第二十一話 大仕事の依頼

「…………え」

「え、じゃないよルベンダ。前にも話しただろう?」


 厳しい口調でジオが問いかけてくる。

 だがルベンダは、顔が引きつったまま笑うことしかできない。


「いや、それは先の話で」

「何が先の話だい。ここのメイドとして働いてもう二年は経ってるだろう。いい加減に腹をくくりな」」

「いやでも、こういうのは自分の意志が大事って、」

「あんたの場合は時間がかかりすぎだよ。団長にも話はしたけど、周りから攻めた方がいいと思ってね」

「いやちょっと待ってくれ、私はまだ」

「とにかく。時間がある時にちゃんとこれ、読んでおくんだよ」


 そう言って、少し分厚い冊子を渡される。

 ルベンダは慌てて返そうとしたが、ジオはさっさとその場からいなくなってしまう。


「なっ、う、嘘だろ……!?」


 取り残され、ルベンダは思わずうなだれた。







「ううううう、あああああ、あああー……!」


 休憩室に戻ってからも、ルベンダは何か唸っている。

 ニストを含むメイドたちはその様子を見ながら心配するが、後からやってきたシャナンは苦笑していた。どうやら事の真相を知っているらしい。そして皆に説明する。


「ジオさんから宣告されたらしいわよ」


 それを聞いて周りは納得の声を上げた。

 ジオから言われることといえば、内容は限られているからだ。


 いつまでも唸りを止めないルベンダに、シャナンはゆっくり近づく。

 そして肩をぽん、と置いた。


「いつまでもそんな顔しないの」

「うう、シャナン~」

「はいはい。ほら、会って嬉しい人が来たわよ」

「え?」


 顔を向けられた方を見れば、こちらを見て笑っている人物がいる。


 藍色のさらさらした髪に同じ色の綺麗な瞳。

 その青年を見て、ルベンダは嬉しそうな声を上げた。


「ノウス!」

「久しぶりだな、ルーベ」


 そこにいたのはルベンダの幼馴染である、ノスタジア・トーマソンだった。


 兄であるファントムの親友でもあり、子供の頃はよく三人で遊んだものだ。お互いに愛称を呼ぶのも、昔からだったりする。ファントムは今や王家の命で他国で仕事をしているのだが、ノスタジアは変わらず仲良くしてくれる。ルベンダにとって気軽に話せるもう一人の兄のような存在だ。


 そんなノスタジアも、まだ若いが実力を買われ、副団長の地位にいる。

 今では団長である父と似たような大がかりな仕事をしているため、この寄宿舎では暮らしていない。だが最近、花屋の女性と祝福を受けたらしい。お互いに寄宿舎で講義を受けていたらしく、そこで紹介を受けたようだ。結婚に関してもルベンダの先輩、といっていい。


 仕事のこともあるし、もちろん家庭も大切にしている。

 故に会うこともままならない。久々の再会に、ルベンダは喜んだ。


「本当に久しぶりだ。元気にしてるか?」

「元気といえば元気だが、その分仕事もしてるからな」

「なるほどな。相変わらず疲れが溜まってるのか」

「まぁな。ルーベの入れる紅茶が飲みたい」

「分かったよ」


 頷いて空いている部屋へと案内した。


 紅茶を飲むと落ち着いたのか、ノスタジアは「はぁ~」と生き返ったような声を上げる。ルベンダは少し笑いながらも、いきなり来た幼馴染の理由を問いかけた。


「今日はどうしたんだ?」

「ああ、ちょっとお前に頼みたいことがあってな」

「頼みたいこと?」


 副団長で幸せな家庭も持つことができた幼馴染が、自分に何の用だろうか。

 考えても分からず、首を傾げるばかりだった。


 すると誰かが部屋へと入ってくる。

 その人物を見て、ルベンダは口をあんぐりさせた。


「おーティルズ。わざわざすまないな」

「いえ」


(何でこいつも!?)


 自分だけならまだしも、ティルズも一緒の頼みこととは、ますます理由が分からない。だがノスタジアは二人が揃ったことで満足げに微笑み、そして話し始めた。


「じゃあ本題に入る。最近、裏オークションってのが流行ってるらしい」

「…………裏オークション?」

「確か珍しい品物を取り扱っている、一般には公開されていないオークションのことですよね」


 思わず隣を見てしまう。


 そんなことをなぜ知っているのだろう。いや、一般に公開されていないのならば、情報を仕入れるのも簡単ではないはずだ。ちらっとノスタジアの顔を見れば、同じように驚いたような顔をしていた。彼からしても意外だったのだろう。


 咳払いをした後、また話が続く。


「ああ。そこには豪華な宝石やお宝が出品しているらしい。で、問題はここからだ。なんとそこでは」

「人身売買が行われている」


 ティルズが言葉を繋げた。


 二人して呆気に取られる。

 本当に、どこで情報を仕入れているのやら。


「……お前は何でも知ってるな」

「恐れ入ります」


 相変わらずの無表情だった。


 その顔にノスタジアは苦笑し、分かっていないルベンダのために説明をする。


「そこで売られているのは、大抵は容姿がいいだの、何か技能を持っているような人たちだ。だが最近では、城下に住む若い娘や子供、時には少年なんかも連れ去られるっていう事件が同時に起こっている。その跡を追ってみると、裏オークションの人間が犯人だと分かった。オークション側の人間からしたら、物よりも人間のほうが売れるって考えで行ったことだろうと思う」

「最低だな」


 ルベンダが吐き捨てるように言った。


 人を物扱いするなど許せない。

 そしてそれで商売が行われているなど、信じたくもなかった。


 他の二人も同感、といった顔をしている。


「こんな悲劇を早く終わらせるためにも、この仕事は成功させなければならない。そこで考えたんだが、二人には裏オークションに潜入してもらいたい」

「潜入?」

「そう。裏オークションは普通のオークションと混ざって行われているから分かりにくいが、必要な情報ならある。ちなみに情報源はクリックだ。城下で探ってる時に、この情報にたどり着いたらしい。この方法でいけば、裏オークションに潜入できると俺は確信している」


 その言葉に、ルベンダは納得した。


 さすがはクリックだ。「城下の番人」として、その事件を嗅ぎ付けたのだろう。そして城下に住んでいるからこそ、早くどうにかしたいと思ったのだろう。だがここで一つの疑問が出てくる。ティルズはいいとしても、なぜ自分も潜入しないといけないのだろう? ただのメイドである自分の必要性がまったく見えず、またもやルベンダは首を傾げた。


 するとその顔に気付いたのか、ノスタジアが妙に笑う。

 そして隣を手招きした。


「ティルズ、ちょっと来い」


 こそこそ話が始まる。


 一人取り残され、ルベンダはむうっとして終わるのを待つ。


「どう思う?」

「……一般的に言えば、名案だとは思います」


 正直な感想に、ノスタジアはふむ、と満足げに頷いた。

 そしてルベンダとティルズの両方に目を向けた。


「ティルズもそう言うなら、きっと大丈夫だろう。潜入では客になるより、出品者になった方が好都合だ。

つまり、まずは出品するものが必要だ。なっ! ルーベ」

「え? ああ、そうだな……って」


 急に振られ、思わず返事をした。


 だが、なぜか二人共ルベンダをじっと見ている。

 その視線が何か神妙な感じがして、ルベンダは嫌な予感しかしなかった。




 場所は変わり、ルベンダはある部屋で待機していた。

 しかも顔がむすっとしている。


 今彼女が着ているのはいつものメイド服ではなく、ドレス。

 しかも薄っすらと化粧もしている。


「おおー、見違えたな」


 部屋に入ってきたノスタジアの飄々とした声。

 それにルベンダはカチンときた。


「ノウス! 何だこれはっ!」

「そう怒るなって。意外と似合ってるぞ」

「お世辞はいらん! 何の真似だ!」

「まあまあ。そのくらいなら、まだ派手じゃないだろ?」


 確かに今着ているドレスは黒を基調としており、胸から腰にかけてあるレースやフリルも黒だ。フレアスカートで裾がふんわりしているのだが、足が隠れるほど長いため気になったりもしない。だが腕は隠れておらず、ルベンダの細長い両腕がさらけ出されている。


 髪もいつもと違い、左サイドに大きな黒い飾りで一つにまとめていた。


「へえ。確かに見事な変身ぶり」


 いつの間にかギャラリーが増えている。

 皆を代表してか、シャナンが顎に手を添えながら言ってきた。


「……お前まで何しに来たんだ」

「だってルベンダのドレス姿なんか貴重でしょ? 暇だったから遊びに来たのよ」

「そんなことしてる場合かっ!」


 だがルベンダの姿を見ようと同僚たちはきゃあきゃあ言いながら何か騒いでいる。自分は見世物ではない。だが全く人の話を聞いてくれない。ルベンダは疲労するのを感じた。


「失礼します」


 ティルズが部屋に入ってきた。

 ルベンダはしかめっ面をしていたのだが、その姿に目を丸くする。


 黒い衣装に身を包んでおり、一瞬タキシードに見えたがどうやら違うらしい。シャナン曰く、フロックコートだそうだ。タキシードよりも上着丈が前も後ろも全体的に長い。格調が高く、ドレスと並ぶと相性が抜群だという。しかもティルズは背丈があるため、足の長さがより際立つ。一つ一つの動作さえも美しく見えた。


「ティルズ様が着られると、より映えますね」

「それはどうも」


 シャナンの言葉に、ティルズはさらりと受け流した。

 そういう所が実に彼らしい。


「なあティルズ。ルーべはどうだ?」

「……!」


ルベンダはノスタジアに鋭い視線を投げかけたが、相手は気にしていなかった。


 ティルズは気付いたのか、ルベンダに目を向けた。

 一方のルベンダは目も合わせない。むすっとしたまま、嫌そうな顔を続けている。


「もう少し笑ったらどうですか? せっかくのドレスよりも顔色が気になりますが」

「その言葉、そのままそっくりお前に返す」

「残念ながらこれは地顔です」

「そんなこと知ってる」

「自覚があるのは幸いですね。ならば無駄な会話は控えるべきだと思いますが」

「お前が先に言い出したんだろっ!」

「俺は必要なことと、正論しか述べてません」

「……お前は」

「何か?」


 いつまでも続きそうな二人の言い返しに、ノスタジアは少し苦笑した。


「いつの間にか話がずれたな」

「いつ見てもおもしろいですねぇ、二人の会話は」


 一方のシャナンは楽しんでいる様子だ。毎日この言い合いを見ているはずなのだが、それでも飽きないのだろう。何もフォローがない仲間たちにルベンダは嫌気が差し、そして真相を聞こうと声を張り上げる。


「ノウスっ! いい加減説明しろ! この格好は仕事と何か関係があるのか?」

「ああ。――ルーベ、今更ながらに気付いたのかもしれないが、お前をオークションに出品することになった」

「…………はああああああ!?」


 大声は寄宿舎中に聞こえ、ルベンダ以外の全員が耳を塞ぐ。

 おそらく、近くの通行人にも聞こえるくらいの大きさではないだろうか。


「まさか、気付いていなかったのですか?」


 耳を塞いでいたティルズは、怪訝そうな顔で呆れたように言った。

 だがルベンダは、困惑してノスタジアに尋ねる。


「ど、どういうことだっ!? そんな話、聞いてないぞ」

「当たり前だろ。今言ったのに」

「なんで私が!?」

「簡単なことだ。ルーベ、お前は容姿がいい」

「…………」

「そ、そんな変な目で見るなよ。元がいいから、そんな格好をすればいけるだろうって他の騎士たちが言ったんだぞ?」


 その言葉で、さっきのこそこそ話の内容を理解した。

 だがまだむっとしてしまう。すると弁解するようにノスタジアが言った。


「もちろんそれだけじゃない。お前は毎日鍛えてるしそれなりに運動神経もいい。これはそれだけ大きな仕事だ。普通の女性じゃなくお前に頼んだ方が上手くいくと、皆がお前を信じてるんだ」

「……」


 これには思わず黙ってしまう。


 確かに容姿ならば、昔騒がれた母に似ている。性格はこの際大目に見るとして、良い部分を使うというのだろう。潜入など、確かに他の女性たちにやらせるのは可哀相だ。今体を鍛えている自分だからこそ選ばれたのならば、確かにその思いに答えなくてはならない。


 納得した様子にノスタジアはふっと笑い、ティルズに顔を向ける。


「というわけでティルズ。ルーベを褒めてくれないか?」

「は?」

「はい?」


 二人の間抜けな声が重なる。


「ルベンダが自分により自信を持てるように。ティルズなら率直な感想をくれるだろ? だから、ほれ」

「や、やめろ! 私は褒められたくない!」


 ルベンダは必死に止める。


 もう何か言われるのはたくさんだった。

 ただでさえこんな格好も苦手なのに。


「あら、そうなの?」


 シャナンが意外そうに言う。

 ノスタジアはおかしそうに、ルベンダの心情を察した。


「あー、ルーベは叱られた方が燃えるタイプだもんな。褒められるのが慣れてないんだろう?」

「う、うるさい」


 思わず声が裏返るのは、図星だからでもある。


 いつの間にか顔が火照り、妙に居心地が悪くなった。だがそんなルベンダをどう思ったのか、ティルズが近寄ってきた。思わず警戒心をむき出しにして、ルベンダは一歩下がる。


「な、なんだよ」

「いえ。ただ……その姿もよく似合ってる、と言いたかっただけです」


 普段の声とは思えないほどの優しい声色だった。

 思わず耳を疑ってしまう。


「……お前は冗談まで言うようになったのか?」


 その言葉に、いつものように鼻で笑われる。


「俺は自分で思っていることしか述べてません」

「……だからって、気安くそんなこと言わないでくれ」

「嫌ですか?」

「ああ」

「本当は照れているだけでは?」


 ルベンダは目を見張った。


 青に近い瞳がこちらを見つめ返してくる。

 なんだこいつは。


「黒いドレスは赤く燃える髪によく映えています。菖蒲色の瞳も神秘的ですし、肌も雪のように白い。まるで夜の舞姫ですね」


 開いた口が塞がらない。

 なんて奴だ。普通そんなことをさらっと言えるか?


「舞姫……。素敵な表現ですね」

「へえ、舞姫か。確かにルベンダは踊り子だもんな。さすがはティルズの言葉だ」


 シャナンもノスタジアも、称賛するように頷きあってる。


 そしてその言葉に、周りたちもなぜかわぁ……と小さく声を上げていた。唯一納得してないのはルベンダ本人だ。不機嫌そうに、よりむっとした表情になる。しかもティルズの顔を見れば、平然としているだけだ。何の感情も見えないのが、余計腹立つ。


 言われっぱなしのルベンダは、赤い顔のままティルズを睨んだ。

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