第十二話 一緒に楽しむ
「さて、まずはここだな」
クリックが案内してくれたのは、煉瓦でできた家だ。
どこかこじんまりとしており、一般的な家にしても小さい。
「城下で暮らす人達からすれば有名な店だよ。珈琲を専門に出してる」
「カフェなんですね」
よく見れば玄関に小さい看板があり、「カルホーレ」と書かれている。
これがこのお店の名前なのだろう。
そっと中に入れば、人がびっしりと埋まっている。あまりの多さに少し面食らったが、ここのマスターとクリックは顔見知りらしく、別の隠れ部屋に通された。今回は特別らしい。
「軽食も美味しいぞ。あと、紅茶も置いてある。花便り祭だから、今は期間限定で花のお茶も出してるし」
「あら、じゃああたしはそれにしようかしら」
「あ、私もそれにする」
「では私も」
「俺は珈琲で。ティルズは?」
「聞かなくても分かるだろ」
そんなわけで、女性陣は紅茶、男性陣は珈琲を頼むことにした。
しばらくすると、飲み物が運ばれてくる。
「わぁ……!」
運ばれて一番最初に感動したのはその香りだ。
フレーバーティーのようで、三人それぞれ種類が違っていた。ルベンダは薔薇の花の香り、ニストは柑橘系、シャナンは蓮の花の香りがするものだ。どうやらマスターがイメージで入れてくれたらしい。
「ここのマスターはお客さんに合ったものを提供するんだ。で、それが人気の理由ってわけだな」
「なるほど、確かにこれは嬉しいな」
しかも紅茶の中に入っているであろう、本物の花も添えられている。
香りだけでなく、視覚でも楽しめるようになっているようだ。
そして男性陣は珈琲だが、色合い的にティルズが一番濃い。どうやら一番苦い珈琲を入れてくれたらしい。ティルズは平然とブラックで飲んでいた。ルベンダは以前出した時も思ったが、まだ若いのによくこんなに苦いのが飲めるなと思った。ちなみにクリックはミルクだけ入れている。スガタは――――どばどばと砂糖とミルクを入れていた。
「スガタ様、少し入れ過ぎでは……?」
「え? あ、俺このくらい入れないと飲めなくて」
「入れ過ぎは身体に良くないです……!」
はらはらしながらニストまで言う。
それに対してティルズはこう口にした。
「こいつは顔に似合わず甘党ですから」
「顔に似合わずは余計だよ……。心配して下さってありがとうございます、でも大丈夫ですよ。普段はそんなに飲まないので」
「確かにスガタが珈琲飲んでるのあんまり見たことないな」
クリックが言うという事は、学生時代もそんなになかったのだろう。
するとスガタは軽く笑った。
「せっかくクリックが紹介してくれたから、飲んでみようと思って」
「ったく、そんな気を遣わなくていいのに」
少し苦笑しながらも嬉しそうだ。
こう見ると、確かに昔からの仲なんだなと思った。
学生時代のことはよく知らないが、それでも親しげな様子は伝わってくる。
しばらくお茶でゆったりした後、クリックは別の場所に案内してくれた。
「さて、次はここだな」
「雑貨のお店ね」
お店というより、木でできた移動式の乗り物の中にいろんな雑貨を置いている感じだった。
祭りの時だけ来てくれるらしく、ハンドメイドで作っているものもある。無料で名前入りもしてくれるそうだ。革製の物、木でできた物など、自然の温かみを感じるものが多く売られている。
「へぇ、可愛いじゃない」
「ほんとだ。すぐ使えそうな物がたくさんあるな」
それぞれが思い思いのままに見ていく。
その中でクリックとニストはそれぞれあるものを見つけた。
「なぁ、ティルズ。スガタ」
「ん?」
「なんだ」
呼ばれて見せられたものを見て、二人して「ああ」と声を揃える。
そして思わず互いに顔を見合わせる。この時ばかりはティルズも少し微笑んだ。
「あの、ルベンダさん、シャナンさん」
「なに?」
「どうした?」
ルベンダとシャナンも見せられたものを見て、思わずにこっと笑った。
どうやらそれぞれ良いものが見つかったようだ。
「じゃ、最後だ。ミニメリーゴーランド!!」
「「…………」」
「おおっ! メリーゴーランドか!」
「メリーゴーランドなんて小さい頃以来です」
「どれ乗ります? 俺は馬がいいです!」
はしゃいでる三人に対し、ティルズとシャナンは微妙そうな顔をしている。特にティルズは意味が分からない、という風にクリックを凝視する。だがクリックはおかしそうに笑っていた。
「まぁまぁ、いいだろ。これもお祭りの時だけ来てくれるんだ。子供だけでなく大人にも人気でな。それに喜ぶ奴もいるだろうと思って」
実際に共にいる中で三人はわくわくしているので、ティルズも無下にはできない。シャナンは自分の年齢を少し気にしていたようだが、皆が楽しそうなら別にいいみたいだ。ここで一人だけ乗らない、というのも気が引けたため、大人しく一緒に乗ることにした。
「あれ、お前も乗るのか?」
「致し方なく、ですよ」
少し溜息をつきながらルベンダの隣にティルズがやってきた。
ちなみに両方馬に乗っているが、ティルズは白い馬だ。銀の髪色と映えてとても輝いて見える。実際並んでいる人達からもどよめきが生まれており、小さい子供に至っては「王子様みたい!」と言っている子もいた。ルベンダは思わず小さく笑いそうになったが、ティルズは少しだけむっとした。
「そんな顔をするな。子供が言ってるだけだろ」
「容姿で人を判断するなんて事はしてほしくありませんね」
「でもある意味お前を見て希望を抱いてくれてるって事だろ。子供には夢や希望を与えてやるもんだ」
そう言うと、少しだけ珍しい顔になる。
しかもしばらく見つめられたので、ルベンダは首を傾げた。
「なんだ?」
「いえ、考え方が大人だなと」
珍しく褒められてこちらもぽかんとなる。
あまり図に乗りたくはないので、ルベンダは視線を逸らした。が、顔には出ていないが嬉しそうなのは伝わってきて、ティルズは少しだけ鼻で笑いそうになった。本当にルベンダは顔に出やすい。
そう思っていると、メリーゴーランドが動き出す。
ゆっくり回転ながら、そして上下に馬が動く。ルベンダを見れば頬を緩ませて笑っており、なびく赤い髪がとても美しく見えた。その髪を横で見ながら、ティルズはすっとあるものを差し出した。
「?」
「開けてみてください」
綺麗な包み紙の箱の中に入っていたのは、赤い色のペンだ。
「クリックとスガタと一緒に買ったんです。仕事でも使えますし。赤色はルベンダ殿の色だなと思いましたから」
一瞬目を丸くしたが、ルベンダは素直に歓声を上げた。
「わぁ、ありがとう……! 大事に使うよ」
「まぁルベンダ殿がペンを使う機会があるのか分かりませんでしたけどね」
「なっ、ペンくらい使うわっ!」
小言を言われたのでルベンダは少し呆れたが、この流れを利用しようと、小さい袋をティルズに渡した。今度はティルズが少し目を見開いた。ルベンダは少しだけ得意げにこう言う。
「私とニスト、シャナンからだ。お前みたいだなと思って選んだ」
見れば中には天然石が入っていた。
入れるための専用の袋もある。とても綺麗な青色をしていた。
「カイヤナイトだ。冷静な直感力と判断力を高めるんだと。まさにティルズみたいだろ。ティルズはティルズらしく、これからもいてほしいなと思って」
「……意外ですね。俺は嫌われてるとばかり思ってました」
実際過去の出来事や態度でそう感じていた部分もあったので、思わずそう口に出してしまった。するとルベンダはぎょっとする。慌てたように言葉を付け足す。
「そ、そんなことはないぞっ! そりゃティルズの言動に色々思ったことはあるが、でもティルズにはティルズの良さがある。それを私は理解しきれてないと思うんだ。だから、お前のことをもっと知りたいと思ってる」
「…………」
まさかそんな風に言われるとは思ってなかった。
この時ティルズは、素直に礼が言えた。
「ありがとうございます」
するとルベンダも嬉しそうに笑った。
その表情に、思わず見とれてしまう。贈り物はあまりしたことがなかったが、なるほど。こうして相手の喜ぶ姿は、自分が何かを手に入れた時よりも嬉しいのだと、ティルズはこの時初めて知った。
「風が気持ちいいですねー!」
「ええ」
シャナンもスガタと隣同士の馬に乗っていた。
楽しそうにはしゃぐ様子を見て、見た目は大きいのに子供のようだと思わず笑いそうになった。するとスガタは急にシャナンに顔を向ける。そして包みの入った箱を渡してくれた。中はペンで、桃色だ。シャナンのようだと思ったから、と言って渡してくれた。女性陣だけでなく男性陣も同じように贈り物を用意してくれたことが少し意外で、でも考えると納得ができた。
そしてシャナンもスガタにお守りを渡した。
琥珀色に近い天然石について、補足で説明する。
「カーネリアンです。不運や災いから身を守る護符としても用いられていたそうですよ。これで少しでもスガタ様の不運が改善されたらいいんですけど」
「うわぁ……! これは嬉しいです。ありがとうございます!」
本当に嬉しそうに満面の笑みを向けてくれる。
シャナンはそれを見ながら、きっとこの人は幸せになれるだろう、むしろ幸せになってくれるよう祈ろう、と思った。今日一緒に過ごしながら、スガタは相手を気遣うことができる優しい人だと再確認した。だからこそ、きっと出会うべき人と幸せになれると思った。
ちなみにカーネリアンは、友情を深め、幸福感と愛のエネルギーを育むとも言われている。女性に奥手なスガタに、きっと力を与えてくれるだろう。
完全に見守る立場にいたシャナンに対し、スガタは不意にこんなことを言ってきた。
「一緒に幸せになりましょうね」
「…………え?」
「皆で幸せになるんです。その方が嬉しくありませんか?」
「あ、ああ。そうですね」
一瞬言われた意味を取り間違いそうになった。
そのことに少し焦ったが、スガタは変わらず笑みを向けてくれるだけだ。
「もらったお守り、シャナン殿も幸せにしてくれるよう、大事にします」
微笑みの中に一点の曇りのない瞳で見られ、それが少々眩しく見えた。だがシャナンは、そんな太陽のようなスガタなら、自分も照らしてくれるのだろうと思った。
「はいこれ、俺達から」
馬車に乗っているニストに、隣の馬に乗っていたクリックが箱を渡した。何やら男性陣で話しているなと思っていたら、この贈り物を選んでくれていたのか。ニストはその様子をちらっとだけ見ていたので、やっと今その疑問が解消された。受け取れば橙色のペンで、三人に合わせて選んでくれたのがすぐ分かった。
そしてニストも、クリックに天然石を渡した。
「イエローアベンチュリンです。仕事を前向きにしてくれるみたいで。広い目で物事を捉えられる働きもあるので、これから経営していくクリックさんに合うかなって」
「へぇ、こりゃありがたい……! 色も、もしかして合わせてくれたか?」
「はい。クリックさんも合わせてくれたんですよね」
そう言いながらペンを見せる。
すると照れ臭そうに笑いながらも頷いた。
「なんだか、ニストにはすぐに見抜かれるな」
「そんなことは。今日は本当にありがとうございました。助けていただけて、おすすめの場所も案内してもらって」
「城下に住んでいる以上、色々知ってるからな。むしろ喜んでもらえてよかった」
「また何かあった時はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
こうして時間は、すぐに過ぎていく。
そろそろクリックもお店に戻ることになった。
「それじゃ。久しぶりにいい時間過ごせたよ」
「こっちもだ。ありがとな」
「ありがとうございました」
「気を付けるのよ」
「またな、クリック」
「…………」
ティルズだけ何も言わなかったが、クリックは慣れているのか特に気にしていなかった。そしてそのまま戻ろうとすると、後ろからはっきりと「おい」と呼ぶ声が聞こえてきた。振り返れば、こちらを真っすぐと見るティルズと視線が合う。
「また、会いに来いよ」
クリックは一瞬何か言いたげだったが、すぐに笑って手を振った。
「ああ」
そうしてふわっと浮いたかと思えば、また屋根を上がって走り出す。
どうやら城下の番人は、その移動手段が日常茶飯事のようだ。
見送った後、ルベンダ達も「癒しの花園」に戻っていく。
歩き出そうとすると、空から一斉に花が降り始めた。
色も形も様々な花が、空や地面を彩る。
それでいて、とても良い香りも一面に広がる。ティルズは、それをぼうっと見つめていた。
降り続ける花を見て、以前とは違う思いを持っていた。以前ならもっと嫌がっていただろう。甘ったるい花の香りも、こんなに賑わう場所も。それなのに今は、そんなに思わない。このメンバーと一緒に過ごし、歩き続け、多少は疲れたであろうに、それでもその疲れさえも心地よく感じた。
なぜだろう。
「ティルズ――!」
声がする方を見れば、皆が自分より先に進んでいた。
小走りしてその後を追う。スガタが隣にやってきて、嬉しそうにこっそりこう聞いてきた。
「な、少しは楽しめたか?」
どこか期待に満ちた表情だ。
それに対しティルズは、少しだけ口元を緩ませた。
「さあな」
それだけしか答えなかった。
スガタは気になるような素振りを見せたが、こちらは一向に気にしない。
自分ではどう思ったのかは分からない。
が、きっと本心では喜んでいたのだろう。
それだけは感じることができた。
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