第二十二話 馬車の中で
「もうじき夜になる。さっき話したことは覚えてるな?」
ノスタジアの言葉に、二人は頷く。
あの後、オークションについてこと細かく説明された。
そしてもうすぐそのオークションに潜入する。あくまで、「裏」の方だが。
「事前に二人がオークションに参加できるよう準備はしている。一応出品物の登録名は『紅き可憐な舞姫』だ。分かったか?」
そう言われて、ルベンダは思わず吹き出した。
「なっ! さっきティルズが言ったのと似てないか!?」
「もちろん、使わせてもらった。しかも舞姫だから、多分踊る必要がある。といわけでルベンダ、よろしく頼むぞ」
決まった顔でぐっと親指を立てられたが、ルベンダは微妙な顔になる。
……なんだろう、少し難易度が上がったのは気のせいだろうか。
いや、踊りを踊れと言われるのは別に問題はない。だがその肩書きでは、むしろ勘違いされないだろうかと心配になったのだ。自分は母と違って、そんな麗しい舞姫ではないのに(自分で言うのも情けないが)。
だがノスタジアは気にせず、最後に言葉を締めくくる。
「とにかく、くれぐれも無理はするな。ちゃんと俺たちも準備してる。合図で出動するから、ティルズは指示をよろしくな」
「はい」
「ま、お前たちは俺から見ても優秀だ。頭のいいティルズに行動力抜群のルベンダ! うんうん、いいコンビだな」
「……おい、それは私を馬鹿にしたわけじゃないよな?」
「は?」
ノスタジアがぽかんとしていると、隣のティルズが鼻で笑う。
「馬鹿にされたと思う方が馬鹿ですね」
「…………ティルズ――――!!」
最後の最後まで二人の言い合いは止まらない様子だった。
馬車に乗り込み、出発する。ルベンダは思わず後ろを振り返った。
すると多くの騎士と共に、ノスタジアがにっと笑いながら手を振ってくれる。その顔は年長者らしい落ち着きと、少し子供らしさを兼ね備えていた。昔と変わらない笑顔に、こっちまでほっとする。
ルベンダは前を向いて、改めて馬車の中を見た。
柔らかく座り心地の良い椅子に、いかにも豪華な内装だ。しかも至る所に金箔が使われている。色んな所に目線を動かしながら、よくこんな馬車借りれたな、と思った。だが騎士の中に貴族は多くいたりするので、借りるのに苦労はしなかったようだ。わざわざ潜入で馬車を借りる必要はないと思ったが、こういうのは形が大事らしい。確かに出品者が貧相だと、オークションの人間も不審に思うだろう。
隣をちらっと見れは、ティルズは窓の方に視線を向けていた。
それでも窓に顔が映っており、その表情はどこか憂いを帯びている。まつ毛も長く、やっぱり整った顔の持ち主だ。ルベンダは無意識のうちに言葉が出てしまう。
「お前が女装すればよかったんじゃないか?」
「はい?」
「お前の方が綺麗な顔してるだろ。案外似合うと思うぞ」
しかしティルズは首を振った。
「その案も出たらしいですが、肝心なときに男とばれたら一大事です。それに、ルベンダ殿がちゃんとフォローできるかも不安だったそうで」
「わ、私のせいかよっ!」
思わずツッコんだ。
そしてその案が出たことに対しても、やっぱり案は出たのか、と思った。
その後はしばらく無言が続く。
馬車に揺られる時間が、ひどく長く感じた。しかも馬車が狭いこともあり、二人の距離はそう遠くない。そのおかげか、相手の顔がいつもよりはっきり見えた。再度ティルズを見てしまう。
絶世の美少年とはこういう人のことを言うのか。
普段はあんまり気にしたことがなかったが、周りが称賛する理由も分かった気がした。
思えば、いつも言い合ってばかりだ。
普通の話よりも、互いに言っては言い返し、言っては言い返す会話しかできてない。これはより話すチャンスではなかろうか。しかも自分は、ティルズのことをもっと知りたいと思っている。
以前はティルズが話したい時に話してくれたらいい、と考えていたのに、今は自分から聞きたくてうずうずしている。それはアレスミが来たことも関係しているのかもしれない。思わぬ時にティルズをより知っている人が来て(姉なのだから当たり前だろうが)、焦っていた自分がいた。
(今なら他に人もいないし、きっと大丈夫だ)
そう思って口を開こうとするが、なぜか急にどきどきしてしまう。
自分の膝の上に置いている手からも、汗が出てくる。緊張しているようだ。
(な、なんだろう。逆に聞きづらいな……)
こう改まってこちらから話題を振ることに、抵抗を感じ始めた。
以前自分がティルズに対して言ったことと矛盾しているからかもしれない。聞きたい、でも聞けない。悶々と、どうするか、やっぱりやめておこうかと迷っていると、急にティルズがこちらを見た。
「ルベンダ殿」
「え!? は、はいっ!」
急に名を呼ばれたのでびっくりする。
すると相手は怪訝そうな顔になった。
「どうされました?」
「へ? な、なにが」
「挙動不審のようですが」
「そ、そんなことないぞ? は、はははは」
乾いた笑いが余計に不自然なのか、変な顔をされる。
だがすぐ前を向いて、こう言ってきた。
「ルベンダ殿に、聞きたいことがあったんです」
「な、なんだ?」
「……どんな質問でも、答えていただけますか?」
なんだか改まった言い方だった。
逆に緊張が解ける。ルベンダは苦笑した。
「お前にしては珍しいな。なんでも答えるから、気軽に聞いてくれ」
安心させるためにそう言えば、ティルズは静かにこう聞いた。
「では――祝福について考えていらっしゃいますか?」
「…………え?」
あまりに予想外な質問だった。
硬直して相手を見てしまう。
「スガタはもう考えているようなんです。ルベンダ殿はどうかと思いまして。……ルベンダ殿?」
後半の言葉は耳に入らなかった。
だがルベンダは、今日ジオから言われたことを思い出した。
その上で、思わず両手で顔を覆ってしまう。
「わ――――!! お前、その話をここでするなよっ!!」
「!? す、すみません」
あまりの勢いに驚いたのか、ティルズは素直に謝った。
こんなティルズも珍しいが、ルベンダはそれに気付かなかった。
むしろありえない、という風にぐちぐちと溜めていた思いが溢れ出てしまう。
「大体なんだよ結婚とか祝福とか! そんなのすぐに決められないし勝手に決められたんじゃ余計にしたくなくなるっていうのが本音だろっ! 私のため今後のため周りのため、って色々言うけどさ、私がメイドになったのは結婚を一番に考えてたんじゃなくて母さんのことをもっと知りたいからってだけで、そりゃ周りのメイドたちは結婚をしっかり考える人は多いし、騎士達も案外将来のこと考えてるし、なんだか私だけ置いてきぼりみたいな感じだしさ。でもなんか、言われたらするっていうのは違うんだよっ!」
一気に吐き出す。
誰にも言えなかったことが、言える場所がなかったことが、ティルズが質問してきたことで思わず出てしまった。言い終わってからはっと我に返ったが、ティルズはただ黙ってこちらを見つめている。どうやら全部聞いてくれたらしい。その様子に、ほっとする。全部吐き出したことですっきりした。
しばらくしてから、ティルズはゆっくり口を開いた。
「……俺も、勝手に決められました」
「え」
「姉に。勝手に話を進められたんです」
「ティルズもだったのか」
お互い同じ境遇と知り、なんだか気が抜けてしまう。
ルベンダは苦笑した。
「お互い、苦労するな」
「…………相手は知ってるんですか?」
「え? あ、あー……」
ははは、とまた乾いた笑みになってしまう。
相手の資料をジオからもらったのだが、全く開いてない。
そう言えば、ティルズは少しだけ黙る。
だがすぐに、こう聞いてきた。
「じゃあ質問を変えます。ルベンダ殿は、どういう人と結婚したいですか?」
「え……」
うーん、と少し悩む。
そう言われると、どう言ったらいいのだろう。
自分は早く結婚したいわけではない。でも、いずれは結婚するつもりだ。
だからこそ、すんなり言葉は出てきた。
「多分私は、誰でもいいと思うんだ」
その言葉は、ティルズは少し目を丸くした。
「だって互いに勉強した上で結婚する相手だろう? つまり誰であろうと、幸せな家庭について真剣に考えてるはずだ。それに誰と合うのかも、世話役の人がきちんと判断してくれる。それなりの実績と信用のある人でないと世話役には選ばれないし、実際話を聞かせてもらった時、祝福っていいな、って思えたんだ。実際自分の両親がそうだったし、周りで祝福を受けた人の話を聞くと、自分もああなりたいって思う。ただ、タイミングとか自分の意志は尊重してほしいな、ってだけで……」
結婚に対して悲観的なわけじゃない。
でも、すぐには考えられない。
自分が誰かと隣で歩いてる姿でさえ、想像できなかったりする。
するとティルズは小さく笑った。
「ルベンダ殿は、祝福と結婚を一緒に考えてるんですね」
「え、だってそうだろ?」
「違いますよ。祝福を受けたからといって、すぐに家庭に入るわけじゃありません」
「え。そ、そうなのか!?」
そんなのは初耳だ。
だがティルズは詳しく説明してくれた。
「家庭に入るのは互いの準備ができた時です。それぞれの事情もありますし。それまでは交流としてお付き合いをするわけです」
「……夫婦になったのにお付き合いってことか?」
「簡単に言えば、祝福を受けることで結婚をすることにはなりますが、しばらくは恋人同士、という感じでしょうか。家庭に入れば夫婦になる、というようなものです。ですが結局一緒になることは変わりません」
「なるほどな……」
付け足して「早くから祝福を受けている人もいるようですよ。家庭に入るのは五年後、と考えている人もいたりとか」と言われて、思わず絶句した。色んな考えの人がいるものだ。
「そうなのか……知らなかった」
「俺より先に勉強してるはずでは?」
「でも私が講義を聞いたのはけっこう前だからなぁ。新しく講義で追加された内容だったのかも」
うーんと唸りながら言えば、ティルズは頷いた。
「俺の場合は、ノスタジア殿が話してくださいました。だからこそ、早目に祝福を受ける人も増えたと」
「ノウス? ノウスと話したのか?」
「はい。ルベンダ殿と二人で仕事の話を聞く前に、お話しさせてもらってたんです」
少し意外に思ったが、確かに良き相談相手にはなるだろうと思った。
実際祝福を受けているし、しかもノスタジアは今後騎士側で世話役もするという。もしかしたら、ティルズもノスタジアに世話役を頼むのだろうか。確かに努力家だし、世話好きのノスタジアの性格にも合ってる。この上ない適任だ。だが大抵世話役は同性がしてくれる。ルベンダは相談はできたとしても、ノスタジアに世話役を頼むことはできない。知っている相手なだけに、少し羨ましい。
そんなことをちらっと思ったルベンダに対し、ティルズは言葉を続けた。
「話してくださった中に、印象的な言葉があったんです」
声色が穏やかだ。
馬車に乗る前はあんなに言い合っていたのに、今のこの空間が不思議に思う。だが悪くない。ルベンダはどこかふわふわした気持ちで聞いていた。
「どんな言葉なんだ?」
「――――愛は育てるものだと」
思わず感嘆の声が漏れた。
一言で全て納得するような言葉だった。
愛は育てる……確かにそうだ。
すぐに愛は生まれるものじゃない。生まれたとしても、一瞬ではない。
ずっと愛し続ける。
それこそが本当の幸せではないだろうか。
「聞いてすぐにぴんと来ました。祝福を受けたからといって、それで幸せではない。祝福を受けて、互いに補い合い、助け合うことでまた愛は生まれると。早いうちに祝福を受けた場合、幸せな家庭を作るために愛を育てる必要があるのだと」
一呼吸置いて、ティルズは微笑む。
「それを聞いて、俺は思ったんです。祝福を早く受けてもいいんじゃないかって」
「……で、でも、早すぎても良くないって聞いたぞ?」
「それは急ぎすぎた場合ですね。確かな気持ちと揺るがない意志があれば大丈夫です」
そう答えるということは、ティルズはもう決めたのだろうか。
容易に聞けなかったが、言い切った後の顔が清々しく見えた。
きっと、そうなのだろう。
その姿に、素直にすごいと思ってしまう。
自分はすぐにそんな風に考えられない。
確かにティルズの意見は最もだが、だからといってすぐ決断できるほどじゃない。しばらく無言でいれば、ルベンダの表情をどう思ったのか、ティルズは安心させるような言い方をした。
「……今すぐでなくても、」
「え?」
「ルベンダ殿は、どの方であっても、受け入れられる覚悟がおありなんですよね?」
「…………ああ。それは、きっと変わらない」
すんなり答えていた。
自分が持ってる信念を、ティルズが確認してくれたように感じた。
そう答えれば、相手は優しく微笑む。見たことない笑顔だ。
「ならばきっと、大丈夫です」
「……うん」
思わず、返事をしていた。
そうこうしているうちに、目的地に到着してしまった。
二人は馬車を降りる。降りながら、この短時間に、かなり濃い話をしたなと思った。だが、話せてよかった。互いに本音で話せた気がする。これから大仕事だというのに、胸のつっかえが消えたかのように穏やかな気持ちでいた。
「ルベンダ殿」
振り返れば、真面目な顔。
仕事人の顔になったティルズだ。思わずこちらも気が引き締まる。
「安心しろ。仕事での自分の役割はちゃんと分かってる」
「この仕事の間は
「ああ。お前のこと、信頼してる」
するときょとんとされる。
そして鼻で笑われた。いつものように。
「つまり、今までは信頼していなかったと?」
「なんでそういう言い方になるんだよ……! さっきまでのお前はいいやつだと思ったのに」
すると顔を背けて笑われた。
分かった上で仕掛けてきたようだ。可愛くない。
笑いを止めないティルズにルベンダは少し口を尖らせたが、同じように自分も笑ってしまう。この短時間で、ティルズの様々な表情が見えた。それに、考え方も知れた。今はこれでいい。
会場となる、大きな白いドーム型の建物を見上げる。
「さて、仕事だ」
そして歩き出そうとした時、不意にティルズが手首を掴んできた。今ルベンダは黒のレースでできた手袋をしていたのだが、直に触れなかったのは配慮のためだろうか。振り返れば、意味深なことを言われる。
「また後で、お伝えしたいことがあります」
「? 後で?」
「この仕事の途中にはなるでしょうが」
何の話だろうと思ったが、頷いた。
するとティルズは目を細める。
「もしかしたら、混乱させるかもしれないですが」
「え、複雑な指示か!? それはやめてくれよ、ただでさえ頭弱いのに……!」
ティルズの切れる頭で指示される図が浮かんだのだろう。
ルベンダは本気で頭を抑えた。それに対し、ティルズは苦笑する。
「それは心配しなくていいです」
「そ、そうか」
「そんな指示してもルベンダ殿が対応できないことくらい分かってるので」
「ティルズ――――……!!」
結局馬車に乗り込む前と一緒だ。
最後まで嫌味を言われ、ルベンダは膨れて先に進んでしまう。
それを見ながら、ゆっくり後を追う。
馬車に乗り込む前、ノスタジアに言われたことを思い出した。
『根拠はなくても、大丈夫だと思うんだ。……お前たちならな』
少しだけ微笑む。
それは嬉しいという意味での微笑みではなく、色々考えての微笑みだった。
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