第十八話 戸惑う関係

「お待たせいたしました。ローズヒップティーでございます」

「まぁ、ありがとう」


 ジオが自ら紅茶を運び、アレスミの座っている席に紅茶を持っていく。


 先ほどルベンダに見せた冷たい笑顔とは裏腹に、優雅なお嬢様な笑顔でそれを受け取っていた。一口飲むとほっと息を吐き、また笑って見せる。


「とてもおいしいわ」

「ありがとうございます」

「本当に、ここのメイドたちは教育がしっかりなさっているのね。手際が良くて、可愛らしい方たちばかり」

「そこまでお褒めいただけるとは、私も嬉しく思います」


 互いに笑っている姿を見ると、とても仲が良好に見えるだろう。

 だがそれを、柱の陰で三人が見つめていた。


「…………なーんか怪しいわね」


 そう言い出したのはシャナンだ。遠い距離だからまだ安心だが、本人に聞こえていたらかなり危ない発言だった。ニストが慌てて口を押えようとするが、華麗にそれをかわす。


「シャナンさん!」

「別に小声だから大丈夫でしょ? ニストはいちいち気にしすぎよ。……でも、ザンビアカと言えばティルズ様の家と同じくらい有名な侯爵家の名前。その令嬢がわざわざここに来るなんて……。それに、アレスミなんて名前聞いたことないわ。むしろどこかで」

「シャナンさんでも、分からないことってあるんですね」

「……どういう意味?」


 目を光らせながら言えば、ニストの笑顔が固まる。

 どうにか弁解しようとするが、シャナンは言葉巧みにニストを追い詰めようとしていた。が、傍にいたルベンダの耳には、そんな会話は一切入ってこなかった。


 一目見るだけで惚れ惚れしてしまうほどの美しいお嬢様。

 歳はティルズと離れていそうなのに、隣同士で並んでいる姿を思い浮かべるだけで、お似合いだと感じてしまう。礼儀も振る舞いもそれなりにできており、ルベンダは何も言わずアレスミだけをぼんやり見ていた。


 そんな時、誰かが廊下を走る音が聞こえてきた。

 振り返ってみればティルズだ。急いで来たせいか、髪が少し乱れている。ルベンダはそのまま見ていたが、ティルズは真っ直ぐアレスミを探す。そしてすぐさま目の前まで歩いていった。


 しばし、二人が見つめるような形でいた。


 ティルズはなんだか重苦しそうな表情なのに対し、アレスミは嬉しそうに微笑んでいる。


「会いたかったわ、ティルズ」

「…………なぜここに」

「久しぶりの再会というのに、冷たいわね」

「……」

「確か、団長に言われてここに住むことにしたんですって? 全然会えてなかったから、心配していたのよ。それに…………ルベンダさんに随分突っかかってるって噂じゃない」


 ルベンダは思わず体がぴくっと動いた。

 それを聞いたシャナンとニストが、驚いたようにこちらを見ている。


 だがティルズは、いつもの表情に戻ってすぐに返答していた。


「何の話ですか」

「しらばっくれるの? まぁ、いいけど。それに私、二日くらいお世話になるから」

「!?」


 ティルズにしては珍しく表情が崩れた。

 予想外のように、目を見開いている。


「ルベンダさんに、たっぷりお世話をしてもらうわ。だから、お借りするわね?」


 これには聞いていた三人、そしてジオまでもが驚いた顔をする。

 どうやらこの話は聞いていなかったようだ。ジオが少し苦笑しながら口を開く。


「アレスミ様、ルベンダはまだ未熟者です。お世話をするメイドは他にも」

「私はあの方がいいの。私の知らないティルズの話もできるだろうし、有名な恋物語の娘さんですもの。私もあの作品のファンでね、ぜひ仲良くなりたくって」


 笑顔で返すアレスミの目に、ジオも何か悟ったようだ。それに身分は彼女の方が上。結局アレスミがいる間、ルベンダが専属でお世話をすることになった。




 用意した部屋に案内し、ルベンダは先程の紅茶を机に置く。

 そして作っておいたりんごのタルトも出しておいた。アレスミは部屋全体を隈なく見ながら、物珍しそうな表情をする。そしてソファに腰を下ろし、美味しそうにタルトを食べ始めた。


「ルベンダさん」

「はい」

「率直に聞くけど、ティルズとはどのような関係?」


 少し動揺しそうになったが、このことは聞かれるのではないかと思っていた。

 何でもないよう、すぐに答える。


「昔、剣の稽古を共にしていたくらいの仲です」

「そう」


 声色や表情からして、その返答でどう思ったかは分からなかった。

 でも、無難な答え方でいいだろう。実際ルベンダは、嘘は言っていない。


 その後は無言な状態が続く。

 重い空気に耐えられなくなったので、今度はルベンダから質問してみた。


「アレスミ様は……」

「私がティルズとどんな関係かって? 知りたい?」


 最後はくすっと笑いながら言われた。

 その顔はちょっと悪戯っぽいような顔だ。そして姿勢を正し、ゆっくりと話し出す。


「そうね。昔からずっと一緒にいた仲……とでも言えばいいのかしら。ティルズのことは、私がよく分かっているわ。だって、ずっと見ていたから」


 少し遠い目をして言っていた。


 懐かしそうに微笑んだ様子に、ルベンダは悟る。この人は、本当にティルズのことを知っている。自分は昔面識があったとはいえ、稽古の時に会った時しか知らない。この人だけに見せていたティルズの顔があると思うと、なぜか……胸に小さな痛みを覚えた。




 一旦部屋を出てぼうっとしながら歩いていると、いつの間にか寄宿舎の庭園に着く。自分でも意識せずに歩いていたのだ。慌ててルベンダは戻ろうとするが、茂みに見覚えのある人物を見つけ、思わず声をかける。


「……何してるんだ? クリック」


 すると茶色の洋服に身を包んだ相手がびくっと震える。

 まさか人がいるとは思っていなかったようだ。そして振り返ってへらっと笑った。


「あ~……何だ、いたのか?」

「ジオさんに見つかると叱られるぞ。仕事で来たんじゃないんだろ?」


 ルベンダが呆れたように言った。


 この寄宿舎ではほぼ毎日食材を注文しているのだが、クリックがよく届けに来てくれるのだ。そして、たまに侵入がてら遊びに来たりする。一応神聖な場所でもあるため、そういうのはやめてほしいとジオにこっぴどく叱られていた時もあったはずだが。


 だがクリックは気にせず両手を見せながら弁解した。


「ちょっと親友の様子を見てたのさ」

「親友……ああ、ティルズか」


 花便り祭の時に初めて知ったが、どうやら本当にクリックは親友と思っているらしい。前見た時はそんなに仲が良さそうに見えなかったが。わざわざ偵察に来る理由は分からなくもなかったが、なぜ今日なのかと首を傾げてしまう。すると察したのか、軽く笑われた。


「ここにさ、綺麗なお嬢様が来ただろ」

「! ……何でそんなこと知ってるんだ?」

「そりゃあ親友なんだから、それくらいのことは知っているさ」

「自称なのにか?」

「そこは言うな」


 こほん、と咳払いされた。


 先程までティルズの様子を見ていたらしく、これから帰るところだったらしい。ジオに見つかってない辺り、さすがの侵入術というべきか。正直もう少し警備を厳しくした方がいいな、とルベンダは真面目に思った。そんな風に思われてるなど知らないクリックは、急にこんなことを言い出す。


「あの二人の関係は気にしなくていい」

「は? 関係って……」

「いかにも気にしてる、って顔してたぞ」


 唖然として顔を見返せば、相手は笑う。


「そんじゃ、またな」


 そして華麗に空でも飛ぶかのように、クリックは走り出した。

 ルベンダは後ろ姿を見ながら、少し溜息をつく。どうやら彼はなんでもお見通しのようだ。


 別に、そこまで気にしてるわけじゃない。

 だが、なぜかもやもやが止まらないのだ。


 それはなぜか。自分でも分からない。


 だが、いつまでもこんな気持ちでは仕事にならない。

 そのまま自分も中に戻ろうとした。すると。


「……ティルズ」


 いつの間にかティルズがいた。

 いや、クリックが茂みで見ていたくらいだ。元々ここにいたのだろう。


 それにしても、久しぶりに姿を見た気がした。

 いや、昨日も一応会ってはいる。だがアレスミとの会話ばかりで、互いに話す時間はなかったのだ。相手はいつもと変わらない表情をしていた。しばし正面で見合う形になる。


「先程、クリックがいましたよね」


 あまり間を空けないで聞かれた。

 ルベンダはどぎまぎしながら、答える。


「ああ。お前の様子を見に来たらしい」


 すると露骨に嫌な顔をした。

 こそこそと探られるのが気に召さなかったようだ。


 相手が黙ったので、ルベンダも静かになる。

 いつもと変わらないのに、なぜかいつもと違う感じがして、居心地が悪い。


 黙り込むルベンダに対し、ティルズはこう言った。


「あの方のことは、気にしないでください」


 おそらくアレスミのことだろう。

 分かってはいたが、なぜか心が冷えた気がした。

 

 ルベンダは「ああ」とだけ答えた。

 そして居たたまれなくなったからか、その場から逃げるようにいなくなる。


 取り残されたティルズは、何かに耐えるように両拳を握った。







「どうしたの? ルベンダ」

「へ?」

「食欲ないなんて珍しいじゃない」


 現在お昼時。メイドたちは交代で食事をしてまた仕事に戻る。


 シャナンに言われ、ルベンダは慌てて止まっていた手を動かした。

 その様子に、隣の席であるニストも心配そうな顔になる。


「何か……あったんですか?」

「え? な、何もないぞ! ほら!」


 そういって素早く料理を食べる。


 見ればお皿はすでに空。笑顔で立ち上がり、片付けに行ってしまった。それを唖然と見ていた二人は、ルベンダが行ってからこそこそ話が始まる。


「…………ありえないわ。いつもより三分以上遅い食事だった」

「いつもは、仕事に支障がないように! って言って食べるのも早いですよね。それに美味しそうに食事をするのに」


 普段とまったく違う様子に、二人は既に気づいていた。

 ニストは顔が歪む。


「どこか悪いんでしょうか……」

「…………」


 シャナンはしばらく黙っていただが、眉を八の字にしながらニストをなだめる。


「ルベンダだって悩む時はあるわ。何かあって頼りたくなったら頼ってくれるだろうし、今は私達にできることだけしましょ」


 こればっかりは本人が話してくれないと分からない。


「そうですね……」


 ニストも素直に頷いた。


 その様子を見ながら、シャナンは食事を続ける。

 そして先程のルベンダの背中を思い出しながら、少し考えることがあった。

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