第十九話 見たことない姿

「……どうしたの? 憂い顔ね、ルベンダさん」

「も、申し訳ありません」

「いいえ、大丈夫。気にしてないわ」


 満月の夜。髪を梳かしてあげながら、鏡の中でくすっと笑われた。

 髪を梳かし終わり、紅茶を注ごうとする。


 すると手で止められた。


「まだいいわ」

「え?」

「ルベンダさん、あなたが元気がない理由、当ててあげましょうか」


 真っ直ぐこちらを見つめながら、そう言われる。

 いきなりそう言われ、どきっとしながらも見つめ返してしまった。


 するとアレスミは微笑んだ。


「あなたは私とティルズの関係が気になっている。そしてティルズのことをよく知らないあなたは、ティルズをよく知っている私に、少なくとも羨ましい気持ちを持っている」

「そんな、私は別に」

「ええ、あなた自身は自覚がないようだわ。でも、周りから見れば一目瞭然。あなたは確か、ティルズのことをもっと理解したいと思っているのよね? 知りたいと」


 確かにその気持ちはある。


 というのも、昔からティルズは何を考えているのかよく分からない。よく嫌味を言ってくるし、でも最近は感情が出てくるようにもなった。何を考えているのか、もっと知った上で理解したい。昔は嫌味を言われた印象が強すぎて嫌悪感しか抱いてなかったが、成長し、色々勉強するようになって、考えを改めるようになった。相手を理解しなければ、相手のことは分からない。同じ仲間として、もっと知りたいのだ。


 それはもちろんティルズに限った話じゃない。

 他の騎士やメイド、その他の人達にも言えることである。


 動揺しながらもそう言えば、アレスミはゆっくり頷きながら聞いてくれる。そして今度は、含み笑いをされた。なぜそんな笑いをするのだろう。だがアレスミは微笑むだけだ。そして突然、こんなことを言い出した。


「今からティルズを呼んで少し話すわ。悪いけど……部屋の見えない場所にいてくれる?」


 それは、部屋から出るというわけではないのだろうか。急な言葉に少し迷った顔をしていると、またくすっと笑われる。月明かりに照らされ、輝く黄金の髪が煌めいて見えた。


「ティルズに見えない場所にいてくれたらそれでいいわ。ただ、私たちの会話は聞いてほしいの」

「あの、なぜですか……?」

「いい加減、私達の関係を知りたいでしょ?」

「えっ」


 ルベンダが思わず固まっていると、またにこやかに笑われる。

 そして急に手を引っ張られ、カーテンのある隅まで連れて行かれた。ドアから人が入ったとしても、こちらからは姿は見られない。慌てて焦ってルベンダが出ようとすると、ノックの音が聞こえてくる。


「失礼します」

「どうぞ」


 ティルズの声だ。思わず胸が締め付けられそうになる。

 両手を握りしめながら、ルベンダはじっとその場で聞いていた。


「ルベンダさんとは、全然会話をしてないわね。それも少しは楽しみにしていたのに」


 強い口調だった。少し珍しい。

 ティルズだからこそ出る口調なのだろうか。


 だが相手は素っ気なく言う。


「別に、会話などしない時くらいあります」

「嘘言わないで。他のメイドさんからは、二人はいつも仲良く喧嘩をしていると言っていたわ。特にあの桃色の髪の……シャナンさんだったかしら。なかなかの武勇伝になりそうな会話らしいじゃない」


 聞いていてルベンダはずっこけそうになる。

 あのおしゃべりめ……! と心の中で叱る。後で本人にも言わないといけない。


 しばらくすると、ギシッとソファから立ち上がるような音が聞こえた。

 ルベンダは思わずびくっとなる。


「ティルズ、私はあなたに幸せになってほしいと思っているわ」

 

 するとティルズははっきりとした口調で言う。


「嘘ですね。自分の思い通りにならなければ気が済まない。一体誰に似たんでしょうか」

「あら、言ってくれるじゃない」


 アレスミは鼻で笑った。

 そして勢いよく口を動かす。


「じゃあ聞くわ。あなたはどうしてこの寄宿舎に来たの? 色んな人に聞いてもなんとなく、って答えが多かったけど、本当は違うんでしょ? ルベンダさんがいたからでしょう?」


(え)


 ルベンダは思わずカーテンを強く握りしめる。

 その場から飛び出したい気持ちを、ぐっと抑えた。


「違います」


 即答だった。


 だがアレスミは笑いながら首を振った。


「嘘よ。ああ、違うわね。あなたも自覚がないんだわ。無意識のうちに求めていたというのに。お互い似た者同士なのね」

「いい加減にしてください」


 声の音量が大きい。

 思わずルベンダまでもびくっとなった。


 こんなに声を荒げるティルズなど、見たことがない。


「ただ冷やかすために来たのですか。ここはそれが許される場所じゃない。用がそれだけなら、早くお帰り下さい」


 ティルズは睨みながらアレスミに突っかかる。

 だがアレスミは、平然とその顔を見ていた。


 しばらく黙った後、ぽつりと言う。


「…………ティルズ、あなた変わったわね」


 そしてそのまま言葉を続ける。


「感情を捨てていた頃のあなたが今は懐かしい。場所や人が変わるだけで、こんなにも変わるのね」

「やめてください。俺は別に変わってない」

「変わったわ。前は自分が生き延びることしか考えていなかったのに。さっきの発言からすれば、あなたはこの寄宿舎とルベンダさんを庇ったのでしょう?」

「やめろ」


 急に低い声で唸る。

 だがアレスミはやめなかった。


「もちろん、根本的なところはこれからかもしれないけど。でもあなたが変わったのは、この場所、そして周りの人、それに……ルベンダさんも関係しているんじゃないの?」

「関係ない」

「じゃあこの場面を見れば、あなたは同じことが言えるかしら? ――――ねぇ、ルベンダさん」

 

 急に名前が呼ばれ、ルベンダは驚いた。

 足音が近づき、カーテンが開かれる。


 真っ先に目が合うサファイアの瞳は、いつも以上に大きく見開かれていた。ティルズにしては、激しく動揺した顔だった。ルベンダは思わず、その場にいるのが居たたまれなり、駆け出す。


 激しく音を立てた後、部屋はまた静寂になった。


 アレスミは棒立ちになるティルズに対し、くすっと笑った。


「行って来たら?」

「…………」


 何も言わないまま、ティルズも走り出す。

 一人取り残されたアレスミは、誰にも聞こえないように呟いた。


「ほんと、予想以上だわ」


 顔を照らす満月に目を細めながら、アレスミはおかしそうに笑みを深くしていた。







 ルベンダは走っていた。


 あの場合、逃げて当然のように思う。盗み聞きをしていたわけではない。アレスミが言ったことに従っただけだ。だが、結局自分はティルズの前に姿を見せてしまった。息を吐きながら、どこかも分からない廊下を走る。……あの時のティルズは、今まで見たこともないくらいに驚いていた。自分がそこにいて聞いていたことを、どう思ったのだろうか。思わず顔を歪め、そしてまた走る速度を上げる。


 だが、急に後ろから足音は聞こえてきた。そっと振り返ると――――。


(…………!?)


 見れば全速力でティルズが後ろを追いかけてくる。


 顔はいつも通りと言っていいだろう。だが、息も切らさずこちらを睨むように追いかけられては、さすがのルベンダも恐怖の方が勝った。というわけで、ルベンダはまたさらにスピードを上げた。


 すると、ティルズも上げてくる。

 先程の状況よりも、今の状況の方が圧倒的に辛い。


(何で追いかけてくるんだよ……!)


 どうにか廊下を曲がる場所を見つけ、進行方向を変える。

 だが相手は難なくついてくる。恐ろしいレベルだ。それでも、このままではいけないと思い、ルベンダはすぐに外へ行く。いつまでも寄宿舎の中にいたのでは、迷惑をかけると思ったからだ。ちらっと後ろを見れば、こりもせず銀髪の少年が追いかけてくる。やはり騎士の体力からしたら余裕なのだろうか。


 ルベンダは少し疲れ始め、ゆっくりとペースを落とす。

 そして立ち止まった。


 すると後ろの足音も止まる。


 相手から話されるのも癪なので、ルベンダは意を決して後ろを振り返った。

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