第十六話 ここだけの話

 暗闇の中、わずかな光を頼りに前へ前へと進み続ける。


 双子を探すために入ったものの、ここから出る方法も一緒に探しているようなものだ。ルベンダはとにかく、ティルズに言われた道を進み続けた。正確には、ティルズがつけた目印を頼りに進む。


 先程まで辛そうだったが、どうやらだいぶ良くなったようだ。

 シャナンからもらった香水のおかげで、ティルズの顔色も良くなった。


 が、進んでも進んでも、一向に双子には会えないし、出口も見つからない。同じところをぐるぐる回っているわけではないようだが、こうもずっと歩き続けるのもきつい。


「大丈夫ですか」


 ティルズの方から声をかけてくれた。


 なんだか立場が逆転した気がする。ルベンダが答えようとする前に、ティルズは「ルベンダ殿でも疲れることがあるんですね。超人だと思っていたので意外でした」と余計なことまで言われた。


「失礼だなっ、私だって疲れる時くらいあるわっ!」

「ああ、元気そうですね。心配して損しました」

「いやお前絶対心配なんてしてなかっただろ……!」


 憎まれ口をたたきながらも、いつものティルズに戻ったことは良かったと思った。少しほっとした様子が伝わったのか、ティルズは真面目にこう言う。


「助かりました。あのままじゃ酔いそうだったので」

「お前、ほんと甘いものだめなんだな」

「ええ。過去に色々あったので」

「……そうか」


 一体何があったのか聞きたかったが、それは聞かないでおいた。

 自分から話してくれるならまだしも、余計な詮索は失礼だ。だからルベンダは一言だけで済ました。が、気にしていたのはティルズもだったようだ。


「聞かないんですか?」

「え?」

「知りたいのかと思いました。以前俺のことを、知りたいと言っていたので」


 花便り祭のことだろう。

 よく覚えているなと思いながら、苦笑する。


「ティルズが話したいと思って話してくれるならいい。でも、私からは無理強いはしない」

「…………」


 すると何とも言えないような顔をされる。


 それがどういった意味なのか分からないが、ティルズは黙ったままでいた。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。そんなことを思いながら声をかけようとすると、相手は急に前を向いて険しい表情になる。ルベンダも思わずそちらの方向に顔を向けると、ゴゴゴゴゴッ……と何かが動いているような音が聞こえてきた。


 音と共に、洋館が動いているような気がする。

 はっと後ろを振り返ると、白い塊のようなものがまるで波のようにこちらへやってきた。


「な、なんだあれ!?」


 ルベンダが叫ぶと同時に、ティルズが動く。

 その波のようなものに立ちふさがり、タイミングを見て剣を振るった。


「!」


 その白い塊が、真っ二つに切られる。


 いや、切れるものなのだろうか、とルベンダは思ったが、それは綺麗に崩れ、こちらに被害が及ぶことはなかった。まるで雪山のように辺りに散らばっている。そうっと見てみると、どこかどろっとしており、触ってみるとかなり柔らかい。粘土のようにも思ったが、何かに似ている。


 ルベンダはどことなく考え、そっと舐めてみた。

 すると、予想外のもので目を見開いてしまう。


「これ……クリーム?」


 よくお菓子で使われる生クリームの味がする。


 見た目からしてそのようだし、一応ルベンダもお菓子作りはしているため、間違いない。しかしなぜこんなところでクリームが山のように出現し、そして波のようにこちらに向かってきたのかが分からなかった。


 ふと、ティルズの方を見ると、ぎょっとする。

 世にも恐ろしい顔をしていた。


 なぜなら、顔や体全体の所々にクリームがついている。さっき切った時に飛び散ってしまったのだろう。それにしても、よっぽど嫌いなのが表情でありありと見て取れた。これは嫌がらせでお菓子でも出したら本気で怒られる、とルベンダは顔が引きつる。


 ティルズはしばらくしてから、ぼそっとこう言った。


「……おかしな洋館ですね」

「…………ぷっ」


 ルベンダはすぐに手で口を押さえる。

 が、これは我慢できない。


 勝手に掛け合わせてはいけないと分かっているのは百も承知なのだが、やっぱりおかしくてルベンダは体を震わせていた。するとぬっとこちらを睨む顔が映る。いつものように整った顔ではあるが、周りが暗いためか顔がランプの光で影を作っている。それがさらに怖さをアップしていた。


 へらっと笑いながらどうにか弁解を試みるが、相手の表情は変わらない。余計に怒らせてしまったようだ。焦ってどうしようかと考えていると、ティルズのその後ろに、いつの間にか少女が立っていた。


「……?」


 ルベンダがじっと見ていると、ティルズも気づいて振り返る。

 白いワンピースに肩まである黒い髪。その瞳も同じ黒で、瞬きもしないでこちらを見ている。


「…………」


 しばし互いに無言でいる。


 ティルズはルベンダを庇うようにしていたのだが、ルベンダは少女に釘付けでいた。自分たちよりも身長は低く、双子と年齢は同じくらいのようだ。そしてその少女は、おもむろに口を開いた。


「……こっち」

「え?」


 そう言った時には、少女が駆けだした。


「お、おい!」


 ルベンダは慌てて追った。


 勝手に走り出したルベンダに対し、ティルズはしかめっ面になる。勝手な行動でまたひどい目に遭うのはごめんであること、そしてクリームのせいで甘い香りがさらに強くなったことで不機嫌になっているのだ。それでも、追わなければ後々面倒になる。ティルズも二人を追い始めた。







「スガタ様! 少し早いです!」

「す、すみません。でも、絶対こっちのはず……」


 さっきから走っていた二人は、息を荒げている。

 シャナンが頑張って軍服の裾を掴んで離していないのも関係していた。


 するとどこからか、くすくすと声が聞こえた。


「こっち、こっち」


 白いワンピースで長い黒髪を動かしている少女が、楽しそうに笑っている。


「早く、こっち」


 急に現れた少女は、おかしそうに二人を見ている。


 どう見ても遊ばれているようだ。急にいなくなったと思えば後ろにいたり、前にいたりしている。シャナンは少女が自分達に何をさせたいのかが分からなかった。スガタの方を見ると、困惑しながらも追いかけようとしている。このまま追い続けて大丈夫なのか不安に思っていると、シャナンの考えが通じたのか、少女の動きが止まる。


「出口、知りたいんでしょ?」

「え」

「ライムが、教えてあげる。こっちに来て」


 ライムとは、この子の名前だろうか。

 急に真面目な顔をして走り出した少女を追って、シャナンもスガタもまた駆け足になる。と、角を曲がったところで見覚えのある赤い髪が目に移り、シャナンは思わず叫んだ。


「ルベンダ!?」

「え?」


 ルベンダが振り返れば、シャナンとスガタがいた。

 見つらなかったことにひやひやしたのだが、どこも怪我はしていないようだ。


「シャナン! 良かった……」

「そっちこそ、無事で良かったわ」

「でも、どうしてここが?」

「ライムって子が連れてきてくれたの」

「え?」


 シャナンが振り返ったのでルベンダもそちらの方へと視線を移したのだが、そこには誰の姿もなかった。「あれ?」とシャナンも困惑したような声を上げる。聞けばある少女に呼ばれたここまで来たらしく、ルベンダも全く同じことが起きたことを話す。互いに首を傾げるが、ティルズだけ冷静でいた。


「おそらくここに、この洋館の秘密があります」


 ティルズは目の前にあるドアへと近寄る。


 いつの間にか導かれた場所が、このドアの前だ。

 よく見ればそのドアだけ、他のよりも丈夫そうに見えた。何か秘密がある洋館、そして甘ったるい匂い、そして先ほどのクリームの山。一体ここは……。


 皆が一斉に静かになりながら、ティルズはゆっくりドアを開ける。

 すると…………。


「あははっ!」

「ミラー! こっちもー」

「「「「…………」」」」」


 全員無言となる。

 というか呆気に取られる。


 部屋は整理され、それなりに質の良い絨毯が敷かれていた。だが先程ルベンダとティルズが襲われそうになった白いクリームの塊が、そこにあったのだ。しかもその上で楽しそうに遊んでいるのが、ルベンダたちが必死に探していたミラとラミだ。


「あ、ルベンダ!」

「シャナンも!」


 双子が気づいてこちらに寄ってきた。

 クリームの上に乗っかって遊んでいたはずなのに、顔も体も汚れていない。


「お前たち、一体何を……」


 ルベンダがそう聞くと、急に間の抜けた声が部屋の隅っこから聞こえた。


「あれー? お二人とも、いや、四人ともなぜここにー?」

「「フロー!?」」


 メイドの二人が同時に叫ぶ。


 そう、そこにいたのは よれよれの白衣にぐちゃぐちゃのはちみつ色の髪を持つ天才科学者。フロー・メインクンだったのだ。聞けばここは秘密の実験室のようなもので、昔からある洋館を少し改造して使っているらしい。今まで他の者がこの洋館の存在を知らなかったのは、特製の霧を生み出す薬品をまいていたとのこと。誰にも見つからないように、と手の込んだことをしたようだ。


「えへへ、一人の方が集中できますから」

「……で、この白い塊なんなんだ?」


 ルベンダはそちらの方が気になったので聞いた。

 すると得意げな顔をしながら、フローが答える。


「えっへん。これはですね、お菓子の雲です!」

「は?」

「雲の上に乗ってみたい、遊んでみたい、というのは子供の夢。でもただの雲ではつまらない……。というわけで、皆大好きなケーキをイメージして生クリームの雲を作ったです。あ、他にも味はありますよ。チョコレートとか、チーズとか。フルーツの香りとかも研究しててー」

「おおっ。色んな意味で、おかしな洋館ってことですね!」

「お、スガタさん上手い!」


 他の者は少しぽかんとしていたが、スガタだけはノリノリでそう答えた。


 ちらっとルベンダがティルズの方を見ると、少し睨まれた。……根に持っているのかもしれない。ルベンダは引きつった笑いのまま、視線をずらした。今後は余計なことは言わないように心に決める。


 ちなみにフローによれば、先ほど波のように流れてきたクリームは試作品だそうで、放っておけば勝手に消えるという。確かに、ティルズの輝く銀髪にクリームが見当たらなかった。多分、本人が念入りにクリームをぬぐったことも関係していると思うが。


「あ、そういえば、ライムさんってフローさんの助手とか?」

「え?」


 スガタの言葉にきょとんとした顔をする。

 それにはルベンダも乗っかって聞いた。


「もう一人子供いたぞ。長い黒髪の……」


 するとフローは大げさに手を叩き、納得するような声を上げる。


「あーあー。ミライとライム。双子の姉妹のことですね? ここは元々、あの子たちの屋敷だったんです。東洋からここへ来たらしくて。両親が花畑の見える洋館に住みたいということで、ここにこの洋館を建てたようですよ。もう使わないらしくて、許可をもらって今は私が使っているんです」


 その答えに納得はしたのだが、ではその姉妹は今もここで暮らしているということだろうか? 疑問が顔に出ていたのだが、フローはそれに気づかず、少し苦笑した。


「すみません、ここのことは内密に。なんせ私は、秘密主義ですから!」

「それはいいですけど、報告書に何て書けばいいかな……」

「あ、騎士団への報告ですか? それだったら素直に書いちゃって下さい。私は一般の人にバレなければいいのでー」


 お気楽にそう答えられ、ティルズとスガタ頷いた。


 フローは研究を続けるらしく、出口まで案内してくれる。

 洋館の中が暗いのは容易に動き回らないようにするためらしい。ちなみにいつもは霧を作り、周りから見られないようにするという。今回はたまたまその装置の燃料切れで、ミラとラミが迷い込んだようだ。今後はそんなことがないようするというフローの言葉に、ミラとラミが少し残念そうな顔をした。


 だがまたあの雲を作るというフローとの約束で笑顔になる。

 これでひとまず一件落着というわけだ。


 皆で寄宿舎まで戻ろうという時、ルベンダはやはり気になってそっとフローに聞いた。


「なあ、あの双子は今どこにいるんだ?」


 するときょとんとされ、そして笑われる。


「ここに住んでますよ」

「そ、そうか」

「大勢の人が来てくれて、きっと嬉しかったんだと思います。多分双子同士ですから、ミラとラミをここへ迷わせたのかもしれませんね」

「なるほどな」


 納得するような顔をして、ルベンダも皆の後を追う。

 と、その時フローに腕を引っ張られた。驚いて振り返ると、含み笑いをする。


「ほんとは秘密主義ですから言う気はなかったんですけど、ルベンダさんに一つ」

「?」

「ミライとライムがこの世にいない ・・・・・・・ことは、秘密にしといてくださいね?」

「…………え」

「それでは」


 思わず固まっている間、フローはまた洋館の方へ入ってしまった。ドアが閉まる前、どこからか双子が笑ってこちらを見ている顔が見えた。


「…………」


 何も言えなくなり、ルベンダはすぐさま皆を追う。

 後で知った話だが、フローは霊感もあるらしい。 

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