまだ運命の相手に会ってないの?」
「え。……ま、まぁそうだな」
一瞬焦ったのは、ジオの言葉を思い出したからだ。
ある意味いるといえばいる……が、ルベンダ自身はまだ会ってない。つまり、今言ったことは嘘ではない。目線を逸らしたルベンダに対し、リイは特別気にしていなかった。
「じゃあ、どんな人と結婚したい?」
さすがにこの質問にはぐっと詰まった。
返したら返したでまた何か言われるのか。一体何を言えば納得してくれるのだろう。思わず疲れそうになったが、そっとソープが心の中で会話をしてくれる。
「ごめんなさい、リイは質問が長いの。あまり気にせずに、思った通りのことを言ったのでいいと思うわ」
そう言われ、ルベンダは苦笑した。
今の状況でまさかこんな話に発展するとは思わなかった。だが、逆にこんな状況だからこそ、雰囲気を和やかにすればいい。そう思って、ルベンダは話し始める。
「……そうだな。私から特に誰がいい、っていうのはないが、私の周りに、少し気になる奴がいるんだ」
「へぇ、誰?」
「俺も聞きたい!」
まさかのタクミまで話に入る。
しかもちゃっかりソープもにこにこしながら聞いていた。
少しだけ気恥ずかしかったが、気を取り直して言葉を続ける。
「そいつは……とにかく無愛想なんだ」
「えー、嫌だ」
「あ、でも顔はかっこいいぞ?」
「ならいい!」
意外と面食いか。反応の早さに少し呆れる。
「そいつは私にいつも突っかかってくるんだ。確かにそいつの方が頭がいいから、何も言えない自分が情けなく感じる時もあるんだけどな」
「へー」
「でも……私はそいつのこと、まだ理解できてないところが多くて。だから、そいつのことをもっと分かりたいと思う」
これは素直な気持ちだ。
するとしばし周りも無言でいたが、リイがパンッと両手を叩く。
「そっか! じゃあその人のこと好きなんだね!」
「……は?」
「しかも両想いか、良かったじゃん」
「い。いやいや、そうじゃなく……」
どうしたらそういう結論になるのか。
だが逆に二人からは首を傾げられた。
「だってその人のこと、知りたいんでしょ? 気になる=好きは等しい関係だって、私のママが教えてくれたもん」
「うん、しかも突っかかるということは、あっちも姉ちゃんを気にしてるからじゃない?」
ルベンダは目をぱちぱちさせる。
…………何というか、最近の子供はすごい。
見るとソープだけ、くすくすと笑ったままだった。
ルベンダははっとし、すぐに弁解する。
「いや、そいつにはちゃんと相手がいてだな、だから」
するとコンコン、とノックの音が聞こえた。
皆に緊張感が走る中、オークション関係の女性が入ってくる。
こちらの会話は聞いてないからか、平然とした表情だった。
持っているお盆に乗せられているのは、三つのコップ。サイズ的に一口サイズだろうか。中身はなみなみと注がれている。一見水のようだが、いかにも怪しい。
「この水を今すぐ飲み干してください」
そう言うと、「五分後にまた来ます」とすぐさま部屋から出ていってしまった。
しんと静まった部屋の中、一斉に不安そうな顔になる。
ルベンダは置かれたコップに近寄り、三人に顔を向けた。
「多分、何か含まれていると思う。私が全て飲むから、皆は口を付けないように」
すると心配そうにソープは手を握ってきた。
「でも、それじゃあなたが……」
「大丈夫だ。解毒剤を持ってきている。すぐに飲めば問題ない。それに私は頑丈だからな」
笑ってそう答えた。
この時ばかりはノスタジアに感謝だ。
解毒剤も、彼からの指示によるものだった。
ルベンダは一気に飲み干す。一見普通の水だが、何か薬品のような味がした。すぐさまドレスの内ポケットに手を入れる。……だが、ポケットの中に入っているだろう物がない。
(…………なに?)
顔色が変わったからか、三人は心配そうな顔になる。
(いや、ちゃんと馬車の中では……。まさか、会場で?)
「ルベンダさん?」
「いや、大丈夫だ」
笑って誤魔化すが、それどころではない。
ルベンダは笑いつつ、心では少し泣きそうになった。
(ああ、またティルズにバカにされる……!)
なぜかそっちの心配をしたのは、別に間違ってないだろう。
ルベンダにとっては。
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