第十五話 暗闇の中で見た光

 これにはシャナンも唖然とする。


 なぜここにいるのか分からなかったが、詳しいことを聞くとどうやら依頼でティルズと一緒に来たらしい。こちらも、ルベンダとはぐれたことを伝えた。


「そうだったんですか。でも、なぜわざわざ洋館の中に?」

「双子を見失ったんです。それで、ここしかもうないと思って」

「双子? ああ、天使みたいな二人ですね!」


 シャナンは思わずミラとラミの顔を思い浮かべた。

 天使……。見た目は確かにそうだが、中身はかなりやんちゃだ。しかもメイドのみならず、騎士や大人達を魅了しているので、ある意味小悪魔と言ってもいいかもしれない。将来が少し不安だったりする。


「だったら俺も探すの手伝います」

「ありがとうざいます。でも、ここから出る方法も見つけないと……」


 シャナンが考えるような素振りをしていると、スガタがじっとこちらを見てきた。思わず「なにか?」と声をかければ、はっとされ、そして遠慮するように言ってくる。


「その……もしかして泣きましたか?」

「え」


 シャナンははっとして自分の目に手を持っていく。


 拭ったはずだったのに、まだ涙が流れていたのか。少し悔しくなり、手の甲で拭う。するとスガタがハンカチを取り出し、渡してくれた。シャナンは受け取りながら、何度も拭う。なのに、なんだか涙が止まらなくなっていた。なぜだろう。人がいたことに安心したのか。あまり見られたくはなく、思わずスガタに背中を向けた。


 スガタはそのまま、後ろから言葉を投げかけた。


「見ませんから。……泣きたい時は、思い切り泣いてください」

「…………」

「人間、泣きたい時はあります。シャナン殿だってそうでしょう?」


 それに対して何も言えなかった。

 何か言えば、嗚咽が出てしまう。


 だが何も言わないシャナンに対し、スガタは言葉を続ける。


「人が傍にいるだけで違うって、俺の祖父母が教えてくれたんです。俺も、経験がありますから」


 シャナンは思わず、息を大きく吐く。

 だがまだ声は出せない。震えてしまう。


「俺、あんまり気にしないタイプなんですけどね。さすがにこの体質のおかげで、前向きに物事を考えられるようになったというか」


 スガタが夢中で何かしゃべっている。

 それは自分を安心させるためだろうか。


 だめだ、泣いてしまう。そう思った瞬間、シャナンは声を上げた。


「う、」

「泣いてください。俺は何も見ないし、聞いてないことにしますから」

「う、う、」

「我慢しないといけない時もありますけど、今はそうじゃないですから」

「う、うううっ……!」


 シャナンは、思い切り泣いた。子供のように。

 人前で泣くなど、自分の中では絶対許さないはずなのに。


 ……きっと、相手がスガタだったからだ。

 そして、ここには二人しかいなかったからだ。




 しばらくしてから、嘘のように涙が渇いていた。

 それは自分でも、拍子抜けするほどだった。


「大丈夫ですか?」


 スガタは相変わらず柔らかな笑みを浮かべていた。

 その笑顔を見ながら、シャナンは思わずふっと笑ってしまった。


(……この人は、光みたい)


 そう思った。


 シャナンは少し苦笑しながら、目に手を置く。

 ほんのり熱い。かなり腫れているのが分かった。


「そろそろ行きましょうか」


 スガタが声をかけてくれ、手を差し出してくれた。

 シャナンは手を取ろうとしたが、考え直して自分で立ち上がる。


「あ、す、すみません……!」


 慌てて意味を悟ったのだろう。

 暗闇であるのに顔が赤くなっているのが分かる。だがシャナンは首を横に振った。


「いえ。ありがとうございます」


 何度救われているだろう、この笑顔に。

 シャナンは心からの感謝をした。 




 二人で洋館の中を進む。


 暗く、立派だと思った洋館はやはり古い。

 所々腐っている壁や床もあり、底が抜けそうだ。


 シャナンは先程まで暗闇を恐ろしく思っていたのだが、今はそう思わなかった。スガタがいてだいぶ気持ち的に落ち着いたのだろう。泣いたことも、大きく関係していると思う。


「あ、そういえばシャナン殿っておいくつですか?」


 急にそんなことを聞かれ、思わず眉を寄せてしまう。

 一応若いが、女性に歳を聞くなど失礼なものだ。するとスガタが慌てて弁解を始める。


「あ、違うんです! その、シャナン殿まだ若いですし、失礼じゃないかと……」

「いくら若いと言っても、常識的に考えて下さい」

「す、すみません……」


 少し落ち込む姿を見て、くすっと笑ってしまう。

 何か話題を出そうと考えてくれたのだろう。その話題がタブーなら意味がないのだが。まぁ、それも彼の可愛いところなのかもしれない。シャナンは気にせずに答えた。


「二十歳です」

「あ、俺と同い年なんですね」

「…………え」


 思わず顔をまじまじと見つめてしまった。

 あっさりそう返されたのだが、少し信じられない。


「てっきり、ティルズ様と同い年かと……」

「いやいや、それはありえませんよ。王立騎士学校は十五歳の男のみ入ることができるんですが、成績が優秀で二年。一般的に卒業するのに三、四年はかかるんです。だからティルズは少し珍しいんですよね。十七で卒業したのも、あいつが初めてだって聞きました」


 そんな学校事情を知らなかっただため、シャナンは少し驚く。


 だが確かにスガタは大人っぽい顔立ちで、二十歳と言われてもおかしくはない。ただ、性格がかなり子供っぽいと思う。きっと年齢を誤解している人は多いはずだ。と、ここでシャナンは少し疑問に感じた。三、四年で卒業と言っていたが、スガタが卒業したのは二十歳……。皆より遅れている気がする。


 そう聞くと、苦笑された。


「俺もほんとは十九で卒業できるはずだったんです。でも、卒業日に色々あって……」

「……もしかして、不幸体質ですか?」

「はい、もう説明しようがないほど大変な目に……」


 それが何か聞きたくなったが、今は聞く状況でもないため、そのままにしておいた。

 だがスガタは懐かしそうに目を細め、笑う。


「でも俺、良かったと思うんです。だってティルズに会えましたから」

「え?」

「あいつは、本当にすごいんです。俺より年下なのに物知りだし、頭もいいし。それに年齢関係なく、言いたいことをずばっと言うやつですから」


 本当に嬉しそうに話す様子を見て、微笑ましく思った。

 スガタはティルズをかなり信用しているようだ。確かに性格が反対だが、二人共仲が良いと思う。まさにいいコンビだと思った。


「あ、ここ段差ありますから、気を付けて」

「はい」


 段差を超えた後、「あの」と、スガタがある提案をしてきた。


「よければ軍服の裾を掴んでくれませんか? その方がはぐれないですし。俺、ティルズと手を繋いでたら良かったって、少し反省を……」


 苦笑交じりでそう答えられる。


 一瞬二人が手を繋ぐ場面を想像してしまったのだが、面白すぎて笑いそうになる。どうにか抑えながらも同意し、軍服の裾を掴みながら進むことになった。


 手をつながないのは配慮のためだ。

 男女で二人きり、そして触れ合うなど言語道断。


 今は致し方ないが、互いに「癒しの花園」の規則は知っている。

 それは寄宿舎以外の場所でももちろん守らなければならない。


 シャナンはちらっと前を歩くスガタの背中を見る。

 その頼もしい背中に、暗闇で出会ったのはこの人で良かったと、心底思った。 


「…………」


 真っ黒の瞳と初雪のように白い肌を持つ少女が、柱の陰でじっと二人を見ている。二人が気づいていないのをいいことに、しばらくした後、すうっとその場から消えた。

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